第14話

「まぁ。こちらにおいででしたのね」


 辺境伯の背後から現れたのは、王太子とその婚約者で、声をかけたのは婚約者の令嬢だった。


 流れるような美しい黒髪を頭の頂点で一つにまとめて、背中に流している。

 リボンではなく、濃い青色の編み込まれた紐飾りが結ばれている。

 ドレスは派手さは無いものの、裾に向かって色が濃くなっていく水色のグラデーションの美しいドレスで、動く度に裾周りに刺繍されている金糸銀糸が煌めいていた。


「グリオール伯爵夫人が体調を崩されたと伺ったので、様子を見に行くところでしたの。お部屋に案内していただけて?」


 穏やかな笑みをユリアナに向けて尋ねる姿に、ユリアナは運が自分に向いてきたと思った。

 辺境伯が何故いるのか知らないが、今ならあの女は、男によってベッドに連れ込まれているのだ。

 それを王族が二人確認する。


 言い逃れができないはずだ。


「…こちらですわ」


 逸る気持ちを抑えながらも、ユリアナは先程抜け出した部屋へと案内する。


「グリオール伯爵夫人?王太子殿下と婚約者様がいらしてますわ。お通ししても?」


 扉を叩いても反応は当然ながら返ってこない。


「…どうしましょう。中で気を失われていらっしゃるのかしら?失礼して…」


 心配だからという理由で、室内に入ろうとしたユリアナは、しかし中から開いた扉に驚いた。


「これはこれは、カイエン殿下にアディエル様ではありませんか」


 中から現れたのは、いるはずのないランディだったのだ。


「……ウソ。どうして?」


 部屋の中ではあの男が、憎いあの女を汚して居たはずなのに、何故か愛しい男が姿を現した。


「何でっ!?どうして!!」


 ユリアナはランディを押し退けて中に入ると、ソファに座って寛いでいるロゼッタが目に入った。


「…ウソでしょう?」


 媚薬を飲ませたはずの女は、そんな気配を欠片も見せずにそこにいた。


「…どういう事よっ!!」


 ユリアナはつかつかと歩み寄り、ロゼッタの胸もとに掴みかかった。


「ご令嬢!自分の妻に何をされます!!」


 しかし、伸ばしたその手はランディに掴まれ阻まれた。


「だって…。だって、変よ!この女は、さっき寝室に男を連れ込んでいたのよ!!」


 ユリアナはランディにすがるような目を向けた。


「貴方を裏切って、他の男に身を任せていたのよ!」


「この部屋には自分達夫婦しかおりませんが?」


 淡々と答えるランディに、ユリアナはキョロキョロと周囲を見回した。


 いたはずの男の姿が見当たらない。


「そうよ!こちらにいるはずだわっ!!」


 そう叫んで飛び込んだ寝室にも誰もいない。それどころか、シワひとつないベッドがあった。


「何で?どうして?だって、ちゃんと打ち合わせ通りに飲ませたはずよ?」


 ユリアナは動揺のあまり、言葉が口から出ていることに気づいていなかったーーーー。

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