第36話 物騒なのはどっちだ?


 平日の真っ昼間、街でふらついている。これは現実なんだろうか? 士官候補生時代は、もっと厳しい感じだったが、軍人にも休暇はあたるものなんだな。ブラック企業は爆ぜろ!


「気分が良いな、やはり人は仕事の締め付けから解放される日の為に働いていると言っても過言ではないな」


 たかが週に一度の休みで何を言っているんだと思われるかもしれないが、私以外は仕事大好きのワーカーホリックなのではないかと疑うことが多い。あんなのは生きるための術でしかない、何が悲しくて私生活の全てをつぎ込まねばならんのだ。


 休日はカフェでコーヒーを傾けて、音楽を聴いて本を読む、時折景色を眺めて微笑む……これだ、これこそが心を穏やかにしてくれる休日だ! 何が自主学習に自主訓練、休日講習だ! いいか、私は断固として拒否する!


 私服、といってもズボンにブラウス、コートを羽織って毛糸の帽子を被っているだけ。軍服の上着を省いただけとか言うな、今の今まで必要が無かったから買いそろえていないだけだ。


 ふと窓に映った自分の姿を見る、金髪でふわふわした髪に、クリクリの瞳、白い肌に細い身体「完全に子供だな、しかも可愛い女の子だ」解っているが何度確認しても違和感しかない。違和感ついでに、某謎の立ちポーズをしてみたりした。


「そこのお嬢ちゃん、ちょっと聞きたいんだがいいか?」


 ふとしたお茶目な姿を見られまいと止めたところで遅かったかもしれない、忘れてくれその記憶を消してくれたら何でも教えてやるさ。三十歳手前位の市民か? 男が二人組でこちらを見ているな。


「そっちで蹲ってた女の子はお嬢ちゃんの友達かい? 誰か探してたみたいだけど」


 私ではないぞ、だが何かあったのかも知れんな、様子位は見に行ってやるとするか。しかし友達か、そうだアリアスに手紙を書いてやるとしよう、まだ一回も書いていないからな!


「そうではないが、放っておくことも出来まい。案内を」


 そう返事をしてやると二人は顔を合わせて不思議そうな表情を浮かべた。ああ、この口調のせいか、染み付いてしまっているのだからどうにもならんぞ。だからとこれから変えるのも変な話だ。


「こっちだよ」


 すぐ傍の家の角を曲がって通路を進んでいくと、目の前を歩いている男が急に立ち止まる。行き止まりではないし、誰もいないな。首を傾げているとくるりと振り返る。


「お嬢ちゃん、知らない人についてきたらいけないってお母さんに教わらなかったか? 痛い目を見たくなければ大人しくするんだ、なに、悪いようにはしないさ」


 ふむ、そういうことか。場所や時代どころか、世界が違ってもヤカラというのは湧いて出るらしいな。残念ながら私は宝珠を肌身離さず過ごしている、それこそ風呂に入る時にでもだ。完全耐水機能があるのは評価できるだろう?


「二人は私を謀り陥れようとしたわけか。何とも情けないことだな。何があってそのような下らぬことをしようとしている、悩みがあるなら聞いてやっても良いぞ」


 両手を開いてやれやれと呆れたとの仕草を見せつける。余程意外な反応だったのか、数秒無言だったが直ぐに眉を寄せて怒りの雰囲気を漏らした。深い理由はなさそうだ、一般市民の暴発か?


「ガキが優しくしてりゃつけあがりやがって。どうやらしつけが足りないようだな」


 しつけ? しつけだと! 面白い冗談だな、今日一番の愉快さだ。これはあれだな、士官学校で教官代わりに訓練をしてやったあの時以来だな。


「お前、随分と笑えるな、褒めてやる。その調子でもっと私を楽しませてくれたら、見逃してやっても良いぞ」


 温情も時には必要だろうから、いまそれを発揮しても構わない。少しばかり妙な期待で瞳を覗き込んでいると、身を震えさせているではないか。もっと自制心を持つべきだ。


「腕の一本もヘシ折れば大人しくなるか? せっかくの商品だから傷つけたくはなかったが、教育をしてやらんといかんようだからな」


 教育ときたか! いいぞ、もっと笑わせてくれ! 前後から挟み込んで来るが、後ろのは取り敢えず見ているだけのつもりか。まあ普通ならそうだろうが、悪いが私は普通の範疇から少しばかり外れているのでな。


「わからせてくれるというのか、そいつは楽しみだ。キッドナッパーの類が大口を叩くとは、世も末だな」


「このガキが!」


 大きく拳を振り上げると、何の躊躇もなく頬を殴りつけようとする。クズだな、こんな子供相手に手加減なしとは、もう戻れんところにまで来ている。


 身体に触れる手前で見えない障壁に拳がぶつかると弾き飛ばされた。想定外の衝撃に体勢を崩すとふらついた。それを目を細めて睨みつけてやる。


「略取誘拐、暴行傷害の現行犯だな。帝国の法はお前達のような下衆に優しくはないぞ、覚悟しろ」


「なんだこのガキは!?」


 一歩後ずさったものの、こちらから目を離すことが出来ずにいる。バリバリと電撃が放たれた音がすると、近くにいる生身の人間を感電させる。雷撃術式、初歩の宝珠利用魔導攻撃。


「ガァ!」


 痙攣してしまいその場に転がると、目だけでこちらに問いかけて来る。最初に聞くべきだったな、来世では注意してすごしてくれたまえ。


「帝国軍の魔導士官だ。残りの人生を塀の中で過ごしてもらうとしよう、再教育……いや、獣にはしつけが必要だからな。笑いを提供してくれたことには感謝しよう、では良い余生を」


 騒ぎを知り駆け付けて来た警察に、簡単な事情を説明して連行してもらうことにした。まったく、物騒な世界に来たものだな!

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