第37話 彼女は成長期


 何故だろうな、たかが手紙の返信ごときでこうもわくわくしてしまうのは。手元にある軍事郵便、差出人は士官学校にいるアリアスからだ。こちらから送り、二十日ほどで返しの便が届いた。私からのを読んですぐに返事を出したらしいな、可愛い奴だ。


 封書を開けると中に入っている便箋を取り出す。飾り気のないどこにでもある紙でしかないが、両脇に動物の顔のいたずら書きがされているな。どれどれ。


「ターニャお姉さま、元気にしていますか、私はしっかりとやっています! お姉さまが卒業してから、ちょっぴり落ち込んでいましたけど、アイナさんやエミーさんが話しかけてくれたりしてくれているので、寂しくはありません。夏季休暇があたる頃に、もしご迷惑でなければ一度お会いしたいです。お返事を待っています!」


 ちゃんとやっているようで何よりだ。アイナとエミーも気にかけてくれてるようでありがたい、誰かにこうやって頼みごとをすることなど無かったが、二人とも快諾してくれて良かった。


 夏季休暇は六月の終わりか七月だったか? 生憎私はそれを享受せずに卒業してしまったからな、こちらが長く離れるわけにはいかんが、アリアスが来ると言うなら指定休暇位は取れるだろう。公休に一つ休みを繋げて二日も併せられれば良いだろう。


「直ぐに返事を出しておくとするか、夏場ならノルデンでも快適に過ごせる。それまでに観光出来る場所など情報を仕入れておかねばならんな、何せこちらが年長だからな!」


 サラサラとペンを走らせると便箋を二枚埋め尽くしてしまった。部屋で話をしている時はとめどない感じだったが、文字というのは限りが来るのが早いな。微笑すると便箋の端っこにウサギやカメのイラストをつけてやる、あまり上手に描けないがまあ良いだろう。


 司令部の軍事郵便預かり所に持って行くと手渡す、ここの受付は負傷してまともな軍務が出来なくなった者らが働いている。社会保障の一環だが、概ね皆に受け入れられているぞ。ん、ヴィンター中尉だな。


「デグレチャフ少尉、ちょっといいかね」


「はい、いかがされましたでしょうか」


 用事があるからやってきているんだ、こういう時はロクなことが起きないのは世界の定説だ。とはいえ知らん顔で逃げるわけにもいかん、そういうものだろう?


「協商連合の偵察がこのところ妙に増えているものでな、なにか気づいたことがあれば聞いておきたい」


 そういえば姿を見かける回数が多いな、気にしていなかったがやはり全体的に増えているのか。季節の一過性ある何かかとも考えたが、異常の始まりだったようだな。


「小官も遭遇回数が多いと感じていました。所感ではありますが、同一人物が深く食い込んできているのではなさそうです」


「というと?」


「同時刻、同カ所、別人の組み合わせが増えているような気がしています。認識の共有でしょうか」


 同じやつが毎日のように同じところにきても仕方がないからな、だが別人ならば確かめておくのは必要な行為だ。それが何を意味しているのかといえば、だな。


「並列化か。こいつは近いかもしれんな」


「ですが協商連合が帝国相手に喧嘩を売っても、あえなく返り討ち以外の結果は見えませんが」


 大人と子供だ、もっと感覚的に言ってしまえば百の帝国軍に対して、協商連合など十五や二十位の戦力しか持ち合わせていない。情報部ではそう見積もっているというのを見かけたことがある。


 それが正しいかは本当のところ誰にも、恐らくは双方の頂点にすら判断がつくまい。だが大外れな見積もりを出す程、帝国情報部も甘くはないだろう。仮に限界一杯二倍と半分の読みだとしても、どう背伸びをしても帝国の方が圧倒的に上だ。


「一人でダメなら二人で戦うんだろう」


 すると共和国が共闘でも画策している? 違和感はないな、それらが合わさってもやはり帝国には抗し得ない。ではどうしたら良いか、勝てるまで仲間を増やせばいい。連邦に連合、なんなら公国もこぞって進めばさすがの帝国だって厳しい。


「こちらに主導権はあるのでしょうか?」


 各個撃破してしまえば良いが、藪蛇になる可能性もある。戦う意志が無かったとしても、攻められれば仕方なく牙を剥くしかない、これは繊細な判断が重要だぞ。


「あれば我等が作戦参謀次長殿や、戦務参謀次長殿が喜んで手筈を整えているだろう」


「ではなければ?」


「現場で踏みとどまり、時間を稼いでいる間に大至急対処作を練るようにと突き上げるしかないな」


 ヴィンター中尉はそういうが、全く心配していないように見える。上官がこう落ち着いていると、私も焦らずに済む。参謀本部のお偉方と面識でもあるんだろうか?


「では精々現場で努力をするとしましょう。小官の出動を増やしていただいて構いませんが」


「士気旺盛な魔導士官を称賛しよう。前払いだ、夕食を奢ってやろう、好きなだけ食べると良い」


 口角を吊り上げるとヴィンター中尉が親指を通路の側に向ける。ここの食堂も悪くはないが、やはりレストランには敵わん。育ち盛りなんだ、良い物を食べれば成長に役立つ、この機会を逃すわけにはいかんな。


「では上官の好意を受け、飲食に励むとしましょう」


「貴官がどれだけ食べようとも俺の財布が軽くなるとも思えんな。食後は菓子でも持ち帰れ、遠慮はするなよ少尉」


 なんと気前が良い上官だ。私が部下を持つことになったら、同じように可愛がってやるとしよう、世代順送りという奴だな!

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