第18話 特別軍事裁判準拠


 締まらない話ではあったが、河にはちゃんと橋らしきものがあって通れるようになっていた。どうやら不定期で行われる演習場のようで、学校の訓練用地としてある程度の整備はされていたらしい。生徒を放つのは住み着いてしまっている野獣を排除するようなのも込みでの話だそうだ。


 それとは別に現在、教官を前にして一つ行われていることがある。無論、襲撃者らの措置についてだ。こちらの四人は仁王立ちして、目の前の正座している四人をじっと睨んでいる。


「罪の自白を聞いたが、四名ともそれを認めるか」


 ベルクシュタイン教官が無表情で四人に問いただす。一人は自白しているので素直に土下座、このところ何も食べていないので顔色が悪い。死なない程度に水だけは与えていたからいいだろう。左右を見て、沈黙をしてしまう。ダンマリで逃げられるとでも考えているのか?


「あんな時間にほかに何もない場所で、目的もなしでうろついているはずないわよね!」


 この件に関してはアイナが怒り心頭している、それはそうだろうな、イザ襲われたら明らかにアイナが一番人気だろうからな。いや、それについて考えるのはやめておこう。


「それは……獣を追っていたらそいつを見失ってさ、探していたんだよ。俺たちは濡れ衣だぞ」


 ニヤリとして否定した。一人の証言だけで、実際に何も起こっていないならば、こちらの主張と平行線をたどれば無罪も見込めるわけか。一理あるな、見捨てられた一号生徒は発言権がないのか震えて土下座のままだ。同情はしないが納得もしてやらんぞ。


「一号生が一人だけ抜け出してそんなことするはずがないでしょ。命令されたに決まったいるわ!」


「いや、それは決めつけだな。どこにも証拠はないだろ」


「それは……」


 アイナが言葉に詰まる、あるはずがないからな。教官はこれといった反応はなしか、審判者に徹するというわけだな。イイだろう、それでは追い詰めてやるまでだ。


「獣を追っていたか。なるほど、未明の暗夜だというのに勇敢なことだ。で、どのような獣だったかくらいはわかっているんだろうな、追っていたんだろう?」


 私をなめるのもほどほどにしておかないと、痛い目を見るとここらで思い知らせてやらんとな。


「あれだ、四つ足の獣、オオカミみたいなやつだろ。細かい種類までは暗くてわからないけどな」


 言質を取られないようにあちこちを濁しているのが手に取るようにわかるぞ。


「なるほど、確かにあの時間では判別はしづらいかも知れんな。で、その獣はどれだけの数がいたんだ」


「一匹じゃなかったけど、どれだけいたかまではわからない」


「そいつを追いかけてあんな場所にやってきたわけか。どのあたりまで迫ることができたのやら。どうせ視界の遠い端っこにとらえるのが精いっぱいだったんだろう?」


 にやにやして見下す。我ながら安い挑発だな、だが女児にそう当たられて平気な奴が寝込みを襲いなどしまい。


「あと一歩でヤれたさ! 逃げ足が速かったんだよ」


「ほう、ならば随分と接近したことになるな。あのあと一歩が一キロの彼方でなければ、の話だが」


 教官は何かをしようとしているのにとっくに気づいているし、エミーも視線をこちらにやってアレのことだってわかったみたいだな。さあ罠にかかれ下衆が!


「少なくても銃の有効射程内までは行ったさ」


「ベルクシュタイン教官、先日の野営地での実地調査を要求します。一時間もかからずに真偽のほどをはっきりと出来る見込みです、許可を」


 そういうと男子生徒は表情を曇らせる。嘘を言っているのがバレてしまうと思ったんだろうがもう遅い、猛吹雪で足跡が消え去りでもしない限りはな。


「その必要を認めない」


「な、なぜですか! 調査を行えばすべて判明します!」


 却下だと、どういう了見だ! くそっ、有耶無耶になどされてたまるものか! 男子生徒がほっとしたのか、かすかに口元を吊り上げるのが見えた。アイナが眉間にしわを寄せる。せっかくの美人が台無しだぞ。


「ガキ共が俺をなめているのか? 何が事実であるかなど、貴様らの顔を見ればすぐにでもわかる。デグレチャフ三号生、軍隊における故意の犯罪、味方への危害を加える行為の処罰を暗唱しろ」


 シャバならば五年以下の懲役というところだが、ここは軍隊だ。そんな刑罰ではないな。だとしてもここは従っておこう。


「士官及び士官候補生には略式軍事裁判権が及びませんので、特別軍事裁判の適用が適切です。禁固一年以下、重労働措置四十五日以下の処罰が要求されます!」


 禁固一年の時点で既に男たちが顔面蒼白だ、それはそうだろうなそんなことになれば退学だからな。魔導師であるためにここにきているのに退学、そうなればあとはもう兵士としてどこかでやっていくしかない。もっとも、どこへ所属したとしてもすぐに将校へ申し送りがなされるだろうがな。


「未遂だ、俺の権限で軽減措置を行う。重営倉入十日、その後は三十日間の特別軍事訓練を行ってもらう。終わるまでは出席停止処分、それと」なんだこちらを見て「軍では体罰を禁止している。俺は教官室へ戻るが、デグレチャフ三号生らの上訴があった場合は更なる罪状が上積みされる可能性があるのを覚えておけ」


 意味深な台詞を残して部屋から出て行ってしまう。そういうことか。


「だってさ、聞いたかな? アイナ、どうしたらいいと思う」


「え、そ、そうね、隊長の判断に従うわ」


「あ、私もです」


 こいつら、いやな部分は全部私に押し付けるつもりか! だが、まあちょうどいい、うっぷんを晴らせるようにしてやるのも私の役目だろう。


「貴様ら、これから何があっても文句を言う権利はない。理解してるな」


 平身低頭で反抗するような素振りはない、何とか将来をつないでいきたいという感じが強く伝わってくる。


「両膝をついて体を起こせ」


 どういう意味かと顔を見合わせるが、四人ともがそうやって立ち上がった。といってもこれでちょうど私と目線が同じくらいだが。私は端から一人ずつ、平手打ちをくらわしてやった。パン! と小気味よい音が響くものだな。


「よいか、体罰は禁止だ! これは手を振ったら偶然そこに人がいただけだ、そいつらも偶然を認めている。いいか、私はこの件を忘れはしない、上訴の猶予期間は五年あるのをよーく覚えておけ」


 後ろを向いてゆっくりと部屋を出ていこうすると、何度も、パン! という音が響いた。まあこれで不起訴になるなら安いものだろ、戦場だったら命はなかったぞ。

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