第31話 二人の約束は永遠に
◇
昇格試験を見事に突破し、急きょ卒業することになった。共和国とのあの戦闘での結果が認められ「白銀」の通り名を頂き、少尉の階級章を襟につけて貰う。校長の表情がどこか寂し気に見えたのは私の気のせいだろうか?
一連の儀式が行われ、午後からは自由にしろとのお達しを受け、ようやく部屋でのんびりとしている。今期卒業者はまだ確定していないが、既に席次は確定した。私は次席となり高級士官候補への道を残された形になっている。
成績は座学が全て満点、実技白兵などは体格が足を引っ張り、結果平均点が九十点を少し割った。首席卒業者は全てが均等で概ね九十点だったらしい、この差ばかりはいかんともしがたい。今さら何を言っても詮無き事、無事卒業できたことを喜んでおこう。
「ターニャ姉さま」
訓練が早めに終わったらしく、まだかなり明るいというのにアリアスが部屋に戻って来る。三時過ぎくらいじゃないのか? 時計を見ると、実際にそのくらいだった。
「早いな。こちらに来て座れ」
ベッドの上に隣り合って座るようにとポンポンと布団を叩く。ととと、っと歩いてくるとちょこんとそこに座った。何だろうな、少し柑橘系の香りがする、香水の類だろうか?
「私は卒業して、明日にはここを去る。行き先は本部に行ってからの辞令を受け取ることになるが、教官の耳打ちでは北方になるだろうとのことだ」
北国は寒い、これから夏だからなれるだけの猶予はありそうで結構なことだ。地方勤務をして後に、中央で一年、そしてまた地方へ行く。また戻ることが出来ればそこからは内勤、いわゆる後方勤務が多くなる見込みだ。
「行ってしまうんですよね……」
そうしょんぼりとされると湿っぽくなってしまうな。私とてここを離れるのは、それなりに寂しいのだぞ。だが軍人であるならば、別れよりも再会を楽しみにしたいものだ。
「そうだな。だが今生の別れというわけでもない、そんな顔をするな。アリアスは笑っていた方が可愛いんだからな」
うーん、私は一体なにを言っているのだ? しかし、勝手に言葉が出てしまったのだから仕方ない。以後はもっと精神を制御することを覚えねばならんな。
「お姉さま、一人はとても寂しいです、それに……」
肩を落とすのをチラッと見て、図書館での出来事を思い出す。年齢だけじゃない、女だからと意地悪をされることだってあるだろう。
「根性が悪い奴はきっちりと修正してやった、産まれたのが少し早いだけの奴らに遠慮することなぞないぞ。アイナやエミーだって居る、何かあれば相談するんだ」
「はい」
言葉も少なく俯くアリアスの気持ち、よくわかるぞ。だがな、自分で解決しないとこれから先どうにもならなくなることがある。むしろここで苦労をしておいた方が、後々の為とすら言えるからな。学校ならば教官が見ている、最悪だけは回避してくれるはずだ。
「今まで誰にも言ったことはないが、私は似通った未来を過去として知っているんだ」
「えーと?」
ふむ、詳しくは説明できんぞ。世迷いごと程度に受け取って貰えたらそれでいいんだよ。
「帝国はそう遠くない未来に、大変な戦いが起こる。これは決定論だ。数年かけて行われる戦争は総力戦、僅かな味方と多くの敵とで踊り続けることになる」
「……私達、軍人ですものね。戦争が起こればそこに身を投じることになりますね」
これが九歳の少女同士の会話かと疑うよ、世界は希望に満ちているなどどこの誰が吐いた世迷いごとだ? 神はクソッタレだし、手の施しようがないな。
「そうだ、だからこそ見るべきところもある。戦争では将校が重宝される、士官学校出の人材は特にな。戦火が広がればある程度の希望も叶えられるだろう」
「それって?」
こんなのは私の希望的観測でしかないし、なんの根拠もない。だが、子供の不安を和らげる位の効果を期待するのは間違いではないだろう?
「かつての知己と共に働きたいと申請すれば、叶えられる可能性があるということだ。私が昇進すればアリアスを呼び寄せることが出来るはずだ、その時は応じてくれるだろうか?」
微笑んで問いかける。まだ少尉に任官したばかりだというのに、副官招請についてなど気が早いどころではないな。だがアリアスはパァっと笑顔になり「もちろんですお姉さま!」嬉しそうに返事をしてくれた。
とち狂ったことばかりやらかしているクソ神よ、見ろ、これがこの世の現実だ! こんな子供にすら祝福の一つも出来ないような神なら、さっさと教典と共に歴史から消え去っちまえ!
「よし、じゃあ約束だ。いつかその日が来るまで、互いに折れず研鑽を重ね、前へ進むことを誓う」
右手を差し出すとそれを握り返して来る。小さい手だな、人のことは言えんが。
「アリアス・アルヴィンは、世界が終わるその瞬間まで、ターニャ姉さまの隣に居たいと願っています。だから、負けません。約束します!」
想いは強く、壮大な方が良い。馬鹿げた約束でも、絆としては充分だな。私は決して忘れないぞ、この日のことをずっとな。せがまれて同じ布団に入り寝ることにしたが、アリアスは朝まで手を握って離してはくれなかった。
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