雨がふたりをつなぐまで

松内 雪

前編

 急に雨が降ってきた。

 いつも天気予報なんて見てないから困っちゃった。


 クラスのホームルームが終わって、ちょうど下校の時間。

 私は傘を持って来ていないから、教室に残って雨が止むのを待つことにした。


 教室の窓から外を眺めていると、他の人たちは、傘をさして帰っていく。

 みんなはちゃんと、天気予報を確認しているみたい。偉いね。


 だけど、私は偉くないから、教室で本を読んでいる。


 部活動とかに入っていれば、もっと有意義に過ごせたのかもしれないけど、入っていないんだからしょうがないよね。

 でも、雨音を聞きながら本を読む時間は、いつもより素敵に思えた。


 教室が静かになってから、何時間経ったかな。

 読書に夢中であっという間だった。


 雨音だけが、強くなっている気がする。

 これは、もしかして降り止まないやつかな?


 どうしようかなぁ。帰りたくないなぁ。

 でも、ずっと学校に残っているわけにもいかないし、暗くなったら危ないし。


 ――仕方ない。帰ろうか。

 

 雨に濡れてもいいように、教科書と本は自分のロッカーに入れておく。

 自分が濡れるだけなら、乾かせばいいもんね。


 覚悟を決めて下駄箱へ向かうと、同学年の子がそこにいた。

 顔に見覚えはないけど、上履きの色を見れば、同学年だってことは分かった。


 彼女は、下駄箱の近くに座り込んで、降りしきる雨を見つめていた。

 ……いつからここで待っているんだろう?


 私は興味本位から、声をかけたいと思った。

 だけど、そんな性格じゃないから、声をかけて貰えるように隣に座った。


 彼女はいきなり現れて、隣に座った私に戸惑った様子だった。

 だけど何も言わずに、また雨を見つめ始めてしまった。


 私も、とりあえず雨を眺めてみたけど、流石に気まずくなったから声をかけることにした。


「傘、忘れたの?」

 彼女は無言で首を横に振った。

 

 それから、何も言わずにまた雨を見つめる。 


「どうして帰らないの?」

 彼女は何も答えない。


「帰りたくないの?」

 彼女は首を縦に振った。


 私もコミュニケーションをとるのは苦手な方だけど、彼女と比べたら得意かも。

 なんて冗談は置いといて、どうやら帰りたくないってことが分かった。


 なんで帰りたくないの? って聞いてもどうせ答えないと思ったから、私は彼女の隣から動かないことにした。


 なぜかというと、たぶん寂しいだろうなって思ったから、なんとなく。


 でも、そんなに帰りたくない理由って何だろう。

 家族と喧嘩しちゃったとか? それなら私も帰りたくないかも。


 だけど、結局いつかは帰らないといけないわけで、ずっと残っているわけにもいかないよね。

 

 だから私は声をかけた。


「ねえ、一緒に帰らない? 私、傘忘れちゃってさ。一緒に入れてほしいんだよね」


 私が言うと、彼女は自分のカバンを開けて、何かを探し始めた。

 カバンから取り出したのは折り畳み傘。彼女はそれを私に渡そうとした。


 あら? 貸してくれるの? 優しいね。これで濡れずに帰れるや。

 ……なんてね、そんなことするわけないじゃん。


 この子、もしかして不思議ちゃん? 私も人のことは言えないけどさ。


「……私は一緒に帰らない? って聞いたんだけど、嫌?」

「……嫌じゃないけど、帰りたくない」


 初めて声を聴いた。相変わらず言葉が足りてないけど。

 でも、『なんで帰りたくないの?』とは絶対に言ってやらない。聞いたら負けな気がするから。


「なら、私も帰らない」

「……え? なんで?」


「だって、あなたと一緒に帰りたいって思ったから」


 彼女はきょとんとしている。きっと理由が分からないからだろう。

 でも、私にだって理由は分からない。やったね。これでお互いさまだ。


 それから二人で、しばらく雨を見つめていた。

 特に会話することもなかったけど、不思議と居心地は悪くなかった。

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