第27話 ターニャの心残り


 帰還後に部屋に戻るとだ、アリアスに色々と話をねだられてしまった。自分の武勇伝など話す気はなかったのだが、今後の為に聞きたいとせがまれてしまうと無視も出来ない、何せ私は上級生のペア生徒だからな。


「魔導師の姿の一つもない戦場だったが、正体を現すのは最後の最後だとばかりに隠し通し、離脱の直前で宝珠を機動させた」


「そうだったんですね! 確かに何か対策されちゃったら困っちゃいますもんね!」


 別に困りはしないが、見捨てられる必要な犠牲者とやらが出ていた可能性はあるか。その場合は報復の為に少々追撃位はしていたかも知れん。何事も釣り合いが大切だ。


「その時の余禄だ、アリアスにも分けてやる、あまり一気に食べるなよ。ほら」


「何ですかこれ? ……チョコレートじゃないですか! ありがとうございます、お姉さま!」


 随分と嬉しそうな顔をしてくれる、まだ子供だからな。このカートンを独り占めするのも何だか心苦しかったし丁度いい。言ったようにたくさん食べると体が高カロリーに反応してしまい、胃腸がもたれてしまうぞ。


「試験結果は近いうちに出る、達成していないことは想定していない。短い間だったがお別れになる、本軍に行っても手紙のやり取りぐらいは出来るだろう」


 出会いと別れは軍人の常だ、こうやって少しでも共に過ごせたことを私は忘れない。一人残されてアリアスだけで大丈夫だろうか、心配だな。何せ士官学校では子供への偏見がうかがい知れている、理解は示すがアリアスにはさすがに酷だろう。


「そう……ですよね、お姉さまなら試験も合格しているはずです」


 力ない微笑み、やはり不安なんだな。どうにかしてあの偏見をなくしてやりたいが、さてどうしたものか。チョコレートを割ってひとかけら口に入れる。甘いものを食べれば多少は良案も浮かぶものか?


「合同訓練中は私と共に居るんだ。そうだな、アイナやエミーに事後を託すとしよう」


 あいつらならば気心も知れているし、同じ魔導科だから顔を合わせる機会も多かろう。飛び級目当てに試験を受けるかと言われれれば、恐らくはそんな感じでもない。


「お姉さまにご心配をおかけします」


「はっ、心配だって? 別に私はそんなつもりはないぞ。アリアスならばしっかり卒業できると考えているし、校長だってそのあたりは何か手配をするだろう。ただ、不測の事態に備えるのは当然の義務というだけだ」


 うむ、そういうことだぞ。実験の為に入校させているんだ、何を優先するべきかは周囲が懸念すべきこと。だが、そうだな、反抗的なやつには少し教育をしておくべきだろうな。


「ふふ、ありがとうございます」


 まったく、どこまで解っているのやら。時計はもうすぐ朝の授業が始まる時間を指している、そろそろ行くとするか。


「雑談は終わりだ、朝の一コマ目は白兵戦訓練だった。宝珠ありだから良いが、素の格闘訓練授業は私やアリアスではどうにもならん」


 どうにかするつもりでやっているわけでないと解っているが、それでも規則は規則だ、参加は強制だし評価もきっちりと行う。よくもまあ可の判定がもらえているものだ。


「はい。出来ることをするだけです」


「違いない」


 服装を正して部屋を出る、多くの生徒が廊下に見受けられて、これから訓練場へと向かうところだ。小銃が並べて置かれているので、それを一つ手にして状態を確認する。バラバラの部品から組み立てる、それを規定時間内にクリア出来るかどうかは一号生の時に行う最初の難関だぞ。


 ただ転がる部品を組み立てるのは当たり前のことだ、試験では目隠しをしてそれをやれというのだから馬鹿げている。ところがだ、暗夜に戦場でそうしなければならないことだってある、馬鹿げてはいるが無駄なことではない。


 訓練弾が入っているかを確認し、スリングを肩にかけて準備室を出る。九七式量産型エレニウムは常に身に着けている、魔力の流し方を身に着けるのは全てに通ずるからだ。


「今日は参謀本部からも視察が来てるんだってよ」


 近くの私語を交わしている奴らの会話が耳に入って来る。士官学校にはチラホラと視察でやって来るものが居る、青田刈りではないが、有望な新人を部署に招くために来ているらしい。他所の科であっても、誘致は可能だ。


 これについては基本的に人事権を持っているのが参謀部の人事課なので、そこを通じて各所で綱引きをするらしい。つまりは参謀部が最初に欲しい人材を根こそぎ引いてしまい、その後にあちこちに配属させるという寸法だな。


 その参謀本部から視察が来ているんだ、俄かにざわつくのもわからなくはない。何せ参謀部へ入り、後方勤務を行うのがエリートコースへの近道だ。


 帝国では参謀本部は二つの部署に別れている。一つはまさに参謀部、総参謀長以下の頭脳が揃っていて、国家戦略を練っている。師団以上の大規模な司令部へ参謀を派遣するなどの役務も負っている。どうにも参謀次長というのが昨今は頭角を現しているそうな。


 もう一つは戦務部、こちらは兵站や教育、軍そのものの管理を担当している。物資、装備の権限を握っていて、制式装備を決定する権限も持ち合わせている。開発に関する部門もこちらにぶら下がっているぞ。こちらも戦務次長が発言力を持っているそうだ。

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