第4話 じゃれあい

 リディアがプッツンしちゃった。奴はオレを殺る気だ。オレも奴の殺気を感じた時点で、剣の柄に手を置き身構えている。まさに一触即発な状況だ。


 面倒な事になったな。だからコイツの相手は嫌なんだ。


 ここまでくると、お互い引くに引けない。引いた方が臆病者だと思われる。周りには大勢の冒険者の目もある。そんな中で臆病者の烙印を押されるのは、今後の冒険者生活に差し障りが出てしまう。


「お!ヤんのか?ヤんのか?」

「いいぞー!ヤれヤれ!」

「お前はどっちに賭ける?」

「んなもん決まってるだろ」


 周りの冒険者たちは囃し立てるばかりで止める気配が無い。賭けまで始める始末だ。こりゃ外部からの制止は期待できないな。やるしかないのか…。


 まったく、飯を食いに来ただけなのに、なんでこんな面倒事になるんだ…。溜息が出そうだ。


 こんな時はあれだな、逆転の発想ってやつだ。この一見無意味で面倒なだけの決闘にメリットを見出してみるんだ。


 この決闘に勝てば、オレの評価は上がるだろう。いや、上がるか?元々オレの方が格上なんだ。勝って当然だと思われていそうだ。評価が上がるにしても微々たるものだろう。大したメリットにはならない。


 他に何かあるか?コイツと決闘するメリット。


 うーん……。強いて言うなら、決闘に勝てばリディアが大人しくなるか。実力差が分かればリディアも大人しくなるだろう。これだけの衆人環視の中負けるんだ、プライドがポッキリ折れて、もうオレに絡んでこなくなるかもしれない。


 そうだな。いちいちリディアの相手をするのも面倒だ。ここらで白黒つけるのもアリだろう。ちょっとやる気が沸く。


 オレのやる気が伝わったのか、リディアがいっそう深く腰を落とす。こちらに右肩を突き出し、左肩を引き、半身の構えだ。厄介だな。


 半身に構えられると、首を斬るには肩と顎が邪魔で、主要な臓器や急所も腕によって守られる。さっさと終わらせたいオレからすると、面倒な構えだ。


 僅かに前傾姿勢のリディアの胸元。大きく肌蹴られたシャツからは、白く眩しい胸が覗く。今にも胸が飛び出しそうなほどだ。


 視線誘導か?姑息な真似を…。


 と、思うのだが、オレの視線はリディアの胸から離れない。だってもう少しで先端が見えそうなのだ。見てはいけない、考えてはいけないと思えば思うほど、視線が胸へといってしまう。まるで吸い寄せられているかのようだ。強い。リディアの胸がとても強い。勝てない。


 命を懸けた決闘でなにを発情してるんだと思うかもしれないが、命を懸けた決闘だから発情するのだ。命の危機に際して、子孫を残そうという欲求が高まるのである。あの有名な吊り橋効果と同じだ。違うか…?


 くそぅ、リディアめ。こんな戦術を使ってくるなんて、思ったよりもやるじゃないか。オレはリディアの強さを上方修正する。しかし、良い乳だ。揉みたい。思わず手が出ちゃいそうだ。まぁ手を出したら、その手をぶった斬られちゃうんだけどね。


「抜けよ、リディア。一手譲ってやる…」


 格上が格下に一手譲るのはよくある事だ。そしてこれは、リディアへのお前の方が格下だという挑発でもある。


 一手譲った理由は他にもある。本来、冒険者同士の私闘はご法度なのだ。一手譲ることで、先にリディアに剣を抜かせて、先に手を出したのはリディアで、オレは正当防衛だと言い張るつもりである。オレは案外姑息なのだ。リディアも姑息な戦術使ってくるし、これぐらい別にいいだろ?


「…その代り、オレが勝ったらヤらせろ」


 気が付けばそんな事を口走っていた。それだけリディアの乳が魅力的だったんだろう。オレは悪くない。


「なっ…!?」


 リディアが目を白黒させる。決闘の最中にこんなこと言われたら誰だって驚くか。完全にリディアが隙を晒しているのだが、一手譲ると言ってしまった手前、手が出せない。残念だ。


「本気、ですの…?」


「本気だ!」


 オレは自信たっぷりに応える。リディアは面倒臭い奴だが、その見てくれはパーフェクト美少女だ。綺麗に整った双眸に、意志の強そうな光を放つ新緑を思わせる碧の瞳、ほっそりとした綺麗な顎のライン、華奢な肩、大きすぎず小さすぎず理想的な豊満な胸、触れば折れてしまいそうなほど細い腰、ポンッと丸を描くお尻。ヤリたいかヤリたくないかで言えば、俄然ヤリたい。


「貴方という人は…ッ!」


 リディアが再び身構え、キッと睨み付けてくる。その頬が赤く染まっているのは、怒りからかそれとも…。


「くっ~~~~~…」


 リディアがその碧の瞳を微かに震わせ、声にならない声を上げる。リディアの迷いが伝わってくる。先に剣を抜くか、迷っているのだろう。


 一手譲られるというのは、とんでもなく有利なことだ。最初の一手を自分のタイミングで、防御を気にせず、攻撃のみに意識を割ける。


 ただこの状況で先に剣を抜くと言うのは、自分が格下であると認める事になる。プライドの高いリディアとしては認められないのかもしれない。もしくは、オレとヤル可能性が出るのが嫌なのかもしれない。あるいはその両方か。


 迷うくらいなら抜けば良いのに。要は勝てば良いのだ。勝てる可能性が上がるなら、何でも試すべきだ。勝てるばオレとヤル必要なんて無いし、リディアの評価もうなぎ登りだ。


「ほ、本当に、その、わたくしと……」


「こらーっ!」


 オレ達を取り囲む野次馬の一角から怒声が響いた。まだ若い女の声だ。オレ達に野次を飛ばす連中は主に男なので、その声はその異質さ故に良く響いた。


「こらっ!退きなさいよ!退けって言ってるでしょ!」


 やがてそんな声を響かせて、野次馬の人垣から飛び出るように現れたのは小さな影だ。肩に掛かるくらいの明るい茶髪を揺らし、不機嫌そうに寄せられた眉の下、くりりとした金色の瞳が印象的な少女だ。


 彼女の名はダリア。その身を包む冒険者ギルドのお仕着せの示す通り、彼女は冒険者ギルドの受付嬢だ。彼女の特徴を一つ上げるならば、その頭の上に付いている猫のような三角形の耳と尻尾になるだろう。彼女は獣人族のマオ族の出なのだ。


 ダリアの金の瞳がオレとリディアの姿を映すと、不機嫌そうに細められた。ダリアが肩を怒らせながらこちらにやってくる。その足取りもドシドシと床を叩き不機嫌そうだ。


「アンタ達冒険者ギルドで何やってるのよ!冒険者同士の私闘は禁止でしょ!退会処分にするわよ!」


 オレは構えを解くと、早速弁明を始める。


「これは、ただジャレあってただけさ。な?リディア」


 リディアからの返答は無い。嘘でも良いから何か言えよ。まぁ実際に剣を交えたわけじゃないし、大事にはならないだろう。ダリアが退会処分と言っているのは、あくまで脅しだ。小言を言われるくらいだろう。


 リディアはオレに遅れて構えを解き、ダリアを一瞥すると、何も言わずにその場を後にする。その目はダリアを睨んでいたようだった。邪魔されたのがイラついたのかな?どんだけオレと殺し合いしたいんだよ。怖いわ。なんでオレ、こんなにリディアに嫌われてるの?


「怖っわ。見た?今の目。ちょー怖かったんですけど!自分達が悪いのに理不尽過ぎない?ちょーっと顔が良いからって調子に乗り過ぎよ!」


 口は達者だが肩を抱いて怖がるダリアを、オレはしゃがんで優しく撫でる。


「よーしよしよし、こわかったねー」


「そこお尻なんだけど!?」


 相変わらずダリアのお尻は素晴らしいな。柔らかくもちもちしていて程好い弾力、瑞々しい張り、ずっと触っていたいほどだ。


「はぁ…」


 ダリアのお尻を楽しんでいたら、ため息と共に手を払い除けられた。その動作は熟練の慣れがあった。コイツ、今年ギルド入ったばかりの新人で、まだ15とかだろ?最初の頃は可愛らしく「キャッ」とか言ってたじゃん。


「なんでこんなに擦れた反応なの?」


「あんたのせいでしょ!会うたびに触られてたら嫌でも慣れるわ!」


 オレのせいでした。

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