第28話 ターニャの口撃

「なんて名前だったかな、教官が話をしてるのを聞いたんだよ。確か三十歳を待たずにして少佐に任官したとかって」


 ふむ、そいつは俊英という奴だな。戦争でもないのに階級を駆け上がるには、功績か能力かを認められる必要がある。いや、能力があってもやはり功績は必要になるか。


 学歴というのは求められる、その上で士官学校にも入り、将校を経て軍大学にも入り再度の勤務となれば、最短で二十九歳が少佐への昇進タイミングになる。つまりはその全てを満たしているということだ。


 私やアリアスのように異常があり士官学校へ入ることができ、無事に卒業出来たとしたらそこが少尉のスタートになる。一年で自動的に中尉に昇進するのが士官学校出だ、下士官からの試験組や現場からの昇格ではそういったものはないからな。


 それにしたって恵まれている、佐官へはポストの空きがなければそもそもが昇格不能だ、それに関しては組織としての問題なのでどうにもならんからな。運も味方につけているということならば、それこそ適切な人材というやつなのだろう。にしてもあやつら、私語が多いな!


「教官からの命令を伝える。本日の訓練は三号生が主導して、実技を行うようにとのことだ。グループ分けをして実行するぞ!」


 先任の三号生がやって来ると教官不在を報せて来る。例の将校の相手でもあり忙しいのかも知れんな、だがやることは変わらん。列から前に出るとくるりと振り向く、教官補佐生徒として役目を果たすとしよう。


「番号順に三号生徒のところへ別れろ。私語は禁止だ!」

 

 こちらが仕切ることになっても喋くられていては、統率能力に難ありとみなされてしまうかも知れんからな。キッと睨んでやると十人程の生徒が集まったのが確認出来た、退学者が出るのと、特別教育任務などの派遣で三号生は数が少ない。


 魔導師自体は男女半々と言えないこともない、現場では明らかに男が多いがここではさほど差異は無い。女は後方勤務が多くなる、戦力としてではなく社会としてそういった認識があるのだから、運用思想というか規定の問題だろうな。


 訓練では魔導科以外も全て参加しているので、必然的に殆どが男ということになる。だからと何も変わらんがな!


「よし、私について来い」


 小銃を肩にかけて先頭を堂々と歩く。煉瓦造りの校舎を行くと、大きめの間取りの多目的ホールに辿り着く。ここならば多少動き回っても気にならない位のスペースがある、体育館のようなサイズこそないが、テニスが二面プレイ出来る程度の広さがある。


 実技訓練、ここでナシナシの格闘では私が教えられることは何も無い。ナシナシというのは魔導ナシ、道具ナシのことだ。ナシアリならば陸軍科が圧倒的に強く、ナシナシならば陸軍海軍双方遜色は無い。無論アリナシならば魔導師に勝てる者など居るはずもない。アリアリの対魔導師用兵器は存在する、その訓練だって幾度もこなしたものだ。


「さてこれより私が貴様等の指導を担当する、デグレチャフ三号生だ。最初に言っておくが私は貴様等になんの期待もしていない、なぜならば貴様等が須らく価値のないクズだからだ」


 魔導師でもなく、実戦経験があるわけでもなく、士官にもなれていないただの頭数、これを役立たずと呼ばずになんというべきか。むしろ味方に負担を強いるだけのマイナスの存在とすら言えるだろう、よってクズだ。不満顔だな。


「だが安心しろ、貴様等はまだ救いがあるクズだ。何せこれからその無能を知覚し、クズを認識する機会が与えられるからだ。喜べ、私はいつでも貴様等の退学願いを受理する代理権限を有している。辞めたければいつでも言え、謹んで受け入れてやる。だが、そうでなければ死ぬ気で訓練しろ!」


 ふん、幼女にそんなことを言われて面白くなかろう。良い機会だからな、ここで反抗的な奴を叩きつぶしてやるとしよう。これは別にアリアスの為とかそういう私的な目論見ではない、単に社会の不適格者を矯正或いは排除するための行為にすぎん。なにせ軍隊だからな!


「なんだ貴様は、不満か?」


 眉をひそめている奴の隣に行くと、下からじっと睨んでやる。くそっ、なぜこちらが見上げねばならんのだ。そいつは無言でじっと前を向いたままだ。


「上官に対する礼儀がなっていないな。良いだろう、その場で腕立て伏せ百を行え」


 動く気配もなければこれといった反応もない、なるほど良い度胸だな。


「返事はどうした!」


「イエス、マァム!」


 腕立て伏せを始めた奴は意識から消し去ってしまう、こいつはこれで折れた。まだだ、この中にはもっと反抗的な奴がいる。じっと顔を見ていくと、納得いってない奴が居たのでそこでも足を止める。


「貴様はどうだ、己の無力を恥じたりはせんのか? さっさと軍をやめて、大人しく芋畑でも耕していた方が帝国の為になるとわかったなら、退学届けをこの場で書いてさっさと帰郷しろ」


 無表情で右から左か、ピリピリとしたこの空気の緊張感、下地としては頃合いだな。腕立て伏せが終わったあたりでもう一度皆の前に立つ。


「クズ共に力の差、経験の差が何かを教えてやろう。武器を構えろ、ああ、遠慮はいらんぞ私も相応の対処をするからな。無力なウジムシ共、覚悟を決めろ、この世が理不尽で象られていることを教えてやる!」

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