第12話 1923ターニャレポート


 人というのはいつでもより良い環境を目指してもがくものだ、それは私とて例外ではない。新年になり皆が学校に戻って来るなり、教官の宣言があった。


「生徒諸君、良い休暇だったかね。では新年早々で悪いが、明日に試験を行う。それと兵站に関するレポート提出も命じる、こちらも明日いっぱいだ。一日の猶予を与えるような甘すぎる教官であることを謝罪しよう。帝国軍人たるものは、常在戦場の志を持つべきだと解っているのだが、その一歩手前の生徒諸君だ、その位は良かろう」


 何が甘すぎるだ! 明日と言っているがもう陽が落ちる寸前ではないか、しかも早朝スタートとなれば何の準備も出来ん。帰郷して遊んで緩んだ奴らは顔を蒼くしているが、そういう意味では私はまだマシな方なのかも知れんな。


 試験内容は非開示、となればレポートを先にやってしまえと言うことだろう。兵站に関する内容、幾らでも考えることは出来よう。だがここで重要視すべきなのは、何故セットでそのような指示が出たかだ。無関係ではないだろうな。


 教材を鞄にしまうと教室を後にする、まだ夕食時には早いが、何かをするには短い間しかない。余暇というものだ。ふと気づいて左手を振り向くと、廊下の先いたアリアスと目が合う。するとぴょんぴょんと跳ねるように駆け寄って来た。うーむ、年相応の少女とは本当に愛らしいものだな。


「試験の話聞きましたか? 明日だって」


「ああ今さっきな。レポートの提出もだろ」


「兵站に関するって、どうしたらいいか全然なんですけどね」


 ふむ、アリアスには難しいだろうな。九歳時に何をもとめるという話だ、だからと手心を加えるような者達でもあるまい。


「部屋に戻り多少の誘導はしてやろう。私の方が年長だからな」


 くく、そうだ、私は唯一アリアスにだけ年長者でいられるのだ。こんなところで躓かれてはつまらん。


「へへへ、先輩、ありがとうございます!」


 試験は明日にならないとどうにもならない、そちらは今は忘れてしまうことにしよう。レポートなど久しぶり……でもないか、それらしいのは秋口にも書いたな。半年一回ペースというわけでもないだろうが、そんなに求められるようなものでもないらしい。


 二段ベッドに小さな机が二つ、衣服などをしまうロッカーが二人分、部屋にはそれしか物が無い。それで足りるのが軍隊生活というものだが、味気ないことこのうえないな。


「夕食までに出来ることをするぞ。兵站についてだが、言葉の意味はわかるか?」


 座学をしていれば概要位は知っているだろうが、把握に努めるのは上の者の役目だ。それに他者に教えるのは自身の理解度を確認するうえで非常に有効な手立てだからな。


「えーと、軍におけるモノやヒトの移動や維持管理の総称?」


「そのイメージで正解だ。そこに軍が存在する限り、常に必要とされる何かを満たし続けるのが兵站といえる。物資だけのことではなく、整備に関する技術であったり、衛生への概念もすべてこれに含まれると考えていいだろう」


 これだけ重要なことだと全員が知っているはずなのに、こと戦争になってしまうと軽視しがちになるのが不思議でたまらん。やはり実戦では意識の向きかたが変わるのだろうな。だから後方参謀というのが存在し、冷静に物事を進める役目がある。


 私の目標とするのもこの参謀ポジションだ。頭脳労働特化であり、本部に籠もっているので危険は極めて少ないナイスな仕事だぞ。暑くも寒くもなく、雨の中外で待機もせず、砲弾も飛んでこない。なにより食堂で食事が可能だ!


「学校も、寮の机も、私たちの制服デザインも全部兵站なんですね」


「そういうことだ。レポートではこれらに関するという、膨大な範囲から好きに提出ということなので、それなりに甘い題目であるのは確かだ」


 学生に出すテーマとしては納得いくものだな。理解度を示すと言うよりは、考えの方向性を確認するようなものだろう、きっと。


「でも、なんだかんだで学校内でのことしか書けませんよね。実態を知らないわけですし」


 レポート内に記すべき何かしらの事実、これが無ければ良いも悪いもないからな。学外でのことでも構わんが、事実無根とはいかん。


「身近なことを書いておくのが無難だな。何かしらの改善点でも示せばそれで良かろう。人とは知識の集合体だ、悪い部分を改め、良い部分だけを集めていく。それを継承したのが文化であり技術だ。特に軍隊とは可能な限り無駄を省いた存在、それを更に絞るのだから容易ではないぞ」


 とはいえ個別の案件、たとえば士官学校についてや、寮の何かとなれば話は別だ。いくらでも出てくるだろう。アリアスはそれで良くても私はそう言うわけにはいかんな。


「じゃあ、気になる部分を書き出してみて、それで考えてみますね!」


「ああそうしろ、少ししたら食堂へ行くぞ。私も横になって考えてみるとしよう」


 そういうと下段ベッドに転がる。この世界は魔導師という存在のせいで、兵器に関する技術開発が遅くなっている。私が書くとしたらそのあたりのことについてだろう。十分ほど大人しくしていると、時計が食堂開放の時間を指し示した。


「さ、中断して行くぞ。食べられるときに食べておかないとな」


「はい、お姉さま」


 そうだな、例えばこんな幼女が指揮型エレニウムの研究に携わることが無くても良くなるように、指揮通信の類の技術革新についてでも考えてみるとするか。身近な何かを一つずつ解決するとしよう。

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