第51話 保護者はだあれ?


 六日間、年末年始休暇の期間で自由に出来るのはそれだけある。長いか短いかで言えば、かなり長い部類に入るぞ。負傷療養からの研究所での負傷療養、休んでいたがベッドの上が長い年だったな。やれやれだ。


「お姉さま、何を考えていたんですか?」


 今二人でレストランへ行こうとしている、軍人として勤務をしだすと俸給が支給される。その額は一般成人の男性と比べても遜色ないのが下士官、将校ともなれば役職付きのそれと同程度に増える。


 だが初年度少尉だけは別だ、わからなくもないがな。しかし私は中尉、それも勲章持ちだ! つまり何を言いたいのかと問われれば、金に困ってはいない。


「色々あったが、まずまずの一年だったなと思ってな。痛い目にはあったが、過ぎてしまえば過去の事だ」


 苦労は若いうちに買ってでもしろというのは、そういったことに気づけるように精神が成熟したものにしか理解出来ん苦言なんだろうな。別に勧めるようなことでもない。


「私は良い一年でしたよ! いろんな楽しいことがあったし、何よりこうやってまたターニャ姉さまと年が越せるから!」


 そういうと横から笑顔で抱き着いて来る。こういう無邪気なところが可愛くて仕方ないな、喜んでるならそれでいいさ。ほんわかとした気分になり、郊外にある人気レストランにやってきた。


 実に盛況で本来ならば客が少ないだろう二時過ぎだというのに、既に待ち客すらいる。予約は受け付けない店なので仕方ないが、来てみて驚きだな。


「そこそこ待ちそうだが、どうする他を探すか?」


 別にどこでも良い、それこそファストフードでもなんでもな。折角だからこういう場所もあるぞと連れて来ただけの話だ。一度くらいはまともな店で食事をさせてやりたかったしな、何せ私の方が年長なのだからな! もう一度、私が年長なんだからな!


「待ちましょう、こうやって並ぶのも楽しいモノなんですよ!」


「そうか? ならそうするとしよう」


 ただボーっと待つのはあまり好きではないが、今朝だってベンチで二時間以上寒さの中待っていたんだ、今さらか。何よりアリアスがそうしたいなら付き合ってやるのが大人だ。


 見たところ一時間もすれば入店できるだろう、話でもしていれば気づけばテーブルを前にしてるさ。


「お姉さまの今日の服、可愛いですよね! とても似合ってます」


 淡い黄色のパンツにクリーム色のシャツ、真冬なのでえんじのカーディガンを着ている。その上に藍色のコート、そしてノルデンに行った際に被っていた毛糸の帽子だ。どこがどう可愛いのやら、こいつの感性はほんとにわからんな。


「世間では可愛いと言うのはアリアスのようなのを言うんだぞ」


 赤いひざ丈のスカートに、白と赤のジャケット、白いぼんぼりがついた三角帽子のような組み合わせは……サンタか! ところがだ、それを子供が着ているとどうだ、愛らしいじゃないか。


 実際に二人で列に並んでいると、通りかかるやつがチラチラとアリアスを見ているしな。こっちはこれといった反応はないぞ。


「褒められちゃいましたね、ふふ。ここってどうしてこんな郊外にお店あるんでしょうね、街の中ならもっと繁盛しそうなのに」


 これだけ並んでいるんだ、もう充分だろ。あれだな、立地というのは要素として大きいのは認められるぞ。地代の問題ではなさそうだ、別の理由があってこんな辺鄙な場所にあるんだろうな。


 調べたら分かる魔法の道具が手元にあるわけではないので、あれこれと適当な想像をして未解決で時間が過ぎて行った。ようやく自分たちの番になった時に、案内をする店員がこちらに不審を抱いた。


「お嬢ちゃんたち、お父さんかお母さんは何処に居るんだい?」


 四十代位のちょび髭のおじさんが、軽く周囲を探す仕草をする。後ろの二人は若いカップルなので無関係だろうとの見立ては正解だな。


「我々は二人だ」


「すまないがここは遊び場じゃないんだよ、他所へ行ってもらえないかな」


 渋い顔になってそんなことを言われてしまう。仮にそうだとしてもだ、並んでいる間に声をかけるなりすべきじゃないのか? ようやく順番が来てから言うだなんてどうかしているぞ。


「食事をしにきたのだが、そちらも商売ではなかったのかな。金ならしっかりと持っているが」


 喧嘩をしにきたわけではない、ちゃんと説明してわかってもらえれば結構。こういうことは相互の不理解が齟齬を産むわけだからな。


「子供が二人で? はは、ここはそういう店じゃないんだよ、保護者を連れて出直して来るんだ、いいね?」


 カチンときたが、事を荒立ててはいかんぞ。楽しく食事をしに来ているんだ、争って入店しては美味しく食べられるものも味気ない。こんなときに使えるのが軍籍証明書だ、身分証を持っているというのは心強いぞ。


「これを確認してもらいたい。私が保護者だ」


 手帳を提示するとちょび髭は目を細めて記載を目で追う。帝国軍参謀本部外局ターニャ・デグレチャフ中尉と書かれている代物だ。軍大学は参謀本部直轄の組織なので、そのような記載になる。


「言ったろう、ここは遊び場じゃないんだ。さっさとあっちへ行くんだ。さあ次の方どうぞ」


 完全に無視されてしまい眉を寄せると「お姉さま、私急にバーガーが食べたくなりました!」なんて言うものだから、怒りを鎮めて頷いてやる。アリアスが大人の態度をするというなら、私がここで爆発するわけにはいかんからな! くそっ!

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