第24話 尊敬すべき先人たち

 曹長が指さす先を双眼鏡で覗いてみようとする。六倍の拡大で、前方三十度の幅を見渡すことが出来る、いわゆる軍用双眼鏡の代表的な仕様。地べたに伏せて茂みからと思うと、中尉が双眼鏡に布を被せた。


 不思議そうにしていると「こうすれば太陽の光を反射しないので居場所が判明しづらいんだ」理由を説明してくれた。なるほど、そういうものか!


「ご教示、ありがとう御座います」


 自分のも布を被せるとようやく遠くを見る。二人組のパトロールがのそのそと歩いているのが見えた、遠くには何やら小屋のようなものがうっすらと見える。じーっと見ていると、たまに細い何かが小屋の上の方に光っているような気がした。


「通信アンテナがある、高出力が必要な通信機を備えるのは司令部という証拠だろうな。位置を記録しよう。曹長、ここからで良いので観察を続けて情報を集めるんだ」


「了解です」


 少しばかり居場所を遠くに移すと、そこで昼食準備を行う。曹長はというと、詳細を指示してここでようやく自身が休憩をするようだ。中尉の隣に座ると「オブライアン曹長は非常に優秀ですね、尊敬に値します」率直な意見を伝える。


「ああ、私などでは全く歯が立たない。ああいうのを歴戦の勇士と言うんだろう」


 微笑すると賛同してくる。ああ、軍というのはこうやって紡がれていくのか! 士官学校の坊やたちなどお話にならんな。私もこうあるべきだと肝に銘じよう。他の部隊はどしているんだろうな。


「日中に短くとも睡眠をとらせてはいかがでしょうか」


「ふむ、そうだな。目を閉じて休むだけでも充分効果はある、一時間交代で半数ずつ休ませよう。私も貴官もだぞ」


「ではまずは中尉殿がお休みください」


 一説では昼間に十五分だけでも睡眠出来れば、一時間以上休憩したのと同じだけの疲労回復効果があるそうだ。成長促進や精疲労からの脱却でもない限り、一時間の睡眠があれば体力的には万全だな。


「ではそうさせてもらうとしよう。少しでも異常を感じたら迷わず起こすんだ。それで何も無かったとしても、決して責められるようなことはないぞ」


「承知致しました」


 この人は常に部下に安心を与えようと振舞っている、吸収したい、様々な教えを!

 途中で一度だけ中間報告が上がって来たので、中尉の代わりにそれを受けた。行った仕事は本当にこれだけだ。一時間で交代し、背嚢を枕代わりにして目を閉じる。


 ふと目が覚めた。時計を確かめるときっかり一時間、意識して眠るとこうやって覚醒出来るので目覚ましなどいらないのが軍人だな。兵営でもそういうのが殆どらしいぞ。


「中尉殿、何か変化はありましたか」


「そうだな、もしかすると一雨来るかもしれん」


 言われて西側の空を見ると、妙に分厚い黒っぽい雲がどんよりと広がっていた。確かに雨が降りそうだ。この際は、姿も匂いも覆ってくれるので、帰還するにはありがたい。


「天が我等を祝福してくれようとしているのでしょう」


「そいつは結構なことだ。陽が沈み次第撤収を開始する、それまで幸運を祈っていてくれ」


 そうは言われたが、だれがあのクソッタレになど祈ってやるものか! 雨になるのは良いが、そうなるとあの橋を使えるんだろうか? そのくらいは何とかなりそうな気はするが、振り方次第では難しくなるかも知れん。


 太陽が地平線の彼方に沈んでいく頃には、大粒の雨がバチバチとしきりに地面を叩きつけていた。お陰で物音については心配がない。


「偵察を終了し撤収を行うぞ。不意の遭遇時の発砲を許可する」


 行きとは違い強硬手段も辞さないということか、まあ逃げるだけなら回り道することもないからな。来た時よりも大胆に移動を行う、別の道を歩いているはずなのに何故か順調だった。


 帰巣本能ではあるまいが、やはり安全圏へ行こうとすると足取りも軽くなるのかもな。と思っていた矢先、曹長がストップする。


「警戒網が張られています」


「なんだと……どこかの部隊が発見されて、警報が出ているのかも知れんな。受信だけはしているが、今のところ無線封鎖を終えた隊はないな」


 逃げられないと感じたら増援を求める為に無線の使用を許可されてはいるが、それをしたら最後、味方を巻き込んでの大失敗を認めることになる。おいそれとそうは出来ないので、自力で帰ろうとするはずだ。その時見つかった部隊が居るなら納得の警戒線だな。


「あ、あの隊長……」


 妙に震えた声で二等兵が話しかける。今までは喋っても兵とだけだったのに突然だ、不思議に思いはしたが曹長に睨まれたのに何故か笑っている。


「どうした」


「俺なんですが、何か変なの踏んだ感触が」


 謎の笑い、雨の中で伏せて曹長が二等兵の足元を注意深く見た。手のひらでゆっくりと土をよけていくと「地雷だ、足を動かすなよ」死の宣告が行う。もし足を上げたら最後、爆発が起こり再起不能になるのは明白だ。


 中尉も状態を確認する為に両膝をついて顔を近づける「八四式対人地雷の共和国版だな」頷きながら識別を行った。わかったからとどうにか出来るのかというと、何とも言えんぞ。


「これって俺は死ぬんですかね? は、ははは」


 恐怖で最早笑うしかない、でも目は決して笑っていない、むしろ雨でわからないが涙しているようにすらみえる。


「私の部下をこんなところで失ってたまるか! 解除可能だが時間が掛かる」中尉は目を閉じて深く思案する、どうやら解除技能を持っているのは中尉だけらしい、曹長すらも首を横に振っている「デグレチャフ准尉」


「はっ、中尉殿!」


 声を張っても雨のせいで遠くには聞こえない、傍ですら聞こえづらいので出来るだけ大きく発声した。


「貴官が隊長代行となり、進路を迂回し撤退を指揮せよ」


「な、中尉殿を置いて行けと?」


 そんな馬鹿な話があるものか、何故兵の為に将校を危険にさらさねばならんのだ! ここは一人を見捨てて、残りの安全を確保するのが分別ある軍事だろう。


「私はな、たったの一人であっても欠員を認めたくはないんだ。部下に死ねと命じる必要がある時にはそう命じるが、助かる道があるのに見捨てることなど絶対にせん!」


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