第33話

「そんなつもりは無かったんだ……」


 ヒルシェールは力なくそう呟いた。


 彼が使った隠し通路の出口は、本来なら寝室で間違いなかった。しかし、彼が植物の採取で遠方に出かけていたおり、嵐害で崩れたせいで作り直され、湯殿に変わっていたのだ。


 正直、寝室だと思って扉を開けたら、辺り一面湯煙に包まれていて、驚いてしばらく固まってしまった。


「ところで、皇弟殿下のお作りになったギルド。あれ、闇ギルドとして、かなりの犯罪事も起こしてましたが、そちらはご存知ですか?」


 中央に座るヒルシェールを囲むように座っていた全員の視線が、突然話題を変えて発言したアディエルに一斉に視線が集まった。


「………闇ギルド?いや、吾は情報ギルドとして作ったのだが?」


 首を傾げるヒルシェールに、皇族とエマールが頭を抱えた。

 彼の作ったギルドは、帝国内では有名な闇ギルドになっていたのだ。知らぬは本人ばかりなり、である。


「だから、申し上げましたのよ!ヒルシェール様は根が、簡単に騙されてるとっ!!」


「???」


 突然、激しく怒り出したエマールにヒルシェールは首を傾げながら彼女を見た。


「…真面目で……、優しすぎるから、損ばっかり…、馬鹿にされてばかりなんですのよ……」


 ポロポロと涙を零しながらもエマールは言葉を続けた。


「毎日毎日…。民の為にと皇族なのに土まみれで畑の世話をして……。臣民のためになるからと、寝る間も惜しんで研究なさって……」


 泣いているエマールに、ヒルシェールはオロオロしている。

 幼い頃から少し前まで、自分が一番側で面倒を見てきたのだ。今のエマールの泣き方が、これからどうなっていくのかをヒルシェールはこの中で一番詳しく知っていた。


「なのに……、なのに、何なんですのっ!!誰も彼もが、やれ『肉饅頭』だの、『白いヒキガエル』だのと、挙句の果てには『国の恥』?てめえらのその態度が国の恥だってんですよ!!」


「………エマール嬢?」


 令嬢らしからぬ言葉遣いになったエマールに、皇妃が恐る恐る名を呼んだ。

 しかし、涙を止めて拳を握りしめ、エマールは近くのクッションを手にした。


「てめえらが当たり前に食ってる肉だってなぁっ!殿下が交配して下さった牧草、たらふく食って肥った家畜だろうがっ!!」


 ボスボスとクッションを殴り始めたエマールに、ヒルシェールとカイエン、アディエル以外は驚いて身を引いていた。


「エマール嬢……。吾は良いから落ち着きなさい…」


 父親にベッタリだったエマールは、今でこそ淑女らしく話せるようになったが、宰相職で怒りの溜まった父親の姿を見ていたため、感情が昂ると口調がなり、暴力的になるのだ。

 ヒルシェールは自分の薬草畑が荒らされた時に、逃げた犯人が追いかけたエマールにどうされたかをよく覚えている。


 木の枝を飛び移り、犯人の背中に飛び降りながら蹴りを入れたエマールに、自分はを預かったっけと思ったのだから。


 あの時も興奮して大人しくさせるのが大変だったが、今もは有効なのだろうか?

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