後編

 彼女が帰りたくない理由。

 

 話をまとめると、結局のところは親と喧嘩したって話だった。

 進路のことで揉めちゃったらしい。


 ありがちな理由だなって思うけど、この子にとってはそうじゃないんだろうな。

 いろんな事情があるもんね。私の家では喧嘩と仲直りが毎日みたいな感じだし。


 彼女はお料理の専門学校に行きたくて、だけど彼女の母親は、大学に行くように言ってるんだって。


 なんか贅沢な悩みだなって思うのは、私に将来の夢とか、そういうのがないからなんだろうね。


 私としてみれば、もちろん彼女の夢を応援してあげたいから、『専門学校に行くべきだよ』とか言っちゃいそうになるけど、それが正しいのか分からないし、ちょっと無責任な気がする。


 彼女のお母さんはきっと、私が思うよりもずっとずっと、彼女のことを考えていると思うから、やっぱり口を出すべきじゃないのかもしれない。


 だけどそんな私に、彼女は『どう思う?』なんて聞いてくるから、答えないわけにはいかないよね。


 ほとんど初対面だったのにね。ついさっきまでは。

 でも、この数時間でわかったことはいっぱいあるよ。


「あなたって、頑固だよね」


 予想外かもしれない返事。彼女はやっぱり驚いたようだった。

 すかさず私は言葉を続ける。


「もし私が、大学に行くべきって言ったら、大学を目指すの?」

「……たぶん、目指さないと思う」


「だよね。それなら、やること決まってるじゃん」

「……でも、怖いよ」


「怖いことなんてないよ。だってあなたの周りには、あなたのことを大切に思ってくれている人しかいないんだよ」


「……でも――」


「それでも怖いっていうなら、私が一緒にいってあげる」

「え?」


「実はね、知ってるかもだけど、私もずいぶんと頑固なんだよね。悩んでいる友達を1人にはできないし、する気もないの」


「……付いてきて、くれるの?」

「もちろん。一緒に帰ろうよ」


「……うん、一緒に、帰る」


 そしてまた、傘を分け合いながら歩き始めた。

 吹く風が冷たかったから、出来るだけ身を寄せ合って歩くことにした。

 

 傘を持つ手が重なったのは、寒かったから、なのかな。



「……ねえ、なんで私に話しかけてくれたの?」

「だって、仲間を見つけたと思ったから、興味があって」


「でも、最初は声かけてこなかったね」

「私だって、いきなり声をかけるのは勇気いるよ」


「隣に座られたとき、ビックリした」

「ならその時、声かけてくれたら良かったじゃん」


「だって、なんか変な人が来たと思ったし、正直怖かったし」

「それはひどくない? 私だって怖かったんだよ? なんか話してくれないし」


「人見知りだもん。いきなりそんな話せない」

「まあ話さなくとも、顔には出てたから色々と分かったけど」


「たとえばどんな感じ?」

「寂しいとか、どうしようとか、見てて面白かったよ」


「なんか、恥ずかしいね」

「でもさ、傘渡そうとしたのはどうかと思った。どうやって帰るつもりだったのよ」


「だって、断るのも申し訳なかったし」

「でもあの時、一緒に帰ろうって言った時は断ったよね」


「あの時は帰りたくなかったから。仕方ないでしょ」

「やっぱり頑固だよね。知ってるけど」


「それはお互いさまだよ。『私も帰らない』って言われた時は意味わからなかった」

「そう思ってくれたなら、良い勝負になったのかな」


「なんの勝負?」

「意地の張り合い。頑固比べ?」


「なにそれ」

「わからないけど、私は楽しかったよ」


「それは、そうかも」

「……だよね」


「ありがとね」

「それこそお互いさまだよ、……こちらこそ、ありがと」


 そんな話をしていたら、彼女の家の前まで着いていた。


 雨で肩も冷たくなって、水たまりでローファーも濡れちゃったけど、それでも一緒に帰れて良かったなって思えるぐらいの時間を過ごした。


 

 さて、本題はここから。

 ここまで来て、まだ悩んでしまう自分がいた。


 勢いで来ちゃったけど、どうしようか。


 夜も遅い時間だから、彼女の家にお邪魔するわけにもいかないし、だからといって、『あとは頑張って!』ってわけにもいかないよね。


 

 立派な一軒家だ。入口も外側までしっかりしてる。

 なんか、お花も植物も出迎えてくれちゃってる。初めまして、なんてね。


 ――よし、深呼吸。覚悟を決めよう。なるようになるさ。


「……これ、私が鳴らしちゃっても良い?」

「うん、お願い。ごめんね」


 私は彼女に目配せしてから、意を決してインターホンを押した。


 さあ、今の状況をどうやって説明しようか、そんなことを考えていたけど、それは余計な心配だったみたい。


 カメラが付いているタイプだったから、彼女のお母さんは、並んで立っている私たちを見て、何を聞くこともなく玄関を開けてくれた。


 タオルも用意してくれていて、『寒いから中に入りなさい』とも言ってくれた。

 私は玄関でタオルを借りた。あいさつとお礼だけして帰ることにした。


 彼女とお母さんの様子を見ていたら、私がいる必要はないなって確信できちゃったから。


 彼女はこれからお風呂に入った後で、家族と将来のことを、お互いの気持ちをしっかりと話し合うんだろうなって思ったからね。


 だから私は、傘を1本だけお借りして帰ることにした。

 意外にも家が近かったから、すぐに帰れそうだった。


 もちろん、彼女には『また明日ね』って伝えたよ。

 これで、ひとまず一件落着、って言えたら良かったんだけど……。


 ――家、入れてくれるかな、やっぱりお邪魔しとけば良かったかも?

 

 これからどうやって家に入れてもらおうかな、なんて小さな悩みがあったりね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る