第38話 目で会話することもある


 人生とはわからないものだ。ノルデン観測任務で敵航空魔導師と遭遇、それも中隊とだ。速攻で逃げようと思ったら、CPから「敵の遅滞行動に努めよ」とのお達しだ。ふざけるな! どうして新任少尉が単独で、魔導中隊相手にドンパチやれなどという指示が出せる、これは幼児虐待だぞ!


 とはいえ軍隊なのだ、命令があれば従うしかない。ヤケっぱちで敵に突っ込んでは攪乱して逃げ回ったさ。六百秒がこれほど長く感じたのは後にも先にもないな。結果、自爆して墜落した。


 ふらふらとあの場所に落ちていくと、気絶する前に枝で十字架を作ろうとして途中で力尽きたさ。私自身が重なることで、丁度十字が完成したんだから世話ない。ヴィンター中尉が必死の捜索をして私を救助してくれた、あの上官には頭が上がらんな。


 でだ、軍病院で療養中に銀翼突撃章を授与された。白銀に銀翼とはお似合いだと言われたが、私はそんなものよりも後方勤務を命じられる方が嬉しいぞ。まあそんなわけで帝国は絶賛戦争中というわけだ。


 外が騒がしいな、廊下を走っている音が聞こえてくる。軍病院は軍施設なので、基本的には軍人しか入ることが出来ない、無論例外はある。廊下を走り回るよう教えた奴の責任でもあるぞ。


「ターニャお姉さま!」


 ぶっ! 部屋に駆け込んできたのはアリアスだった……これはお前も反省しろということか、そうだな、うむ、私の教育が甘かったようだ。叱りつけようとしたが、泣きそうな顔で抱き着いて来るのでそんな気も失せてしまった。


「大怪我をして入院していると聞いて、休暇が取れ次第大急ぎで来ました!」


 包帯だらけの姿を見て悲しい顔をする、ここは大丈夫アピールをしないと収まりがつかんだろうな。大人の態度というのを見せてやるとしよう。


「そう騒ぐなアリアス、他の入院患者に迷惑になる。私の肩身が狭くなるのを気にしてくれるならば落ち着くんだ」


 そうはいうが、同室の者らは皆が私に気を使ってくれた。わからなくもないぞ、もし自分が大人で病室に子供が担ぎ込まれたら、無制限の寛容さを発揮するだろうからな。しかもだぞ、単騎で中隊を相手にして負傷したとなれば、敬意をもってすらくれる。ここは軍病院だからな。


「はい……騒いでしまい申し訳ありませんでした。あの、お怪我は?」


「一か月の有給休暇を得たようなものだ、喜んで休ませて貰うさ。見ての通り出歩くにはちと不自由するが、好きな本を差し入れもしてくれるので結構快適だ。何より軍営よりも飯が美味しい、ははははは」


 食事についてはガチだ。だからと入院したいかと言われると、健康を維持して一生を過ごせるならば是非とも粗食を選択したい。骨折はしていないが打撲が酷い、時折宝珠の力を借りてうろつくことすらある。ここでも肌身離さず装備したままだ。


「夏季休暇ですが、六日間あるのでずっと傍に居ます。何でもするので言ってくださいね!」


「有り難い申し出だが、アリアスだって待望の休暇だろう。好きなことをして良いんだぞ、遊びたいだろ?」


 軍に圧迫されている日々だ、リラックスして羽を伸ばせる休暇が減るのは本意じゃないだろうに。しかもこんな病院、面白いことは何もない、保証してやる。


「私がそうしたいんです。ダメ……ですか?」


 うっ、そんな目で見るな。こちらがいじめたかのような気持ちになってしまうではないか。受けた借りを返す丁度良い機会だとでも思ってくれているならそれでイイがね。


「ダメなわけがないだろう。言った通りだ、アリアスの好きなことをして良い。こんな病院ではロクに面白いことがないのは解っているんだろうな?」


 許可を与えたら――元よりそんな権利もないんだが――アリアスは笑顔で頷いた。どうしてそんなに嬉しいのやら。まあ、こちらも悪い気分ではないぞ。


「へへへへへ、それじゃあこれからよろしくお願いします、お姉さま」


 お姉さまか。それにしても、同室のやつら、こちらを盗み見ては優し気な視線を送って来るのを即刻ヤメロ。こんな体でなければ、訓練場でしごきをしてやるのだが、今は仕方ない見逃してやろう。


「流石に病院で寝泊まりとはいかんだろう、近くのホテルを確保するなりだな。報奨金が出てる、私が費用を持ってやるぞ」


 勲章授与の副賞とでもいうのだろうか、金一封が出ている。或いは負傷者への見舞金なのかもしれん。どちらでも構わんが、訓練生のアリアスの手当てではホテルの連泊は負担が大きかろうからな。流石、出来る先輩は気遣いが違うだろう?


「大丈夫です、毛布を借りて来るので、ここの床ででも寝ていますから心配いりません!」


 それは……何というか、罪悪感が凄いな! じろっと同室の奴らを流し見てやった、ほらお前達の出番だぞ!


「あ……あー、勝手に話しに割り込んで済まないが、簡易ベッドなら仮眠室にもあるから、俺が事情を説明して持って来てやるよ。まさか使うなとは言わんだろうから」


「え、そんなの悪いですよ。邪魔なら私、外の芝生ででも構いませんし」


「アリアス! ここは軍歴の長い諸先輩方の言葉を受け入れるべきだ、戦場では階級がものを言うが、日常では軍歴を尊重するものだぞ」


 芝生でなど寝かせるものか! 何を急にたくましくなっているのだ、いいからベッドで寝て居ろ。ベッドにいる男達を睨み付けてやった。


「そ、そうだぞ、俺らに任せておけ。おい、ちょっと手伝え、寝てばかりいると傷の治りも遅くなるからな!」


 三人の男達が笑顔で連れ立ち大部屋を出て行く。後で礼を言っておこう、それにしてもアリアスと共に居れると思うと、何だか心が軽くなって嬉しいものだな。

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