第50話 今年の年末も一緒に


 ふむ、また雪が舞う季節になり、年が改まろうとしているな。軍大学も年末年始は休校になる、士官学校と日程的には同じだ。軍公館規則というところにそのようにしなさいと書かれているから適用されている、別に時代が変わろうともやはり祭祀の関係もあってか、世界中で年末年始は安息日のようなもの。


 誰かが休暇を楽しむためには、誰かが働かなければならない。交通機関然り、宿屋然り、商店然り。その分特別価格で少々お高いのは、呑める条件変化だと私は考えているぞ。じゃないと誰も働きたいわけがないからな!


 それはさておき、駅のホームで次々とやって来る列車をじっと見つめては、目当ての人物が居ないかどうかを確かめる。この世界では某大都市の精密なダイヤよろしく列車が走ったりなどしない。五本目を見送ったところで余りの冷え込みに身震いしてしまった。


「おお寒いな、こんなことで宝珠を起動させるわけにもいかんからな」


 こいつはあくまで軍事用、或いは公共の利益の非常事態に際して利用するものだという規定がある。使ったからとその場でお叱りを受けるわけではないが、調べようと思えば記録を遡ることはできるぞ。


 わざわざそんなことでヒヤヒヤしたくはないから、こうやってコートにくるまってベンチでじっとしているんだ。まったくいつになったら到着するのやら。いい加減鼻水が垂れて来た。お、また入って来たな。


 ガタガタ震えながらうつろな目で乗車する姿をじーっと見ていると、あたりをキョロキョロとする見慣れた姿をついに発見した。こちらに気づくとそいつは駆け寄って来る。


「ターニャ姉さま!」


「ア、アリアス、ようやく来たか……ずずっ」


 揺れる声で鼻水をすすって強張った笑顔を作る、きっと情けない顔をしているぞ今。表情を曇らせたアリアスが近づいて来る。


「どうしたんですか、凄く寒そうですけど。いったいいつからここに?」


「午前中に到着するというから、九時からだ」


 ホームにある時計を見ると、既に十一時を大きく過ぎている。流石にそこらの商店が開業するより前には来ないだろうと九時にしたが、早すぎたようだな。個人で連絡が取れる道具も宝珠しかないんだ、このくらいは日常茶飯事だろうさ。マジサムイ。


「そんな前からですか! うわっ、冷え切ってる、どうして宝珠を使うなりしなかったんでんすか、風邪ひいちゃいますよ!」


 顔に手を添えると驚いて焦りだす、確かに冷え切っている。こんなことで体調を崩すのはいただけんな、早いところ部屋に戻ろう。


「そうは言うが、規定外使用はすべきではないからな。一旦部屋へ行こう」


「使っても、宝珠の記録なんて消したらいいんですよ?」


「なに?」


 消すって……え、それって末端で出来るようなことなのか、私は聞いたことないが。ん、そう言えば戦闘指揮データを消すとか脅していたな。そも、そんなことが出来たら記録にならないじゃないか。どういう意味だ?


「研究所で聞かなかったんですか? 部外秘ではありますけど、外部操作でも消せるんですよ。研究内容を流出させない為とか、理由は幾つかあるようですけど。後で教えますねっ!」


 こいつ、そんな秘密を知っていたのか! なんだか他にも色々と知っていそうな気がするな、うーむ。だがまずは体温の確保からだ、本気で病みそうだ。背を丸めて歩くこと十分ほど、与えられている部屋に戻って来た。


 狭い部屋ではあるが、唯一誇ることが出来る設備が一つある、それは風呂だ! なんと小さいながらバスルームに備え付けられている、帝国ではというか、この世界では珍しい部類だろう。給湯器はない。


「アリアス、悪いが湯を沸かしてバスタブに入れてくれないか、もう限界だ」


「任せて下さい!」


 というものの、何と水をそのままバスタブにぶちこんでいるじゃないか! おい、話を聞いていたか?


「アリアス、それじゃ水風呂で止めを刺される」


「何を言ってるんですか、これをちょちょいっと沸かせばいいんですよ、ほら」


 八九式演算宝珠を使ってあっという間にほかほかのお風呂が用意されてしまう。そういえばそういう話だったな、細かいことはいいからまずは風呂だ。ガチガチと手を震わせて服を脱ぐとお湯につかる。何だかすべてのことが許せるような、朗らかな気分になってきたぞ。


「お姉さま、いかがですか?」


「ああ、最高の気分だ。身体の芯が温まるな!」


 そういえば何故九七式ではなく八九式を使っているんだ? 士官学校ではないから旧式に戻されたんだろうか。


「なあアリアス、その宝珠はどうしたんだ」


「これはですね、予備です。九七式もありますよ、ほら」


 そういうと胸元に吊っているもう一つのものを見せられる。そうか、かくいう私も両建てでやっているからな、実験道具の延長か。


「ということはだ、宝珠の種類によってアリアスの能力が変わるわけか」


「流石ですね! そうなんですよ、どっちもどっちでしかないんですけど、若干違ってその差異を調べるからって両方使うように持たされているんです」


 なぜ違いが出るかわからないのか、それは調べておく必要があるな。にしてもだ、お前なぜ脱ごうとしているんだ?


「予め言っておくが、こいつは一人用だぞ」


「え、いいじゃないですか、子供の二人ぐらい一緒に入れますって」


 言うが早いか後ろから滑り込むようにバスタブに入って来た。おいこら溢れる! ……意外とギリギリセーフなのか? 体重が三十キロもないのが二人、大人なら六十キロあっても普通とすれば、まあ確かに平気か。


「あれだな、アリアスだって感じがした」


「なんですかそれ? 私はお姉さまと一緒に入れて嬉しいですよ!」


 なんだかんだで私は結構こいつに心を許している気がするな。まあそういうのが一人くらいいても別に構わんか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る