第40話 1923年7月

 

 なるほど私は後方勤務を望んでいた、だからこの配属に対しての不満は何も無い。安全で楽な仕事ほど素晴らしいものはないからな。本国戦技教導隊付技術検証要員、普通ならば工学系の大学を出ていなければそんなところに配属されることはない、数少ない例外ということだ。


「勝ったぞ! 私の勝利だ!」


 誰も居ない工廠の庭で一人声を上げる。頭脳労働は得意だ、別に天才というわけではないぞ、少し進んだ世界の知識というのはこの時代のお宝のようなものだからな。まさに適材適所、やってくれたな!


 意気揚々と工廠に入ると、技術主任のところへと案内される。工廠の局長というのは書類上の存在らしく、実際の責任者はこのシューゲル技術主任だ。魔導技術の専門家、帝国の頭脳と呼ばれていると聞いているぞ。


 気になるのはアリアスが言っていた人物がこいつなんだろうというところだ。つまるところ、天才などというのは狂人と紙一重、或いは共存するなにかということだな。


 左目にだけつける眼鏡に、だらしないといわれても仕方ない長いボサボサの髪、恐らくは年齢と乖離している老けた顔つき、トレードマークだろう白衣での登場だ。マッドサイエンティストに相応しい姿だな!


「デグレチャフ少尉、ただいま着任しました」


 まあそれもこれも輝かしい後方勤務ということに比べれば些細な事。私はこれからより良い未来を送るために、地味な研究活動を行うぞ!


「ほう、ほうほうほう! 貴官があの白銀か」


 無遠慮に周りを歩き回りこちらを観察して来る。既に関わり合いたくないレベルが上限を突破しそうだ、だが我慢だ、直ぐにお別れだからな。工廠責任者などとおいそれと顔を合わせるはずがない。


「データによれば、強力な魔導能力に加え、高い制御能力を持ち合わせているとのこと。素晴らしい! これぞ私が求めていた逸材だ!」


「お褒めに与り恐縮です」


 軍務データには九七式エレニウムの稼働数値が付与されている。それを見たんだろうが、別に求められたくはない。そういえばこの宝珠もこいつが設計したんだったか? 人格どうあれ能力があるから軍から高待遇を与えられているわけだ、そこは認めても良い。


「早速能力テストを行うぞ、実験室へ来い」


「あの主任技師殿、能力テストとは? 私は研究員として配属されたのでは?」


 まさか専門知識が無ければ不採用という話ではないだろうな、そんなのは聞いていないぞ。せめて準備する時間ぐらいあっても良くないか?


「研究員だと? ある種の研究材料ではあるがな。貴官は魔導試験官として働いてもらう」


 何だそいつは、魔導試験官なんて聞いたことが無いぞ。やばい、何だか風向きが怪しくなってきている気がする。


「それはどのような職務なのでしょう」


「私の研究の実験をするものだ。エレニウム九五式の性能を引き出せるものが居なくて実験が止まっているのだ、それをやってもらう」


 九七式が製造されているのに九五式とは……などと思うこともあるが、この番号は設計を提案した時期によるものであって、型の新旧ではない。長いこと設計段階のままで、完成していないと言うことは難しい研究なのだろうな。


「九七式の二発宝珠は安定した良い製品であると評価しております」


「当然だ、そいつは私が作ったものだからな。だが宝珠の真価は九五式にある、九七式となど比べ物にならんよ」


 自作の製品を指して比べ物にならないとは、一体どんな代物だと言うのだ。なんであれ仕事はせねばらなん、まずはついていくとしよう。あまりぐだぐだ質問ばかりしているのは軍人として宜しくはないしな。


 ガッチリとした鉄の通路を進んでいくと、何度か気密区画のような場所を抜けて、素っ気無い真四角の部屋にやって来た。電灯をつけると細部まで照らし出される。窓一つない常夜灯だけの箱部屋にあったのは、小さな背が高いテーブルだけ。バーにある椅子のようなひょろ長いものだ。


「さてデグレチャフ少尉、貴官は宝珠が何かは知っているかね」


 こいつは何かの暗喩か? それともちょっとした言葉遊びか……どちらでもいい、私の認識を伝えるだけ伝えるとしよう。


「演算宝珠、それは人が人としての領分を越え、奇跡を起こす力を引き出すための道具です」


 そうだ、こいつは道具に過ぎない。神が存在するこのクソッタレな世界を生きるための便利な何かだ。なければないで構わないが、ある以上は有効活用すべきだろう。


「奇跡の為の道具ときたか、なるほどそれは実に良い表現だ! いずれ聖遺物とでも呼ばれるやも知れぬな。だが私も貴官も神などではない、人の子だ。宝珠とは人が作りし事象の根源。奇跡ではなく魔道具だ」


 神になれと言われてもゴメンだ、人を選ばせて貰う。これが電波だろうと核だろうと、使い始めればすべてが技術ということで収まる。


「利用した感じとしては、理屈ではなく感覚で行使する道具ですが」


「その通りだ。画一的な行使ではなく、感覚的な行使、それゆえに使い手次第で事象の結果が左右される。貴官のその結果は他者のそれとは随分とかけ離れていると記されていた、それをこの目で確かめるべく実験を行う」

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