第56話 ボス・ヘインズの策略


 肩を軽くゆすられて目が覚めた。壁に寄りかかって腕組をして前髪を垂らしていたので、寝て居るか起きているかも判然としない瞬間もあっただろう。


「誰か来ました」


「そうか」


 この状況でやって来るのはヘインズとかいうボスだけだろう。少々騒がしい感じの喋りが聞こえてきて、ドアが荒っぽくあけられた。前々から不思議だったんだ、なぜドアを蹴って開ける奴が多いのかを。


「ボス! 御足労かけてすいません!」


 今は明け方か? 外が明るいからこの時期なら五時はまわっているな。時計を確認すると起床時間よりやや早い位だった。ああいう輩が早寝早起きとは思えん、夜通し何かをしていて今ようやく現れたんだろう。


「おうギルバート、テメェこの俺を使おうたぁいい度胸だな。あ?」


 ドカっと座ると葉巻をくわえた、アニキがそそくさと火をつける。なんというか、こういう細かな部分で上下を刷り込んでいくんだなきっと。大きく吸い込んで煙を吐き出してからようやく話を聞く態度になる。


「フォン・ルーデンドルフ家から身代金を引こうと思ってます。ボスになら支払うと言われて」


 ギロリと睨むとギルバートは黙ってしまった。また葉巻をふかす。無表情ではいるが、自分ならばとかいわれて得意げになっている可能性は捨てきれんな。アウトローであっても、いやだからこそ名声に敏感だ。


「で、アレが人質か。どっちがその家の娘だ」


「いえ、両方ですが」


「ああっ? テメェ眠たいこといってんじゃねぇぞコラ。どう見ても同じ血が入ってるように見えねぇだろが!」


 おいおいそんなこといいじゃないか、何をわざわざ余計な突っ込みしてるんだよヘインズ。気になる奴が取り巻きにいる、あいつは軍隊出身者だ間違いない。立ち振る舞いや目線の流し方がそうだと証明している。


「え、でもあっちの黒い方がお姉さまって」


 じっとアリアスを睨むと、動揺して俯いてしまう。すると今度はこちらを睨んで来るから睨み返してやった。なんだ、私はいつでも相手をしてやるぞ賞金首。


「黒い方が娘で、もう片方は使用人の子供か何かだろう。脅しで痛めつけるなら金髪のガキにしておけ」


「わかりやした!」


 結果だけ見ればアリアスを保護できるからそれでいいが、小一時間問い詰めたい気分とはこれだな。こちらとしてはもういつでも行動して構わないんだが、衛兵分隊の準備は出来ているんだろうか。


 倒すのはそこまで難しくはない、拘束するのもだ。何かしら気になると言えばあの男だ、まさか魔導師ではあるまいな? 取り巻きに意識を集中させる、受動だけなら宝珠を起動しなくてもこちらが使っているかは解る、じっとこちらを警戒している以上は魔導師なんだろうと判断すべきだ。


 そうなれば答えは限られてくる、宝珠を持っているのは軍人かそれに類する職業、或いはそれらから抜け出した犯罪者だ。あいつが口を開かないのは、恐らく私が子供だからだろう。微量ではあるが親が金にモノを言わせて買い与えた可能性があると読んでいるはずだ。


 くっついているせいでアリアスまで宝珠を使っているのかは解って居ないはずだ、魔力波形を登録でもしていなければ発信地を絞る位しか出来んからな。今まで実戦を経験はしてきたが、単独で行動するエース級の奴にしっかりと対抗できるかはやってみなければわからん。


「なにしてやがる、さっさとナシつけろ!」


「へい!」


 ぼーっとしていたギルバートがこちらにやって来ると、電話をかけろと仕草で示して来る。ほらやっぱり、そんな体たらくじゃお叱りを受けるぞ。アリアスを連れて電話のところまでやって来る。


「私が連絡をつけるのは良いが、どうしてさっき番号を聞かなかったんだ?」


 にやにやして煽ってやると、顔を赤くして怒りを露にした。切れやすいのは身体によくないぞ、もっと栄養バランスを気にして食事をするんだな。


「うるせぇ、さっさとしろクソガキが!」


 ボスが出てきてから三下感が爆上がりだぞ、どうやらやはり頭を使うのは苦手らしい。命知らずの鉄砲玉が偶然生き残ったような奴なんだろうな。ラーケンに連絡を入れて最初に尋ねる「準備は出来てる?」それに対する答えは「はい」ごくごく短いものだった。受話器を渡してやる。


「おい、金の準備は出来てるんだろうな。ボスに代わる」


 葉巻をくわえたままゆっくりと近づいてくると、こちらをギロリと睨んでから受話器を手にする。取り巻きの警戒は私に一直線で向けられているな。


「ヘインズだ。俺様をご指名らしいな、安くはねぇぞ」


 まずは先制ジャブとばかりに軽く一言だ、安目を売り始めたらそういう稼業はしまいだからな。さてラーケンはどう出て来るかな。


「手下に言われて出てくるような奴のどこが安くないんだ。落ちたなヘインズも」


 ギルバートなら間違いなくいきり立っているだろうが、こちは平然としているな。なるほどボスと呼ばれるだけのことはある。惜しい奴を無くした、そうなるまでわずかだ。


「なんのつもりかは知らねぇが、舐めてると騒がしい場所でドカンと花火を見ることになるぞ。わかってんのか?」


 どこかに爆弾を用意してから来ているのか? それを聞かなければどうとでも出来たが、市中の治安に危険があるようならば勝手な真似は出来んぞ! 参ったな、余計なことを喋らせるんじゃなかった。


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