第43話 対シューゲルの先任
◇
理論的に筋を通して説得しよう、そう思っている時期が私にもありました。
「あの腐れMADめ! 私を何だと思っているのだ、実験動物ではないぞ!」
左腕を包帯で首から吊るして大声で叫ぶ。研究員が聞こえているのに素知らぬ顔で背を向けているのは、恒例になったからだろうか。ここに来てから生傷が絶えません、私が死ぬか奴が死ぬかのチキンレースになって来たな。
医務室のベッドで横になると、剥いてあるリンゴをフォークで刺して咀嚼する。酸味が強くて甘みは少ない、妙に固いが品種改良していないリンゴはこんなものだろう。
「傷は痛みますか?」
「あ、ドクター、お陰様でどこが痛いかを考えてしまほどですよ。あっちもこっちもと」
研究員ではなく医務室のドクターで女性、忌々しいエレニウムとこれといった関係が無い数少ない人物だ。このドクターのストップがかかっているうちは、シューゲル技師も私を連れ出すことはできない。感謝しかないな。
「では今日もお休みにしましょう。あ、それと、リンゴはドクター・アラモからの差し入れです。いつも果物を持って来て下さるんですよ」
「なんと、ドクター・アラモからのものでしたか! あの人には是非ともお礼をせねばなりませんね」
そうだったのか、心のオアシスである常識人こそ研究所の頂点になるべきじゃないか? それにしても九五式、確かに理論的には何とかなりそうなものだが、どうして失敗しかしないんだろうか。あれこれと考えているうちに眠りに落ちると、朝がやってきた、ついでにシューゲル技師も。
「さて具合はどうだね少尉。もう実験出来る位には回復しただろう」
「いえ、体調が万全には程遠いです。これでは良いデータがとれないでしょう」
もう引っ張り出されてたまるものか、せめて五体満足で生き残るのを目標にするぞ。壊されては元も子もない。
「いや私は貴官が実験可能だと確信している。いいから来なさい」
「確信されても困ります。見ての通り包帯だらけですので」
事実、あちこち傷だらけだ。骨は折れてはいないが、打撲に火傷、切り傷に刺し傷と満身創痍とはこいつだ。宝珠で治療は可能だが、体力までは戻ってこない。
「このままでは貴官は研究所での勤務が不適格と言わざるを得ない。そうなれば不遇の任地へ行くことになるのではないか?」
それについてはそうなるかも知れない。最前線へ行くのと、ここで耐えるのとの二択ならば、まだマシと言えなくもない。もっとも、最悪の二択しかなければの話だが。
「ドクター・シューゲル、少尉はまだ未成熟な子供です。あまり無理をなさらないようにお願いします」
「君、柔軟な子供だからこそ実験で未知のデータを出しうるんだ。固定観念に囚われた成人男性、それも軍人など研究の役になどたたん!」
半ば自分のことを紹介してるんじゃないのかと突っ込みたかったが、新しいデータは今までと違う素材が必要なのは理解出来る。だからとこうも毎度毎度ではなあ。
「さっさときたまえ少尉」
タタタタタタタ! 廊下を走る音が聞こえてくる、研究所内で走るとは意識が低い奴が居たものだ。そういう躾すら出来んとは、情けない上司に恵まれているようだなシューゲル技師!
「ターニャお姉さま!」
ぐはっ! またか! どうやら私は相当未熟のようだな、アリアスにきっちりと教育をし直さなければならんようだ。というかどうしてここに? 駆け寄って来ると抱き着いて来る。ふふ。
「廊下は走るものではないぞ」
「はい、ごめんなさい。少しでも早くにお姉さまに会いたくて!」
むう、そう言われてしまってはこれ以上何も言えん。癒される笑顔だな、おっさんはさっさと部屋から出て行ってくれても構わんぞ。
「アルヴィンか、士官学校はどうした」
「辞めてきました。またここで厄介になりまーす。お姉さまと一緒にですよ?」
「はっ? 辞めただと? どういうことだアリアス」
簡単に入ることは出来ないが、確かに辞めることは出来る。だが色々とあって無理矢理に入校したというのに、そんな一存で辞めるなどありえんだろう。
「大体データ取れたから、もういいかなって。実際に戦闘指揮データも取れたし、ねえお姉さま」
「指揮データ? ああ、あれのことか」
「ほう! それならば良かろう。早速そのデータを見せるんだ、早く、今すぐに!」
物凄い勢いで食らいついてきたな! だがこちらへの意識からそれた、助かるぞ。
「いやでーす。お姉さまとの再会を堪能してからじゃないと見せません」
「何を言っておるか、そうやって無駄な時間を過ごしている間にも、研究が遠のいていくのだぞ!」
シューゲル技師が眉を寄せて怒りを露にする。言っていることは解る、先端者のそれは時間との勝負でもあるからな。
「いやでーす。シューゲル主任、いうこと聞いてくれないと蓄積したデータ全部消しちゃいますよ」
「けっ、消すだと! 馬鹿なことをいうな、そのような貴重なデータになにをするつもりだ!」
「私はお姉さまとの時間を優先したいんです。データを消されるのとどっちがいいか、選んでください」
おいアリアスお前……やるじゃないか! そうだ、もっと言ってやるんだ!
「っく、仕方あるまい、データを優先する。明日また来る」
シューゲル技師はくるりと踵を返すと部屋から退散して行った。なんてことだ、こんなことがあるのか!
「ほら、褒めてくれてもいいんですよ」
ニッコニコでそんなことを言われてしまう。そうだな、これは殊勲賞だ。頭に手をやると撫でてやり「アリアスのお陰で助かった、礼を言う」笑いかけてやる。どうやらシューゲル技師の扱いでは一日の長があるというのを認めざるを得ないな。
「へへへへへ、これからはここで一緒ですよ!」
ぎゅっと両手を回してくっついて来るのを、私は暫く黙って受け入れていた。
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