第3話 困ったちゃん
ぐぎゅ~ぐるる~。
悩んでても腹は減るんだなぁ……。オレは腹の音で空腹を思い出した。そういや、朝から何も食べてねぇわ。朝一からパーティを追放されたからね。仕方ないね。
「よしっと!」
気合を入れてベットから飛び起きる。
「分かんねぇ事考えてても仕方ねぇや」
まずは腹ごしらえだ。空腹で悩んでたって良い考えが浮かぶわけがねぇ。オレは、どこか適当な食堂で腹を満たそうと、宿屋を後にするのだった。
◇
「ん?」
気が付いたら冒険者ギルドの前に居た。考え事をしながら歩いていたら、いつの間にか此処に来ていた。つい、いつものクセで来てしまったのだろう。いやはや、習慣って怖いね。
「冒険者ギルドかぁ…」
冒険者ギルドには食堂、バーも付いてる。一応食えるには食えるが……パーティから追放された今、ちょっと入るのに抵抗がある場所だ。絶対にパーティを追放されたことを揶揄われる。
「まぁ仕方ないか」
どうせいつかは来なければいけない場所だ。今日がその日だったのだろう。
オレは意を決して冒険者ギルドへと足を踏み入れた。
無数の視線がオレを出迎える。いつもならすぐに外される視線が、今日は張り付いたままだ。まさか……。
「あら!誰かと思えばアレクじゃありませんか」
そう言って近づいてくるのは黒赤の女だ。光り輝く様な金髪を揺らして近づいてくる。黒いシャツを大げさに肌蹴、白いたわわな胸元を露わにし、首からクソ長い赤いファーを下げている。ご丁寧にシャツの胸ポケットには真っ赤なバラが差されている。コイツはいつも黒と赤の格好をしているな。何かポリシーでもあるのか?
「………」
面倒な奴に会っちまったな……。
「聞きましたよ。貴方、パーティを追い出されたんですって?」
嬉しくて堪らないといった感じだな。満面の笑みだ。
コイツはリディア・ラ・ゴーウェン。若手ナンバー2のパーティ『業火斬』を率いる魔法剣士だ。本人はナンバー2という評価が気に入らないのか、何かとオレ達に突っかかってくる困ったちゃんだ。リディアに嫌われているのか、特にオレに絡んでくることが多い。面倒くさい奴だ。
しかし、張り付いたままの好奇の視線といいコイツといい、なんでもうオレがパーティを追放されたことを知ってるんだよ。今朝の出来事だぞ。まだ半日も経ってない。
「貴方がどうしても頼むのなら、ウチに入れてあげても良いですわよ?勿論、下働きの雑用からですけど。当然でしょう?だって貴方はパーティメンバーを追放されるような人じゃありませんか。あぁそんな人をパーティに入れてあげようだなんて!わたくしったらなんて寛大なんでしょう?」
相変わらず良く回る口だ。なんにせよ、格下にこうまで言われたら、オレも言い返さなくちゃいけない。冒険者にとって面子は時に命よりも重い。だからコイツの相手は面倒なんだよなぁ……。一々突っかかってくるから。
「黙れよ半端者」
「なんですって…?」
リディアの顔から一瞬にして笑みが消えた。
「半端者と言ったんだ。魔法の腕が半端なら剣の腕も半端。半端者とはお前の為にあるような言葉だ」
リディアは魔法剣士。魔法も剣も使えると聞くと万能なように思えるが、実際は只の器用貧乏だ。
剣も魔法も極めるには、どちらも長い年月が掛かる。魔法剣士教習所始まって以来の天才、勇者と高い評判を得ているが、リディアの腕は、オレから見てもまだまだ未熟だ。リディアが大成するにはまだまだ時間が掛かる。
「器用貧乏と呼んでやっても良いぞ?未熟者と言う言葉もあるな。どれもお前にピッタリだ。どれが良い?選ばしてやるよ」
リディアの唇の端がヒクつく。
「あ、貴方…ッ!」
リディアが足を開いて腰を落とし、手を腰の剣へと伸ばす。どうやら煽り過ぎちゃったみたいだ。加減が難しいな。
「ふーっ!ふーっ!」
リディアが荒い息を吐き、剣の柄を握るその手は小刻みにカタカタと震えている。どうやら懸命に怒りを抑えているらしい。頑張れリディアの理性。
「図星を指されて怒ったか?ごめんな?」
ガタガタとリディアの手の震えが大きくなる。両の唇が引き攣って持ち上がり、まるで笑顔を浮かべているようだ。笑顔と言うには歪だし、目は笑っていないが。
「くっ…どこまでも、どこまでも…ッ!」
謝ったというのに、リディアの怒りは納まらない。むしろ増大している。折角謝ったというのに、謝り損じゃないか。げんなりした気分になる。オレのそんな態度が許せないのか、リディアの浮かべる歪な笑みが更に深くなった。どうしろっていうんだよ……。
その時、首の裏に冷たくヒリつくような感覚が走る。殺気だ。
見れば、リディアの顔から表情が消えていた。まるでお面の様な無表情。その大きな目を限界まで見開き、いつの間にか手の震えも治まっている。コイツ、殺る気だ。マジかよ。冒険者同士の私闘はご法度だぞ!?
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