第11話 年越し前のひと騒動

※1.2.3.8話に画像を追加してみました。このコメントはそのうち削除します※


「そいつらはホテルで食事をしているのか?」


「ルームサーヴィスを夜中に利用されたことが一度だけありましたが、それ以外は御座いません」


「では近隣の飲食店に聞き込みでもすれば、二人の関係も見えてくるだろう。規則正しい食事の摂取だけが目的ならば、無駄話もせずに食べたら出て行くだけだ。もしそんなので旅行とでも言うならば、奴らは軍人ではなく修行僧の類だろうな」


 疑わしきは罰してしまう、決して嫌いではない。だが罰されるのは勘弁だ。エゴの塊と言われようとも、私は自分に素直に暮らしていきたいと願っているのだがね。士官学校を出てエリートとして後方勤務、安全な場所でぬくぬくと暮らし、最後は年金生活。なんと素晴らしい!


 官憲の行動は一言で表すならば集だ。人海戦術ともいう。ラウンジでココアを飲み干している間に、近くの食堂での目撃情報が集まった。結論から言えば、黒よりの黒が濃くなっただけ。


「近くのステーキハウスで肉とビアを注文し、黙々と食べて飲んで帰る二人組が目撃されています。昼も決まった店でホットドックにビアとのことで」


「肉とビアとビタミン剤か、随分と殊勝な食事ではないか。貴官らもそう思わないか」


 そいつらは野戦兵の類だな、現場組だぞ。国防省の内勤に偽装する現場組が何を探りに来ている? 考えろ、答えは必ずある。そもそも情報を探っているのは恐らく将校に違いない、あいつらは囮だ。


 官憲の目を引くだけの噛ませ犬だ、こちらが気をもんでいる間に何を探ろうとしている。少なくともこちらの捜査能力は白日の下に晒されてしまうな。


「私はお菓子の方がいいなって思いますけどね。何をしに来てるんでしょうね?」


 パフェのクリームにスプーンを突っ込みながらアリアスが自分で考えるつもりナシで話だけ振る、それで構わない。実際のところそれを解決すべきなのは警察の二人だからな。マカロンを摘んで口に放り込むと警部補をじっと見る。


「ホテルは別に七日しか予約できないわけではありません。七日で目的が達せられるから、そこで区切っているとしたら?」


 ふむ、妥当な推察だな。だが私ならば予定よりも数日長めにあれこれと用意をして、捜査をかく乱するな。航空券の予約をいれつつ、こっそり列車の切符を懐に忍ばせて置く位はする。


「して、その日には何かあるのか?」


 新年三日か、年賀行事はあちこちであるだろうが。その頃私は何をしているだろうな、部屋で読書とかだと嬉しいがどうかな。


「元日は帝宮で祝賀、二日は首都で市民へ向けての式典、三日は軍への恒例勲章授与式が」


 これらは皇帝の関わる儀式ということだな、こんなに早くから潜り込んでいる理由は後回しにして、軍への勲章授与式が目的? だとしたら勲功者を探ることが何に繋がる?


「勲章授与式では他に何が行われる?」


 何せ今の今までこの世界に疎かった私だからな、色々と見落としをしていても気付かないことがある。特に世の中の構造やら常識やらは大幅に欠けている、知識と判断力は別物だぞ。


「軍務省本部の役職者の親任が同時に行われますが、それが誰かまでは警察では調べることが出来ません」


 なるほど、調べることが出来ないか。では半ばそれが答えのようなものだな。しかしそんなものはいずれ時間と共に漏れ聞こえてくる、急いで探る意図は何だ。いや、仮定に仮定を重ねても仕方あるまい、不審者ということで拘束しておけば取り敢えずは良かろう。


「想像で詰められるのはこのあたりまでだろうな。ここで一つ私から提案だ。無実でしょっ引いてしまいしくじると上手くなかろう。そこでだ」


 テーブルの上にあるチョコパイをひょいと摘んで味わう。喋っている間に何をしているんだという視線には耐えるだけ耐えておこう。


「あの二人、私にぶつかり身体的な被害、即ち暴行傷害の嫌疑が掛かっているとして拘束したらどうかね。何せ事実だ、証拠不十分にはなるだろうが私が訴えても構わんがどうする」


 他に証人が必要というならば、クレープ屋の店主にでも話をしたら証言位は得られるだろう。何せ目の前での事件だからな! 我々とも会話をした、忘れたとは言えまい。警部補は巡査部長と視線を交わして、話に乗るべきか否か迷う。


「拳銃の不法所持疑惑って聞いてましたっけ?」


 不意にアリアスが口を開く。そういえば巡査部長はその話を聞いていたが、警部補は知らなかったな。


「どういうことだ?」


「二人組が拳銃を所持している可能性があるとのことです。未確認ですが、士官候補生殿がそう推察していると」


「…………被害届をお願いしても宜しいでしょうか」


 どうやら警部補の天秤が傾いたらしいな。人は時に思い切りが必要だと知っておくとイイ。速やかに調書を作成し、被害届が受理された。


 警察はその日のうちに動いた。ホテルに宿泊中の二人を令状を持って拘束、身体検査の結果、拳銃の所持を確認した。何と驚くことに携帯許可証を持っていたが、照合したところ偽の番号で別人の許可であることが発覚した。


 厳しい取り調べでそいつらの背後に居る将校の名が判明する、その名もドレイクというそうだ。詳しいことは二人も知らされていなかったらしく、二日と三日で攪乱する任務が与えられていたので、それまで市中に慣れておくようにと時間が与えられていたとか。


 わかったのはここまでで、警察から協力に対する感謝状が発行された。釈然としない終わりだったが、一先ずは無事に新年を迎えることが出来たので良しとすることにした。


「ターニャ姉さま、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!」


「うむ、こちらこそよろしく頼むぞアリアス」


 独りぼっちの年越しをさせずに済んだ、その一点だけでも今は満足しておくことにしよう。私は大人だが、アリアスはまだ子供だからな。頑張って年が明けるのを待っていたが、新年を確かめると二人して寝てしまった。良い夢が見られますように。

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