第20話 本部護衛分隊配属


 朝一番列車に乗って、車中泊を経て帝国最西端でフランソワ共和国との国境ギリギリにある都市へとやって来る。ザルツブリュッケン、岩塩が採れる場所に街が砦が置かれて、そのうち都市へと発展したからこういう名前らしい。


 帝国語でザルツは塩のこと、ブリュッケンは橋だ。山に砦を置いて、橋を渡る者を取り締まっていただろうことがわかる。これで大まかな地形が想像出来るわけだ。


 軍司令部へと行くと門衛の軍曹に止められる。こちらの面々を見ると「命令書を拝見します」丁寧ではあるが、異論を認めない口調で提出を求めて来た。校長の印鑑が捺されている書類をそれぞれが見せると「お待ちしておりました。ご案内致します」立ち入りを認めた。


 士官学校の中では一号、二号、三号という学年のような取り決めがあるが、学校を一歩でも外に出たら一般的には准尉で扱われる。これは士官である少尉に及ばず、下士官である曹長よりも上であり、時折存在する退役間近の下士官から持ち上がりの准尉と同じ括りだ。唯一の准士官というもの。


 一切の私語を交わさず、軍曹の後ろを二列になってついていく。不気味に思えるかもしれないが、そうするようにと教わっているのでこちらはおかしいともなんとも感じていないぞ。

 

 司令部内での視線を感じる、それはそうだろう、どうして子供が一緒に居るかって話だからな。だが問いかけて来るような愚か者は一人も存在しなかった。基地司令室に入ると、デスクのところに二人の将校が居た。


 片方は威厳を兼ね備えた中佐、ここの司令だろうことは明白だ。もう一人はまだ二十代半ば程の中尉、副官か何かだろうか? 一人ずつ申告を行って行き、一番最後に私も行う。何せ三号生の中では一番入校日が遅いから、席次は下なんだ。


「ターニャ・デグレチャフ魔導准尉、ただいま着任しました!」


 本来は階級の前に兵科が入るのは技官か大将だけなのだが、学生身分でもあるのでそうしている。一人だけ海軍准尉が居たが、残りは全て陸軍准尉だ。


「当基地司令のヒルデリック中佐だ。首都の士官学校生が現場を知りたいとの事で、臨時滞在を許可する。共和国とは一触即発の状態で、現場はピリピリとしている。決して余計な真似はしてくれるなよ、詳細はゲリメル中尉に任せる。以上だ」


 短いが必要事項はきっちりと盛り込まれていた、あのゲリメル中尉とやらに尋ねる前に口を開くべきではないな。全員が敬礼をすると退室した。廊下で並んで待っていると、中尉も出てくる。


「ついてこい」


 それだけいうと廊下を歩いて行き、食堂横の談話室へと入った。待っていたのは大勢の少尉たちだ。


「准尉らには実働部隊に所属して貰い、そこで規定期間を過ごしてもらう。帰還に際しては往路と同じく皆で列車を使い、首都へ戻るようこちらで手配をする。一人ずつ小隊へ配属するので順番に前へ出ろ」


 なるほど、ヒヨコをまとめてお守りするだけの余裕はないわけか。それにまとまっていては試験にならんからな。順番で次々と少尉らとセットになり去っていくが、私の目の前で少尉が品切れになる。はて?


「三部隊制だからな、三個中隊に小隊は九個しかない」


 それはそうだろうが、では私はどうすればよい? じっと中尉を見ていると、微笑する。


「本部護衛分隊を私が率いているので、あー准尉には」


「デグレチャフ准尉であります」


「うむ、デグレチャフ准尉は分隊で引き受ける。学ぶことはあると思うがどうだね」


 戦時でもなければ増強部隊は殆ど存在しないからな、この基地は大隊規模の部隊があり共和国を警戒しているわけか。実地試験としては随分と香ばしい限りだよ。


「ご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いいたします!」


 首が痛い、どれだけ見上げれば済むんだ。七十センチは背丈の差があるぞ。それにしてもゲリメル中尉は、私の外見について問いはしてこないのだな。


「質問があれば聞こう。なければ分隊を紹介するが」


 質問が無いのは良い兵士だ、そんなことは知っているが同時に意思疎通のための会話は潤滑な人間関係を構築する。二人だからこそ出来る機会に話をするのは好感度アップにもなろう。


「では一つだけ。ゲリメル中尉殿は、小官の外見に対して疑問はありませんでしょうか?」


「ふむ。貴官は幼い、だが士官学校長が在籍を認め、准尉としてこの場にあるのだ、ならば一人の軍人として見るべきだと確信している。もし不見識な輩が居れば、制裁を加えることを私が許可しよう」


 なんということだ、ゲリメル中尉は軍人として素晴らしい見識をお持ちではないか! これは非常に幸運な出会いに違いないぞ!


「はっ、中尉殿のお言葉を有り難く頂戴いたします!」


 表情を崩すと周りに誰も居ないことを再確認して「とはいえ貴官のような子が、危険に踏み入るのを見るのは穏やかではない。軍人としての矜持を持つのも良いが、成人するまでは己が生き残ることを優先して欲しい。これは私の甘えだが、その位は世間も許してくれるだろうさ」どこか寂しそうに笑う。


 もしかすると中尉は、誰か大切な人を失ってしまっているのかも知れないな。それを私に重ね合わせているかのような気がする、決して踏み込んではいけない部分だ。人には触れられたくない過去が誰にでもあるだろうからな。

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