第53話 1924年開幕!


 新年を祝う、カウントダウンを首都の大通り広場で今か今かと待っているぞ。子供が真夜中に何をやっているんだとなるだろうが、この時ばかりは多くが見逃してくれている。


「三、二、一……イヤー!」


 右も左も皆が大騒ぎを始めた。新年あけましておめでとうございます、などとしんみりと挨拶を交わすような文化はここにはないからな。


「お姉さま、おめでとうございます!」


「ああ、今年もよろしく頼むぞ」


 笑顔を交わして手袋を互いにパフッと重ね合う。真冬の真夜中、雪の積もっている大通り公園で寒さは厳しいが、人が多いせいか熱気もそれなりだ。大騒ぎで昼間のように明るい、今は戦争中じゃなかったのか?


「私嬉しいです、去年だけじゃなく、またこうやって一緒に新年を迎えることが出来て!」


 掛け値なしの喜びを向けられると、何だかこちらも嬉しくなってしまうな。一人でも別に構いはしないが、隣に誰かいるのも悪くない。いや、素直に喜ぶとしよう。


「全くだな、ずっと外では寒い、夜間営業をしている喫茶店にでも入ろう。今日ならばどこか営業しているだろう」


 近くは営業していても満席だったので、どんどんと郊外の方へと向かうと、ようやく席が空いている店を見つける。何を提供しているとかはどうでも良かったので、まずは居場所を確保した。


「資源の浪費よりも、得られる別の何かの方がきっと多いんだろうな」


 乾いた意見は今は必要ない、何と無く見ているだけでも明日への活力が湧いてくるのが感じられた。メニューを開くとスペシャルオーダーと大きく手書きされた何かが目に入る。値段は1924ライヒマルクだ。


「これ、何が出てくるんでしょうね!」


「さあな、オーダーすればわかることだ。こいつを二つ頼む」


 わかっているが、新しい統一歴を迎えて数字を合わせたわけだな、食べきれない程の何かが出てきそうな気がしているぞ。それにしても、こんなに平和なまま過ぎるとは思えんな、フラグをたてたわけではないぞ。


 しばしすると、ワンプレートセットが運ばれてくる。炭酸ドリンクにバーガー、ポテトにカットケーキ、ご丁寧にチキンナゲットまで小箱に入っている。夜中にこれを平らげるのは正直厳しい。


「凄いですね! 頂きます!」


 真っ先にカットケーキに手をだしたアリアスを見てふっと笑う、いつどうなるかわかったものではないので、好きなものを最初に口にするのはそういう生まれということだ。実に親近感が持てると思うよ。


 自身も同じように甘味を手にしてドリンクを味わう。レカドニア協商連合は初期の優勢をあっという間に失って、北方戦線で必死の防戦を行っている。元より単独で戦争するつもりなど無かったのだろう、フランソワ共和国と挟撃、共同戦線を張って帝国との戦いを継続していた。


「ん。お嬢ちゃんたち、お父さんはどうしたんだい?」


 トイレにでも立ったのだろう、若い男が戻り際に何と無く気になった感じで問いかけて来る。見た感じ絡んできたとかそういうのではない雰囲気だ。


「お構いなく、どうぞ新年を祝ってください」


 微笑んで問題ないぞとアピールする、酔っ払いならそのまま離れていくんだろうが、正気で多少なりとも正義心があれば心配くらいはするだろう。表情を曇らせてテーブルに近寄って来た。面倒だな。


「そうは言っても子供だけでこんな時間に外に居るのはな。俺が連絡を取ってやる、迎えに来てもらった方が良い」


 アリアスがどうしましょうって顔でこっちを見て来る。うーん、そうだな、別にここで頑張る必要はない。とはいえどこに連絡して誰を迎えに来させるかだよ。


「お言葉に感謝します。それではタクシーを呼んでもらえるでしょうか」


「ああ、直ぐにそうしよう」


 店員のところへ向かうと何かやり取りをしている。帝都だからあるがタクシーは希少だ、そうだな現代で言えばワンメーターで二千円スタートくらいか。驚くような請求をされるわけではないが、庶民が気軽に使うにはやや割高というやつだな。


「というわけだ、今日はもう退散するとしよう」


「そうですね、部屋に戻っても一緒ですもんね」


 ニコニコとそんなことを言う、本当に愛らしい奴だ。少しすると店の外に黒白赤のカラーリングをした車がやって来た、店員が近くに来ると「迎えの車が来たよ、またな」夜も遅いからと帰宅を促す。食べきれなかったナゲットの小箱だけを手にして車に乗り込んだ。


「ホーエン通りの十六番へ頼む」


 軍大学のすぐ傍には陸軍の司令部が存在している、意義的には逆の説明が正しいだろう。区画一つ先に軍が所有しているフラットが並んでいて、十六番区がそれだ。知ってか知らずかタクシーは途中から道を外れた。


 アリアスは気づいていないが、目的地へは向かっていないな。となれば間違いでなければ意図的な不埒者だ。


「こちらは十六番区への道ではないがどうしたんだ」


 一応言い訳を聞いてみることにする、どうせロクな返しではないだろう。知っているさ、私が何事もなく幸せに過ごせるはずがないことを。


「そりゃそうだ、別のところへ向かっているからな。大人しくしていた方が良い」


 ふん、下衆が。車両事故でも起こされてはたまらない、取り敢えずはだまっていることにしよう。新年初イベントがこれとはな、神の祝福(笑)というやつか。

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