第47話 初めての論文提出


 不思議なもので、目覚ましなど無くても朝は定刻に目が覚める。ある程度規則正しい生活をしたらわかるだろうが、体内サイクルというのは実に正確なもので、寝る時間はいつでも起きる時間は一定になる。懐疑的ならば試してみると良い。


「首都のフラットだったな、まだ慣れるには日が浅いか」


 連合王国あたりではアパートメント、連邦ではアパルトマンなどとも呼んでいるが、どれも変わらない集合住宅のことだ。軍服に袖を通し、適当にパンとミルクを口にして腹を満たす。


 変わり映えしない食事だが、帝国ではそこまで力を入れているわけではないので仕方ない。栄養を補給できれば良い位の考えなのが残念だな。ここに居ても何ら良いことは起きない、さっさと軍大学に行くとしよう。


 朝一番で校門を前にすると、巨漢が脇に控えているのが目に入る。毎日朝から晩まで常に仁王立ちしている、真面目なものだな。


「おはようラーケン衛兵司令」


「中尉殿、今日もお早いですね」


「なに、時間を有効活用したいだけだよ。そちらこそ一体いつ休んでいるんだ?」


 門衛の職務に関しては、軍大学が休講の日でも警備を行っている。日の出から日の入りまで毎日だ、一度休講日にも来たことがあったが、その時もラーケンが警備に立っていたぞ。


「睡眠は充分とれていますが」


 そういう質問ではないことを解っていてしらをきる。まあいいさ、勤務に忠実なものにわざわざ小言をぶつける必要など無いからな。


「では結構。こいつを預かっていてくれ、もし魔導師が浸透襲撃してこようものなら必要になるからな」


 担いでいたライフルを手渡すと、ラーケンが肩にかける。どこかに置いといても構わないと言うのに、こうやっていつも離さずに預かってくれる。


「これをお返しするまでは必ず自分はここに居ります。どうぞお忘れなく」


「これほど以上安心なことはないな。頼んだぞ」


 軽く敬礼をして門を通り抜けると、後ろで若い軍曹の声が聞こえてくる。


「ラーケン准尉、何ですかあの生意気なガキは」


 ふん、下士官候補生からの任官組だろうな。戦場の洗礼をまだ受けていない、新兵に違いない。宝珠を起動させて聴覚を強化して歩き続ける。


「軍曹は解らんか、そうか。あれは生意気なのではなく、自負による自信の表れだ。激戦区であっても変わらぬ態度を貫く、戦士だよ」


「はぁ。そんなものですかね?」

 

 納得いってなさそうだが、わざわざ私が教えに行く必要もないな。ああいう手合いは勝ち戦で命を落とすような存在だろう。校内に入ると落ち着いた雰囲気が漂っている、何せ選ばれた者しか足を踏み入れることが出来ない聖域だ。


 講堂へ入ると、十数人の他の士官が着席している。どこだと決められた席はない、私は最前列に座ると講師がやって来るのを待った。すると五十代程の中佐がやって来て皆を見回す。こちらをみて一瞬だけ視線を止めたが、それだけだった。


「今日は策源地から物資を前線へ届けるプロセスについて講義を行う。私は戦務参謀兵站課長のドライゼ中佐だ。帝国は内陸国家であり――――」


 後方勤務はやはり参謀に限る。知恵ならばあまり褒められたものではないかも知れないが、知識となれば別だ。世界軸は違うにしても、遥か未来からの技術や思想を持ち合わせているからな。


 講義が終わると内容をまとめたノートを手にして、そのまま図書館へと向かう。大学校内に設置されているこの図書館は、持ち出し厳禁ではあるが各種の論文が揃えられていたりもする。兵站に関連する場所の論文をごっそり持って来ると、机の上に乗せて椅子に座る。


「これだけあるんだ、二時間は読破に掛かるか。逆にいえばその位しか無いとも言える」


 真新しい内容は特に無く、この世界特有の懸念が若干あったりして、その部分でだけ読み返しを必要とした。何のことはない、魔導機関による輸送の類の論文だ。提出者は誰だ? えーと、エーリッヒ・フォン・レルゲンか、きっと優秀な人物なんだろう。


 さて、幾つか問題点があるのでそれを是正する為に提出をするか。まずはこいつだ、何が悲しくて弾丸は弾丸、糧食は糧食だけをまとめて運ばねばならんのだ。これでは現場では砲弾が欲しいのに、届いたらイモだけだったということになりかねんぞ!

 

 集中して欲しい物資がある時は別だが、なぜこんなことになっているかと考えたが、恐らくは納入業者が別々だからだろうな。どうせ届けば一緒だと考えているんだろうが、届けばの部分が常に疑問が生じる部分であろうに。


「私なら不足する物資が致命的な何かと解っているならば、それだけを狙い撃ちにして阻害するぞ」


 代品があればなんとかなる、むしろ何とかするのが現場だ。だが砲弾の代わりは武器弾薬でなければ難しいし、糧食の代わりはやはり食品の類でなければ難しい。一日分だけでもあれば繋げる、その時間的猶予の間になんとか都合をつけるなど、やり様はあるはずだ。


 ここにきて一番最初の論文提出は、補給物資の均一的なパッケージという題目にしてやった。これならば半分が襲撃を受けて失われても、致命的に不足する物資というのが無くなる。ついでにその箱に詰める位置も固定することで、暗夜でもどこに何が詰まっているかを判別出来るようになる、とまで書いてやったさ!

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