第35話 ヴィンター中尉の指導

 

 CP要員に顔見せを行って、先任魔導師に連れられ近隣の上空を飛んで回ることになった。いま斜め前を飛んでいるのはヴィンター中尉、ノルデン勤務は三年目になるらしい。


 堂々たる体躯に真面目を絵にかいたような将校、まさに帝国の士官とはこういう人物を言うのだろうな。少し見て回るだけだと自分で言っておきながらも、面倒なフル武装申請を行ってきている。


「デグレチャフ少尉、九七式エレニウムの調子は問題無いか」


「はいヴィンター中尉、良好であります」


 魔力回路の調整などは個人で出来るようなものではないので、不調があれば技術部に持ち込むしかない。代替品が渡されるが、予備には限りがあるのは何でも一緒だな。


「旧型の八九式エレニウムを使用した経験はあるか」


「いえ、ありません」


「そうか。では今度経験しておくと良い、知らぬままそれしか手に入らぬ時に、初めましてでは後悔することになるからな」


「はっ、アドバイスありがとうございます!」


 一昔前のそいつはまだ地方軍で使われているらしいが、そんなものしか手に入らんくなったら帝国は滅亡への坂を転がり落ちている真っ最中だだろう。だが経験をしておくというのは有効だ、こうやって後進のことを考えてくれる上官はありがたいものだな。


 緑の森の間は真っ白な雪、むき出しの茶色い岩が時折目に入る。これで白い装備をされたら発見するのは容易ではないか。


「ヴィンター中尉、ノルデンにおける観測者の諸注意をお教えいただけますでしょうか」


 この雪が積もる北方でヴィンターとは面白い、帝国語で冬を意味する姓だから先祖は北国に住んでいたのかも知れんな。南方だとゾンマーで夏だ。デグレチャフはこれといった理由を説明出来ん。


「最優先は捜索任務だ。空であろうと陸であろうと海であろうと、誰よりも早くに敵を探し出し通報する、その為に存在していることを常に念頭に置いて活動をしろ」


「了解であります」


 やはり楽だ! 空から見付けて味方に報せ、後は遠くから見守るだけ。これならば危険も少なく功績もはっきりとする、まさに私向きの役目だ!


「次に重要なのは砲撃の弾着確認になる。これは慣れんと難しい、観測射撃で砲撃修正をするのはベテランであっても一発でとはならん。砲の知識も必要になるので、最初のうちは相互の距離や方角そのものの報告だけを上げるだけで構わんだろう」


「砲の知識……でありますか、確かに小官では荷が重い。正確な報告を心掛けるように致します」


 放物線を描いて飛んでいく砲弾を、高低差を含みで角度までか。だが至近にする必要はないなら、大雑把な三角関数で指示出来るのではないか? 一度そういった実弾演習をしておきたいな。


「そうするんだ。後は敵の航空魔導師との遭遇や、地上部隊への攻撃などは、CPの指示に従うんだ」


 無いはずがないからな、こちらに魔導師が居る以上はあちらにも相応に存在するとして心づもりをすべきだ。帝国が比較的に先進している部分が多いとしても、世には例外が常にある。何とも皮肉なものだな。


「中尉はノルデンで実戦をされましたか?」


「した。航空魔導師同士の接近があってな、まだ距離があったから引き返そうとしたが、CPの指示が敵魔導師を逃がすなだった。お陰で双方増援が入り混じっての航空戦に発展したことが一度ある」


 ふむ、不意の遭遇戦では速やかに撤退するのが教範での判断だったはずだ。帝国では航空魔導師の扱いに一定の決まりがないのか? まだ未成熟な兵科ゆえの話なのかも知れぬな。


「貴重な実戦訓練の場を提供してくれたCPに感謝をすべきところでしょうか。小官ならば、その戦いの目的が何であったかを要員に具に問い詰める位はしたでしょう」


「ふ、そう言ってやるなデグレチャフ少尉。CP要員とて魔導師の扱いを解りかねているのだ、納得いくいかないを別として、苦言は短めにしておくものだぞ」


「出過ぎました、自戒しておきます」


 仲間内で諍いを起こしても良いことなど無いからな、とはいえ行動指針が不定といのも頂けない。参謀部への論文提出という形で、変えるべき点は上申すべきだな。何もしなければ変わらないままだ、それが良い部分など少ないはずだ。


「良いさ、そんなのはお互い様だからな。少尉、このあたりの地形を覚えておけ、万が一宝珠が不調で不時着した際に目印となる景色がある」


 ふわりと地上に降り立つと、そこから周囲をぐるりと見る。森そのものはどうにもわからんが、あの山の形、双子山が二カ所連続しているのは確かにランドマークとして最適なものだ。


「出来れば世話になりたくはありませんが、覚えておきます」


「そうだな、そんな機会は永遠に無い方がありがたい。だがもしそうなればこのあたりで救助を待て、目印を、そうだな十字に重なった木を幾つか用意しておけば見つけやすい」


 言いながら枝を払った腕位の木を折って集めて来ると、拓けている場所に固めておく。横から見て居れば何かあると解るが、一旦目を閉じて視線を外してしまうと見付けるのに苦労してしまう。


 空へ飛びあがり適当に視線を下げてみると、上空からならば何とも目立つ印になっていると確認できた。低い視線で見るとは大違いだな。


「こうも違いがあるものでしたか」


「平面の偽装と、立体の偽装はやり方が違うだろう、こういうことだ。焦らず一つずつ覚えて行けばいいさ」


 ヴィンター中尉、なんと教育熱心な上官だろう! 上を選ぶことが出来ない軍人にとって、このような出会いは感謝すべきことだな。だが……神になど祈ってやるもんか!

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