第16話 月明かりに見えた何か


 日が暮れる一時間程前になり行軍を停止させた、周辺を見渡してどこが都合が良いかを短く思案する。雪崩に最大警戒で熊などの野生動物にも注意、その上で猛吹雪になった際の保護にもなる場所か。


「あの岩場のくぼみにキャンプを設営するぞ」


 小高い丘と言えなくもない、少なくともそこへ雪崩が寄せられることが無い場所で、少しでも風が防げるように半面が囲われている地形を選択した。ソリを立てて風防にすることも忘れない。


 テントは正直狭い、だが横になって寝ることが出来るだけでも充分な役割を果たせるものだ。飲料水は三日分持っているが、雪を溶かして煮沸してる要することにする。


「持って来てるんだから使えばいいんじゃない? 変なの飲んでお腹痛くしたら意味ないけど」


「エミーの言も一理あるが、動物の足跡もなく上層に積もっていた雪だ。煮沸さえすれば腹を下す可能性は極めて低い。こうすることで、もし火を使えない状況に陥っても飲料水は三日分残っていることになるからな。これはサバイバル訓練の一環だ、終わりが決められている演習ではあるがそれを忘れるなよ」


 動物の居た様子がないかあたりをきっちりと捜索したからな。何でも予定通り進めば争いはない、トラブルが起きてから後悔したって遅い。世に出てから幾らでもそういう体験をするだろうが、出来れば私が無関係なところで経験して貰いたいと切に願うよ。


「さすがお姉さまですね!」


「お姉さま? へぇ、普段はそう呼んでるんだ!」


 面倒だからこれには無反応を貫いてやる。食事はしたし後は日の出まで休むだけだな。


「夜は不寝番を立てるぞ、一人二時間で四交代、最初はアリアス、次にアイナ、エミー、私の順で行う」


 途中で起きるとどうしても寝つきが悪くなる、体力面でも睡眠を分割するのはアリアスと私にさせて貰う。こんな場所だから全員で寝て居ても悪くはないかろうが、先ほど言ったように訓練だからな。


「わっかりました! じゃあ皆さんお先にお休みしてください」


 テントの出入り口のあたりで座って透明な切り抜き部分から外を窺う、真面目な働きぶりを評価するぞ。さて。着替えをするわけでもなく防寒着のまま転が……ろうとすると、二人が上着を脱ぎだした。


「隊長も脱いだ方が疲労回復になりますよ。ちゃんと毛布も持ってきているから寒くはないので安心してください」


「そ、そうか。ならばジャケットは脱いでおくとしよう」


 畳んで枕代わりにしてしまう。確かに着たままでは疲れる、下はまあそのままでも良かろうがな。アイナが毛布を背嚢から取り出しているが、一枚だけ?


「あたし寝つきには自信があるのよね」


 そういって端っこに詰めてエミーが転がった、でだ、アイナが私をエミーの側に押し付けて毛布を上に被せる。つまりは二人に挟まれた感じで川の字になっている。


「じゃあ寝ましょう。お疲れさまでした」


 横向きになって私に片腕を乗せてだ。それ自体は別に構わないし、毛布のサイズのせいもあって詰めるのも解る、だが! 両方から乳を押し付けて来るな! あれだぞ、なんか……変な気になるから勘弁してくれ!


「アイナそっちと場所を替えないか?」


「えー、隊長が真ん中に居てくれた方が暖かいから真ん中でいいじゃん」


 エミー、私を湯たんぽ代わりにするな。そりゃ子供の体温は高いのかも知れんが。


「部隊では隊長が中央に位置するって、危険を減らす意味でもありますよね。寝込みを襲われても真ん中に居たら安全度が高いので、私達が外側で構いませんよ」


 そ、そういう意味ではないのだが、筋は通ってるし変に意識していると思われるのも癪だな。寝てしまえば平気か。


「そういうことならば」


「隊員のことを気遣ってくれる隊長で嬉しいです」


 だから乳を押し付けてくるんじゃない! 目を瞑ってしまえば全て忘れられる、そうしよう、寝てしまおう。エミーではないがあっという間に眠りにつくことが出来た。


 軽く肩を揺すられている気がして目を覚ますと、アイナがこちらを覗き込んでいる。


「時間か」


 外はまだ真っ暗で、うっすらと懐中電灯の光度が低い明かりで誰かが分かる程度に見えている。今まで居た場所から出入り口に動くと、アイナはアリアスを真ん中に寄せて端っこに横になった。


 まあ年長者だからな、エミーは湯たんぽ扱いをしてきたが、アイナはきっちりと解っているな。エミーだってわかってて、雰囲気を作るために言うだけ言ってると思っておくのが大人だな……そ、そうだよな?


 こんな場所で何かが起こるわけもないが、警戒だはしておくとしよう。日の出までは一時間か二時間、頭だけ覚醒させておくとするか。ぼーっとすると寝てしまう恐れがあるので、先のレポートの続きを考えて時間を潰していたが、遠くで何かが動いたような気がした。


 懐中電灯を抱え込み、外に光が漏れないようにすると片目を閉じる。透明な箇所からじっと暗闇の外を見詰めた。ふとしたところで月明かりでも反射したのか、何かがチラっと存在しているのが確信出来た。


 なんだ、光を反射するとは動物じゃないな。では人が居るということになる、こんな場所だ地元のものではあるまい。未明に動き回るのは意図があってのことだ、あたりには何も無いなら目指しているのはここだろうな。

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