第30話 これが軍隊の洗礼

「無能で反抗的な生徒を処罰しようとしていたところです。このまま生かしておいても軍へ迷惑をかけるだけ、それならば今処分した方が幾ばくかマシと判断いたしました。年齢による偏見が酷く、固定観念に捕らわれやすい、将校になってしまえば部隊を道連れにしかねません」


 失点は幾らでもつけることが出来るぞ、実際有能かと問われれば返答もしづらかろうに。というか私のすぐ隣で小銃を押さえつけている……少佐が例の参謀部からの視察だろうか。眼鏡をかけた男、なるほど理知的そうなツラ構えだ。


「貴様の判断は解った、さっさと足をどけて訓練に戻れ、デグレチャフ三号生」


「はっ、教官殿。失礼、少佐殿、お手を離していただけますでしょうか?」


 足をボンクラから退けると、小銃を掴んだままの少佐に声をかける。信じられないような表情をされているが、必要なことだと理解して欲しいとは説明しかねますよ。


「あ、ああ」


 背筋を伸ばし敬礼すると、二階まで飛んで壁にあいている穴を通り戻った。部屋の中は静寂に包まれていて、視線だけがこちらに向けられているな。安心しろ、もう電撃はしないさ。


「さて諸君、腐ったリンゴは取り除かれた、残された側はきっと優秀だと私は確信している。これより行軍訓練に切り替える、武装を整え校門へ集合だ、背嚢は重ければ重い程良いな。荷重は六十キロ以上、陸軍歩兵教範にある通りの分隊支援火器も装備しようではないか」


 迫撃砲に機関銃、それらは分隊で分割して持ち込むので、一般の武装以外の追加荷重になる。一人減っている上に私は担当しない、かなりの苦労になるが戦場では手持ち武器以外は補給もないからな。


 敢えて時計を確かめる、無言で生徒らに視線を這わせれば時間に制限があると理解するだろう。ベッドからの集合は七分、優秀な部隊ならば五分で完全武装だ。特殊部隊、訓練の激しさが筆舌に尽くしがたい奴らなど、三分で並ぶらしいぞ。まあ士官候補生だ、七分で勘弁してやろう。


 駆け足で多目的ルームから出て行った者の背を一瞥して、風穴から校門へと飛んでいく。おお、そうだ忘れていた。


「貴様に壁の修繕を命じる。壊したのだからしっかりと直しておけ!」


 上空を旋回してあの腐れリンゴに命令すると飛び去る。まったく、学校の施設を破壊するなどどうしようもない奴だな。いつの間にか教官と少佐の姿が無くなっている、別の場所の視察に行ったのだろう。


 待つことおよそ十分、ようやく部隊が両手いっぱいに荷物を抱えて集まって来た。全員息を切らしている、余程急いできたんだろうな。努力は認めるぞ。


「規定時間から三分の超過だな。連帯責任、全員腕立て伏せ百だ!」


 ゲンナリした顔になるが別に無茶なことは言っていないぞ、可能なことを命じているだけだ。そもそも軍隊など、愉快なわけがないだろうに。ここで理不尽になれておくのは悪いことではないぞ、社会に出たら右を向けと言ったから右を向いたのに、何故右を向いたんだと怒鳴られるようなことが多くあるからな。冗談ではないぞ。


「終わったな。では行軍訓練を始めるぞ、目的地はあの山だ」


 適当に指さしてやり「走れ!」命令する。私だって共に走る、時折飛行して楽をするが一緒に行動するぞ。一時間走るときっちり十分休憩を行う、そしてまた走る。昼飯時になったら一時間の休憩も忘れない、これらはすべて軍の教範通りの運用だ。


 山へ行くと言った以上は私は行く、日没までに帰還出来そうにもないな。だからとここで引き返すのは訓練としてどうだ?


「諸君、暗くなってくるが心配することはないぞ、帰りが遅くなっても問題はない。きっちりと目的を達して後に、堂々と帰還しようではないか。我等が帝国軍の一員として、途中で投げ出すような根性無しではないと証明してみせるのだ!」


 うむ、これで皆の自尊心を傷つけることもあるまい。定時だから上がりますなど百年早い! 敵は戦いを始めるぞとも教えてはくれないし、暗くなったからおしまいだとも言ってはくれんからな。


「どうした、食事をしないと体力を保持できんぞ。遠慮するな、規定通りの栄養をしっかりと補給しろ」


 カロリーベースというわけでもないだろうが、一人分の割り当ては決められている。美味いかまずいかでいけば、百人居れば百人が不味いというだろうがな! それでも食べなければ体がもたん、戦場では泥水をすすることだってある、美食にではなく粗食になれるのは自身のためだぞ。


 太陽が沈んでから暫くして、ようやく山に辿り着いた。無事に目的を達成たな、私は感動すら覚えたぞ。


「よくやった、それでこそ帝国軍人だ! 素晴らしい、見直したぞ。さて時計の針は真左を指しているが、貴様等ならば夜明けまでには帰還できるだろう。我々が苦しい時には相手も苦しい、戦場の掟を前もって体験できる機会に感謝をすべきだ。では戻るとしようか、総員反転して行軍始め!」


 なんだその顔は、こんな山中で寝泊まりなどあぶなかしくてさせられん。早く戻ってベッドで寝る方が幸せだろう? 恐らく急げば二時間は睡眠できるはずだ、もたもたしていないで早く動けばよいというのに。


 翌日の朝五時、学校に帰還して訓練は終了した。起床時間まで三十分ちょっと残っている、ゆっくりと休めよ。子供の身体で夜更かしはこたえるが、まあ徹夜は何度も体験しているからどうということでもないがな。

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