中編

 辺りはすでに暗くなっていた。

 校舎の閉門時間も近づいている。


 これ以上、学校に残ることは難しそうだ。

 雨は相変わらず降り続いている。――ちょっと、強くなったかな?


 そして何より、お腹もすいた。ここに座ってどれぐらい経ったかな。

 ……まあいいや。そろそろ帰ろうか。ねえ、お隣さん?

 

「これから、どうするの?」

 隣に座る彼女に、私は聞いた。


「帰りたくない」

 彼女が答えた。


「じゃあ、どこに行こうか?」

 私が言うと、彼女は驚いた顔をしていた。


 彼女の心境を想像するに、『この人は何を言っているんだろう』とか、『この人なんで帰らないんだろう』とか、『なんで付いて来ようとしてるんだろう』なんて、思ってるのかもしれないね。


 でも、あなたが何を思っていても、伝えてくれないと分からないから、私は知らないフリをする。


「ねえ、私、お腹がすいちゃった。ちょっと付き合ってよ」

「……え?」


「ダメ?」

「駄目じゃないけど……」


「じゃあ行こうよ。まだ帰らないんでしょ?」

 私の言葉に、彼女は小さく頷いたように見えた。


 思い切って立ち上がろうとすると、足元がふらついてしまって、まだ座ったままの彼女の肩に手をついてしまった。

 思いのほか強めに触ってしまったから、ちょっと痛かったかもしれない。


「ごめん、大丈夫?」

 私が聞いたとき、彼女は顔を背けていた。ちょこっと笑っていたように見えた。


 こっちとしては恥ずかしいんだけど、笑顔が見れたから、まぁいいかな。


 そんなわけで、彼女も立ち上がろうとした。

 だけど、彼女はバランスを崩して思いっきり私に倒れ込んできた。座り込んでいたせいで足が痺れている私が、当然支えられるわけもなく、一緒に倒れてしまった。


 この状況が何だかおかしくて、私は声を出して笑ってしまった。

 その笑い声が一つだけじゃなくて、それが嬉しかった。


 ひとしきり笑って、足の痺れが取れた頃、一緒に立ち上がって校舎を出た。


 

 相変わらず、強い雨が降っている。


 折り畳み傘は一本だから、私は半分入れてもらった。

 私の肩はちょっと雨に濡れてしまっているけど、それはまったく気にならない。


 それよりも、私のせいで彼女の左肩が濡れてしまっていることが気になった。


「濡れちゃってるよね。私のせいで」

「そんなこと気にしないでいいよ」


 やっぱり優しくて良い子だなって思った。でもこれって、なんだか上から目線な考え方な気がして反省した。

 

 でも、こんな子が帰りたくないって言うんだから、やっぱり相当な理由があるんだろうなとも思った。


「ねえ、食べ物で好き嫌いとかある?」

「うーん、あんまりない」


「甘いものは好き?」

「好き」


「自己紹介とかしてなかったよね。私の名前は――」


 ……なんて話をずっとしていると、目的の場所に到着していた。


 彼女の趣味や、お互いの好きなものや嫌いなもの、最近面白かった出来事。連絡先の交換なんかもして。そんなことをしていたら、あっという間だった。

 なんだか似た者同士で、話していて心地よかったのは内緒。


「――ここはね、私のお気に入りのたい焼き屋さんなんだ」

「初めて来た。こんなところにあったんだ」


「私も友達と来るのは初めてだよ」

「良いの?」


「良いに決まってるじゃん。もしかして、嫌?」

「そんなわけないよ」


 彼女の言葉に、私は笑顔を返した。

 なんて言って返せばいいか分からなかったから、つい誤魔化しちゃっただけなんだけど。


「それでね、私のオススメは粒あんなんだけど――」

「私クリーム食べたい」


 ……この子、結構頑固だよね。

 とりあえず寒いから、私たちはお店の中に入って選ぶことにした。


 結局、彼女はクリームを選んだ。

 私は悩んだあげく、やっぱり粒あんを選んで席に着いた。


 お店の中で食べられるようになっているけど、こんな雨の中だから、お客さんは私たちだけしかいなかった。


 私はたい焼きを半分にして、彼女に渡した。

 うまく半分にできなかったから、餡が多い方を彼女にあげた。


 彼女の分も、お礼として買って渡そうとしたけど、断られちゃった。

 半分にしたやつも、最初は受け取ろうとしなかったけど、どうしても食べてほしかったから、無理やり理由をつけて渡した。


 傘に入れてくれたお礼と、ここまで付き合ってくれたお礼。

 それを言ったら、彼女はしぶしぶ受け取ってくれた。


 彼女は『お返し』と言って、クリームのやつを半分くれた。

 頭の方を渡すか、しっぽの方を渡すかで、彼女が悩んでいたのが面白かったから、しばらく眺めていた。


 ちなみにだけど、頭の方をくれた。

 そんなわけで、お互いに半分ずつ食べることになった。


 ホカホカと湯気立つあんこが、冷えた体を温めてくれる。

 優しい甘さのクリームが、疲れた体に染み渡った。


 お互い食べることに夢中になってしまったので、食べ終えてから、ようやく言葉を交わした。


「すごい美味しかった。どっちも」

「でしょ? また、一緒に来ようね。他のやつも食べたいし」


 私の誘いに、彼女は笑顔で返してくれた。

 

「どうしようね、これから」

 彼女に質問するように私は言った。


 友達と楽しい時間が過ごせて、私はとても満足なんだけど、まだ解決していない問題もあるわけで。


「……帰らなくて、大丈夫なの?」

 彼女は気遣うように聞いてきた。


「うん、大丈夫だよ。うちは親が帰ってくるの遅いから」

 なんてね。そんなことはないんだけど、置いて帰ることなんてできないでしょ。


「でも、もしかしたら帰ってるかもしれないし……この雨だから、心配するかも」

「それを言うなら、そっちはどうなのよ」


「どうなんだろうね……わかんない」

「……それでさ、そろそろ教えて貰いたいことがあったりするんだけど?」


 私の言葉の裏を察するように、彼女は口を開いた。


「あのね、聞いてくれる?」

「もちろん。私で良ければ、いくらでも」


 彼女の言葉が途切れるまで、雨が屋根を打つ中、私は静かに話を聞いていた。

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