第48話 二人の休日
◇
困る程の事ではないが、なんと今日は軍大学が完全閉鎖されている。塗装を行うらしく、有害なガスが発生する都合上休講日と繋げて工事中だ。
「ふむ、たまには街に出てみるとするか」
部屋で軍服を着ているわけだが、果たしてこのままで良いのかどうか一瞬だけ悩む。この格好では目立つだろうな、余計なことに巻き込まれたくはない、特に軍隊マニアみたいなのに見つかると粘着されてしまうからな。
ワンピースにズボンを履いて、カーディガンを羽織る。どうだ、これならば普通の子供のような感じがするだろう! つばのついた帽子を頭に乗せる、髪は後ろで一本に適当に束ねて縛っておく。鏡を見ると、どうにも自分かどうかがわからないほどだ。
「これならば自由に出歩けるな、さてどこへ行ってみようか」
一人で何をしたものか、アリアスが居れば楽しめるのに……などと考えてしまったが、あいつは研究所だからな。まあ、取り敢えず部屋を出るとするか、歩いているうちに何かしらあるだろう。ノープランでブラつくなんていつぶりだよまったく。
市街地をうろついてみたが、まずいぞ、私はいつから仕事人間になってしまったんだ、やりたいことが見当たらん! 昼飯くらいはどこかでとは思っているが、それ以外に思いつかないとか重症だろう!
「ふーむ、まさかここまでとはな。よし、何と無く人が集まっている場所に混ざろう」
やはりこういうときはショッピングモールに限る、ここならば全てが揃っているぞ。右を見ても左を見ても、人ばかりだ。何かイベントでもやっていないものだろうか。
ガラン!
何だ今の音は、重い何かが倒れたような感じだが。訝しんで音のした方向を遠目で睨んでみる、人だかりが出来ていて、なおかつ騒がしい。これはなにかあったぞ、いってみるとしよう。
叫び声が聞こえてくる、異常発生だな! 誰かが暴れているな、それも一人じゃない。作業服姿やスーツ、警備員のようなやつまで居るな。何人だ、全部で六人か? よからぬ行為を計画しているようだが目的はなんだ。
「大人しくしろ、動く奴は撃ち殺すぞ!」
銃身を短く切ってしまったライフルを手にして威嚇で天井へ向けて発砲した。市民への無差別攻撃ではないようだな、何かしらの要求でも出してくれれば目的も解るんだが。治安警察はまだ来ないか、隠れている奴が居てもおかしくはないな。
注意深く周囲を見回してはみるものの、一般人と犯人グループの見分けがつかない。こういうのは苦手だ、というか経験がないからな!
「おい貴様等、馬鹿な真似はやめて大人しくしろ!」
ん、この声は! 人混みをかき分けて輪を抜けると、短銃身ライフルを持っている男と対峙しているラーケンの姿があった。あいつ、軍服以外も着るんだな! 全く同じ感想を持たれそうではあるが、取り敢えず犯人の注意を引いてくれている。
その隙に犯人の近くに居た奴が大慌てで逃げて観葉植物の陰に隠れてしまう。良いぞ、これでフリーだ! 相手が銃を持っていようともお構いなしに、ラーケンは距離を詰めて躍りかかる。腹を狙って銃を撃とうとしたが、上着を投げつけて邪魔をすると足元を撃ってしまい組みかかられてしまう。
「むむ、そいつらを取り押さえろ!」
いつのまにか到着していたらしい治安警察が、六人全員に飛び掛かる。もみ合いの末に全てが拘束されてしまう。なんだ呆気なく片付いたものだな。腕を組んでほっとしていると、真後ろから「動くな! そいつらを解放しろ、じゃないとこいつの命はないぞ!」と大声で叫ぶ男のもつ拳銃が後頭部に突き付けられているではないか。
ふむ、こいつは油断したな。宝珠は常に装備しているが、この程度の奴にすら気づけないとは自分の未熟さを呪いたくなったぞ。ついでにもう一人隠れていたようで、すぐ近くで別の子供を人質に取っているな。
九五式だけでなく、精神汚染対策で九七式も身に着けているが、こいつらがそんなことを知るはずもない。野次馬がザワついている、治安警察が「待て、解放するから早まるな!」悔しそうに応じようとする。
が、ラーケンがこちらを見ているのでゆっくりと頷いてやった。きっと無茶をするなと目で訴えてくれているのだろう、大丈夫だここで首を突っ込んだりはしないさ。
「私はラーケン准尉だ! 人質の心配はいらん、そいつらを決して離すな!」
おっと、そちらがお好みだったか。非番の一市民としてはモノ申したいところではあるが、あの子を保護してやる必要があるな。子供に防御幕を展開しつつ、後ろの奴の足を踵で思い切り踏んでやる。
「畜生、何しやがる!」
パン!
拳銃を背中に向けて撃った。こいつ、私に発砲したな! 銃弾は見えない壁に弾かれて明後日の方向に飛んで行ってしまう、くるりと振り返ると首を傾けて睨んでやる。
「それはこちらの台詞だな、生憎機嫌が悪くて手加減をし損ねるかも知れんが諦めてくれ」
腹に向けて衝撃術式をそこそこの威力で放つと、男は石壁に向かって激しく飛んでいき鈍い音をたててぶつかると白目を剥いて地面にずり落ちて行った。子供の傍に立ってナイフを持っている男に視線をやり「お前も壁にめり込むのが趣味か?」威圧してやる。
「こ、降参します!」
ナイフを捨てて両手を上げた。それを確認した治安警察が駆け寄ると、腕を後ろに回させて取り押さえることに成功する。ラーケンがこちらに近寄って来る。
「やあ奇遇だな、こんなところでも顔を合わせるとは」
「お見事、流石ですね」
「暇すぎて繰り出してきたものの、何の収穫もなく銃撃されるとはついてない」
肩をすくめて処置なしと自嘲してしまう。実際何も良いことが無かった。
「では自分からの褒章です、チョコレートパフェでもいかがですか、奢りますよ」
「そいつは嬉しいな、では奢られるとしよう。貴官の勇敢な行為、上申しておこう」
こうして甘味を口にしつつ、ラーケンの昔話を聞かせて貰うという休日の昼下がりを楽しむことが出来た。あいつ、ああ見えて経理担当下士官だったとは、なんて無駄な筋肉をしているんだよ!
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