第19話 志願者募集


 新年ボケも終わりを告げて、今や春の吐息を感じられるような時期に差し掛かって来た。とはいえ周りは未だに白い世界で、暖房なく暮らすには厳しいと言うしかないぞ。好んで外に出たいなどとは思わないが、実技訓練がある以上はそうも言ってられんな。


「私は魔導士官だ、意味が無いとは言わないが、この訓練がどこまで有効かは懐疑的にならざるを得ない」


 軍人と言えば戦うのが役目、ならばそのための科目が士官学校にあっても何の不思議もない。それは認めよう、だが! 九歳の女児に宝珠も無しで格闘をさせると言うのはどうだ?


 目の前にいる相手、二号生の女子とはいえ体格は圧倒的で、誰がどう考えても話にならない。みろ、苦笑いして少し引いてすらいるではないか!


「デグレチャフ三号生、始めましょう」


 さあどうぞと言わんばかりにほぼ棒立ちだ、そこへ私が飛び掛かろうとするわけだが、両脇に手を入れらえると軽くひっくり返されてしまう。食糧事情がお世辞にも良いとは言えないが、入寮してからはしっかりと三食食べている、未だ体重三十キロに満たないか細い身では仕方ない。


 座学も、戦闘も概ね全てがトップ成績だが、この格闘のみ可評価でしかない。体力テストや俊敏性テストで点数があるから落第こそしないが、どうにもならんぞ。


「あ、大丈夫ですか?」


 それみろ、相手にこんな心配をされてしまう程だ。まあ、逆の立場なら私とてそのくらいの言葉はかけるがな。


「問題ない、可能な限り格闘を行わないことを是とするという知見を再確認出来た」


 ぐっと首を上に向けて胸を反らして相手を見る。こうしなくてよいのはアリアスだけだ、全くどうにもならん。あと五年もあれば概ね解消するだろうから、時間が経つのを待つぞ。


 異物がどちらかといえば絶対に私だ、この授業に関しては黙っているべきだろうな。士官学校には私が在籍している魔導科以外にも、参謀科や海軍科、それに技術専門科が存在していて、最も数が多いのが一般士官を養成する陸軍科だ。


 魔導科は適性があるもの以外は所属自体が出来ない、だがその他は成績次第といったところだ。最難関は参謀科だ、毎年十人に満たない数しか集まらない。そんな最高学科で、十年程前に入校から卒業まで九か月の最速を誇った人物が居たらしい。名前は何だったか、フォン=レルゲンとかいったか。


 おや、担当でもないのにベルクシュタイン教官のお出ましか。残念な予感しかしないな。皆の前にやって来ると視線を流して面々を見た。


「三号生諸君、来る春の昇級試験だが、実地試験を行う手筈が整った。志願者は前に出ろ」


 なるほど、そういう告知か。私は勇んで一歩前に出て軍靴を鳴らした、教官を睨むように見つめてだ。これで試験をパスすれば見事卒業、士官学校全体で見ても年に数人しかいない最速卒業者だ。


 挑むと応じたのは十人程、この昇級試験は一号生の時から任意で受けることが出来る。パスすれば即時昇級の反面で、落第すると二度と昇級試験を受けられなくなる。権利を保持したまま卒業する者の方が圧倒的に多く、一年の最後に一度だけ挑むのが主流とすら言える。


「良かろう、手続きを行うので本日一八〇〇に教官室へ来い、以上だ」


 俄かに緊張が走る、何せ帝国軍人である以上は生涯ついて回るのが賞罰の成績だ。ここでしくじればそこまで、との評価を受けかねない。だとしても、私はこれに挑む。順当に卒業し、順当に使いつぶされてしまうのは願い下げだからな!


 部屋に戻り戦闘服から軍服に着替えると時間を待つ。精神集中をして、どのような難問にも即答できるようにだ。ふと目を開けると規定時刻まであと十分。教官室の前の廊下、そこへ至るための角に面々が屯している。


 十人がきっかち一八〇〇に教官室の扉をノックした。中ではあのいかつい教官が、時間通り全員来るのが当然といった顔で待っている。


「志願者が揃っているな、では説明を行う。実地試験というのは他でもない、情勢不安で紛争一歩手前の地域に駐屯している部隊に身柄を預ける。一か月で帰還するまでにそれなりの結果をもぎ取ってこい、それだけだ」


 軍人としての適性を示せってことか、それならどうとでも出来そうだ。というか紛争一歩手前ときたか、ということは西への出張だろうな。


「それで教官殿、共和国との国境付近にはいつ派遣の見込みでしょうか」


 指名もされていないのに勝手に発言をする、行き先を読んでいるぞというアピールさ。もう試験は始まっているんだろ? にやりともせずにこちらをじっと見ると「明日の朝一番で出立となる。各自自室の整理をしておくんだ」これといったお褒めの言葉も侮辱のお言葉もなしで、淡々と事務的に告げてきた。


 用意されていた書類に志願する旨のサインをすると、邪魔だと言わんばかりの態度で教官室を追い出しに掛かって来た。まあいいさ、向こうでは手に入らないものを少しばかり携帯して行くくらいは許されるだろ。


 学内の売店、あと三十分で閉店してしまうので、速やかに向かうと甘味などの嗜好品で嵩張らないものを購入しておく。現物は色々と役にたつ。暫しの間、士官学校とのお別れになるな。

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