第21話 分隊射撃訓練
◇
帝国陸軍の標準的な小隊は三十七人だ、これは十二人の分隊三個に指揮官を足した数字になる。なのでゲリメル中尉がいう分隊も十二人であって、分隊長は通常軍曹が充てられるが、司令部護衛だけあって一つ上の男である曹長が分隊長を担っていた。
「紹介する、デグレチャフ准尉だ、暫く分隊に所属することになる」
四十路あたりの曹長に、二十代後半の伍長が一人、あとは若い兵士らばかりか。例によって私に若いなとど評されるのは心外だろうがな。
「諸君、デグレチャフ准尉だ、宜しく頼む」
出来るだけ落ち着いた声でそうは言ったものの、信じられないという表情を向けられている。特に伍長以下の奴らには完全に舐められているな。曹長は……表情が読めん。
「准尉は士官学校生で、近い将来一般の部隊に配属される、今回はそのお試しというわけだ。日常のことについてはオブライアン曹長に尋ねてくれ、任せるぞ曹長」
「了解であります」
言うべきことを言ったので、中尉は他に仕事があると立ち去って行った。残された私は何をすればよいやら。
「曹長、来たばかりで右も左もわかっていない。まずは部屋に案内してもらえると助かる。といってもドコの何番かも不明だがな」
そもそも基地内に住居があるのかすら知らんぞ。無表情のまま曹長が「士官宿舎へご案内します。伍長、部隊を任せる」きっかりとした歩幅を保って前を歩きだす。少し小走りになりながらそれに続いた。
基地のすぐ傍に一般のフラットが並んでいて、そこの一つが軍用だという。一階のエントランスホールには管理人部屋があり、そこで尋ねると鍵を渡された。しかし、軍というのは関係者まで不愛想なのが多いな。
『434』と書かれたプレートがかけられている部屋の扉、鍵穴に刺し込んでみるとちゃんと回った。隣の部屋も開くんじゃないか? 後で確かめてみよう。それまで背負っていた僅かな荷物を下ろすと、そこから一つ品物を抜き出す。
「オブライアン曹長、案内ご苦労だ。こいつは着任の挨拶だ、受け取れ」
紙の包みを一つ手渡してやる、中身はタバコのカートンが一つ。売店でどうするのかと婆さんに言われはしたが、土産物だと強引に買ってきた。別に販売が出来ないわけでもないのに「こんなものを吸ったらダメだよあんた」と言われてしまったのは忘れるとしよう。
「でしたら遠慮なく。直ぐに訓練に就かれますか、それとも明日にお迎えに上がりましょうか」
今日は休みにしたいが、着任当日からダラけているようでは試験に落とされてしまう。私は将来安定的に楽をするために、今を努力しているのだ。たかが半休の為に全てを失ってたまるものか!
「無論訓練だ。現場がどういったものなのかを知るために配属されたのだ、遊んでいる時間など無い」
部屋を出ると鍵をかけてしまい、それを胸ポケットにしまい込む。司令部に向かうのではなく、郊外に訓練場があるらしい。周囲は山がちな地方で、その間を河が走っている。盆地にちょっとした街が出来たのがここだな。
山林の裾野とでも言えば良いだろうか、申し訳程度に木々が伐採されている場所に金網が張り巡らされている。防衛用というよりは軍の敷地だぞと表しているのと、恐らくは鹿や熊などが生息しているんだろう。
中に入ると数十人の軍兵が走り回ったり、筋トレをしていたりする。チラッとこちらを見た者は大抵が二度見をしてきたぞ。
「さて曹長、我等が分隊はどこで何をしているんだ」
「射撃場へ行きましょう」
奇異の視線をガン無視して、山の斜面を向うにした草地にやって来た。目測八十メートルといったところか、小銃でならば全弾命中を心掛けたいところだな。小気味よい発砲音が響く射撃場には、先ほど見た分隊のメンバーが居て、思い思いに撃ちっぱなしをしていた。
「おや曹長お戻りですか。災難ですなぁ、お守とは」
ほう、ご挨拶だな伍長。部下の奴らも全員ニヤニヤしている、そうもなるだろうが油断をしていると痛い目に遭うぞ。何か言いかけた曹長を軽く制して「射撃の腕前を確認しに来た。伍長は得意か?」気にしていないぞというのをアピールする。
「そりゃ准尉殿がおしめをしている頃から扱ってるんで、それなりには得意ですよ」
今私が微笑していられるのは精神鍛錬の賜物だろうな。こいつは部下だ、手足のようにこき使い、時に弾除けになってくれる素晴らしい肉だ。兵を上手に扱えない将校などなんの役にたつか。
「それは感心だな。では是非ともその射撃の技を見せて貰いたいものだ」
リクエストをすると左右で撃っていた兵らが手を止める。訓練よりも面白そうなことが近所で起こっているんだから、そちらを気にかけない手はない。二等兵が木の板に人型を記した目標を射撃場の一番遠くに立てて来る。
台に置かれていた小銃を手にすると、一通りの点検を素早く行った。うむ、言うだけのことはあり手慣れているな。徴兵された者は望めば継続雇用される仕組みになっている。概ね五年勤務すれば、兵は伍長と呼ばれる階級に就くことになった。
「どうです准尉殿、俺一人じゃ比べようもないので、ご一緒にいかがですか。恥かくのが嫌なら無理にとは言いませんぜ」
「部下からのお誘いを無下に断るのも忍びない、喜んで付き合おうではないか。曹長、小銃を貸してくれまだ支給されていないものだからな」
やれやれ、という台詞が漏れてきそうな雰囲気を漂わせて、オブライアン曹長はボルトアクション式の、陸軍制式小銃を手渡してくれた。
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