第34話

「……エマ…。いい子だから、落ち着きなさい…」


 宥めるようにヒルシェールは、エマールを抱き寄せ、その頭をゆっくりと撫で始めた。


「っ!!」


 突然の行動にエマールは体を固くしたものの、徐々に強ばりを解いていった。


「……エマは……。エマはもうあの頃みたいに何も出来ない子供じゃないです……」


 ゆっくりと両手をクッションから放し、ヒルシェールの服を掴んだ。


「…そうだねぇ。あの頃は吾の腕の中に二人くらい入りそうに小さかったのに、今はもうこんなに大きくなってたんだね……」


「~~っ!そうですよ、大きくなったんです!!ヒルシェール様のお手伝いが出来るくらいになったんです!!」


 ヒルシェールの胸の中で小さな声で叫ぶエマールの髪を撫でながら、ヒルシェールは色々と思い出していた。


 自分の作ったギルドになかなか情報が入らなかったのに、ある日からエマールがきたのだ。


『ヒルシェール様。アディエル様がリガン草の栽培方法を調べているらしいですよ』


『ヒルシェール様。コスリーの花から取れる蜜の成分をアディエル様にお知らせしたら喜ばれるのでは?』


 自分にキツい口調で言ってきていたのは、大半が誰かが陰口を言ってるのを聞き流した時だった。

 自分がアディエルを望んでいると知ってからは、エマールはどうやってか得たアディエルの情報を自分に教えてくれていたのだ。


 ストンと何かが心の奥にハマったような気がした。


「……エマは吾がバカにされても何も言わぬから、悔しかったのだな……」


「……」


 何も言わず、ただ服を握りしめている手に力が入ったのが分かった。


「吾のせいで悔しい想いをさせたね……」


 囁くようにそう言うと、エマールは首を振った。


「………そろそろいいかな?」


「「っ!?」」


 そんな二人に申し訳なさそうなカイエンの声がかけられた。


「皇弟殿下は、まだアディエルをお望みですか?」


 カイエンの言葉に、ヒルシェールは穏やかな顔で首を振った。


「こんな近くに吾の変わりに悔しがってくれる者がいるのだ。吾はこれからはちゃんと周囲に目を向けようと思う……」


 顔を上げたエマールの涙を袖で拭き取りながらヒルシェールはそう言った。


「…では。先に面倒な物を片付けてしまいましょうか♪」


 そう言ってにっこりと微笑んでアディエルが立ち上がる。


「そうですね。我が家に踊らされてるとも知らず、調子に乗った者達を懲らしめてしまいましょう♪」


 立ち上がったアディエルをエスコートするようにダニエルが手を差し出した。


「そうだね。ヒルシェール殿下には、そちらを片付けてから、反省していただこう…」


 ダニエルを牽制するように立ち上がったカイエンの言葉に、皇帝夫妻は青ざめた。


「…ということですので、クリューセル皇太子殿下。我々はしばらく席を外させて頂きます…」


 さっさと出ていく三人の後を、リネットが追いかけていく。

 それに溜息を吐きながら、エイデンは頭を下げて辞去の言葉を述べて後を追った。


「……え?今から捉えに行くの?」


 茫然として呟いたクリューセルの言葉に、残された皇族は、これからの事を知る由もなかったーーーー。

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