第44話 ネクロマンサー


 アリアスのお陰で翌日も自由を得ることが出来た、なんと部屋から消えさりシューゲル技師と遭遇しないように逃げ回る、という物理的な回避を行ったからだ。上手く行くものなんだな。


 途中二度三度見つかりそうになったが、何故か寸前のところで身をかわせたのが不思議でたまらない。偶然かはたまた幸運か。ところが正解はどちらでもなかった。


「ふふふ、これで暫くはこのあたりには来ませんよ」


「そ、そうか。しかし、こんなことをして大丈夫なのか? 仮にもこれは軍務だぞ」


 懸念はするが出頭をするわけではないところに矛盾があるのを自ら指摘してしまう。サボりは事実だが、負傷中という主張をすれば小言はあっても罰までは受けまい。多分。メイビー。


「良いんですよ、最終的に研究の足しになれば。だって今もデータ蓄積に一役買っているんですから」


「なに……まさか、アリアスの指揮力向上効果か!」


 こんなことでその影響を受けるとは思ってもみなかった、自分より強者を指揮することで能力を向上させる。なるほど、確かに状況はマッチしているな。収穫はあった、指揮される側はなんの認識も無くても適用されるものなのだな、と。


「どうですか、シューゲル主任ならば納得しそうな話だと思いません?」


 いたずらっぽく笑うと、廊下の角で座った。どちらから来ても逃げられるように、退路を確保した状態だな。それはさておき、何ともいえない能力だと思っていたが、もしかすると偵察というか潜入などで役立つかも知れんな。


「そうだな、自身の把握すら出来ていなかったとは、私もまだまだだと思い知らされたよ」


 これが能力の低下だったら知らず知らずのうちに致命傷を受けていたかもしれん。考え過ぎだと言われたらそれまでだが、思うところはあるぞ。


「お姉さまはもしかしたら意識の外かも知れませんが、この演算宝珠ってとても色々なことが出来るんですよ?」


「戦闘で活躍をする便利な道具ではないのか。無論、肉体操作の類は知っているが」


 どういうことだ、宝珠は事象を体現するための媒体ではなかったのか? いや、それが出来るならば可能性は無限大とも言えるが。


「物理的な攻撃を弾いたり、炎や電撃を放つことは出来ますけど、そういうのだけじゃないんですよ。例えばそうですね、苦手な人参を食べる時に、美味しいって錯覚させたりも出来ます」


「なん……だと?」


 認識の異常を操作可能なわけか! ということはアドレナリンの分泌と似たような効果も得られるし、感覚のカット、あまり勧められないが痛覚の遮断などもだな。本気で考えたことはなかったが、こいつは世界が広がるぞ!


「空を飛んだりもしていますけど、そういうのって実はメインの効果じゃなくて、付随した何かだってシューゲル主任は言っていました」


 これらが主たるものではないだと、では何を求めて宝珠を研究していると言うのだ。いや、これは宝珠の能力ではないぞ、事象の研究だ。いわばソフトパワーについてだな。


「そういえばアリアスは九七式エレニウムを使っているのか?」


 士官学校ではそれを支給される、けれどもここに居る時にはどうだったか。何もないわけがなく、そこらの支給品とも思えない。アリアスは首から下げている金色の縁取りの宝石を取り出す。


 それは……普通の九七式だな。ふむ。と思っていたら、もう一つ引っ張り出す、銀色の縁取りの旧式。なぜそんな古い物をわざわざ。


「八九式?」


「そうですね、八九式です。でも普通のものじゃなくて『指揮』演算宝珠八九式なんですよこれ」


「亜種が存在するのか!」


 何でも画一である必要はない、何せここは研究所だ。必要な能力を持たせた特注品があってもおかしいことなどなにもない、ましてや主任技師が自ら行っている実験だ、同じ方がおかしいか!


「ここの研究所では、特化型演算宝珠の製造と、それらをどのように有効に行使するかを研究しているんですよ。あ、これは軍事機密なので秘密です」


 にこにこで恐ろしい機密を吐いてきたな! だがこれは色々と思い当たる節があるぞ、知れば様々点と点が繋がって来る。アリアスが人差し指を立てて「お姉さまがお気づきになられたように、演算宝珠は他者に影響をもたらします。言い換えれば範囲にと言えるかもですね」お気づきになられてなかった!


 いや、指揮影響を与えているんだ可能だな。指摘されるまで運用に意識が行かなかったのは私の能力の低さゆえのことか。悔しいが今はアリアスにかなりの差をつけられている。


「影響範囲への攻撃は感覚としてあったが……治療や士気の向上など、が出来るわけか」


「お姉さまのように、制御能力と魔力そのものが高ければ、他者をリンクさせて操ることまで出来るかも知れませんね。範囲魔導制御による統制部隊、その頭脳を死人を産み出すことを揶揄して、ネクロマンサーと呼んでいます」


「ネクロマンサー。何ともおぞましい響きだなそれは」


 死霊術師ときたか、もしそれが出来れば新兵であってもネクロマンサーの経験を上乗せできる、便利な駒が生み出せるわけか。禁忌の所業なことだけは確かだ。するのもされるのもごめん被る。


「それとですね、この宝珠じゃ無理ないんですけど、チャージも出来そうかなって思ってます」


「チャージというと、充電? 宝珠は制御媒体ではなかったのか」


 二つあっても使えるのは一つだけ、一つは壊れた時の予備、いわばパソコンなどのOSのような存在かと思っていたが。実際宝珠に魔力を籠めることなど出来んぞ。


「ほら、宝珠って稼働のコアがあるじゃないですか。この八九式は一つで、九七式は二つです。そのコアの制御で、自身の魔力をプールする術式を常時起動させる感じで」


 魔力保持術式だと? うーむ、それは可能なのか? いや可能だろうな、有効かどうかを考えるとそうではない。何せ一つコアを潰してしまえば性能は半分以下になり、魔力だけ余計に使えてもこれといったプラスは得られない。


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