第32話

 エマール・カシュー侯爵令嬢はアディエルより一つ年上で、物言いのハッキリした正直な女性だった。

 幼い頃に母親を亡くし、父親がいないと泣き続けるため、宰相であった侯爵はやむを得ずに職場に連れてきていた。

 母を恋しがり、父親にベッタリなエマールを哀れに思い、皇妃が娘と共に面倒を見ていた。

 しかし、活動的な性格のエマールと物静かな皇女は気が合わなかった。

 動き回るエマールはたまたま迷い込んだ薬草園で、ヒルシェールに遭遇した。

 エマールのしつこいくらいの質問に、ヒルシェールは根気よく分かりやすく答えを返してくれた。

 エマールはそれ以来、ヒルシェールに懐いた。

 それはもう、どっちが父親だったかと問われるくらい、年頃になるまでくっついていた。


 年頃になると周囲からヒルシェールがどう思われているのかがよく耳に入るようになった。


 当然だ。


 年頃の高位貴族の美しい娘を手に入れたいものは多いのだ。


 年の離れた醜いヒルシェールになど、皇族と言えど譲りたくはないと思う者達により、悪意ある言葉を聞かされることが増えた。


 言い返さないヒルシェールの態度に、エマールは悔しくて腹が立っていた。


『いくら皇族とはいえ、あのような醜悪な姿では、我が国の恥というものでは?』


 そう言ってヒルシェールを貶していた者達がいれば、


『貴方方は中身が醜悪ですのね』


 と、言い返して立ち去る。

 その際にヒルシェールを見かけると、


『ヒルシェール殿下!もう少し運動なさってはいかがかしら?』

(運動して痩せましょう!)


 さらに別の日には、余った物を食べている姿が、見苦しいと馬鹿にした者達がいて、


『料理人や農民に感謝されてのことではありませんか。料理人無くして、食事は出来ませんでしょ?』


 言い返されて気まずくなって人がいなくなると、ヒルシェールの側に行った。


『皇弟殿下ともあろう方が、そのような物ばかりお召し上がりになるなんて』

(同じものばかり召し上がっては体に悪いのですわ!)


 悔しさのあまり言葉がキツくなるだけで、言いたいことをちゃんと口に出来ない自分に嫌気がさしてくる。


 そればかりか、会う度に嫌そうな顔をするようになったヒルシェールに、泣きたくなっていた。


 そんな折、ヒルシェールがリーゼンブルク王国に行きたがっていると耳にした。

 国外を出るどころか、国政に関わることすら嫌がっていたヒルシェールが、である。


 理由を知るために皇妃メルディーネを尋ねた。

 そこでアディエル・ノクタール侯爵令嬢の存在を知った。


 王太子の婚約者として決定しているため、ヒルシェールの願いは叶えられなかったそうだが、エマールは会ってみたいと強く思った。


 そして、クリューセルが訪問する際に付いていかせてもらったのだーーーー。

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