第9話 魔導士官候補生
女児が走って追いかけたところでどうにもならないことは知っている。だからと放置してしまえるほど心が穏やかでもない。耳を澄ませてあたりに注意を払う。何か言いたげなアリアスを片手で制してじっとする。
「あっちだ」
頭にハテナを乗せているまま人ごみへ引っ張っていくと、制服を着た若い警察官がキョロキョロしている目の前にやって来る。向こうもこちらに気づいたが、チラッと見ただけで別のところへ行こうとした。
「巡査部長、二人組を探しているのか?」
「ん、お嬢ちゃんどうしてそれを?」
ビンゴ!
あいつら何かから逃げているようだったからな、それを追っている奴らが近くにいると思ってた。制服警官とは運がいいぞ。コートの懐から学生証を取り出して提示した。
「士官学校生だって?」
学生証とこちらを二度も三度も往復して確認をする、アリアスにも同じように提示させた。すると「うーん」と唸りながら返してくれる。どこを何度見ても本物だからな、まあ信じられない気持ちには同意するぞ。
「先ほど若いガラが悪い二人組と接触した。あちらの通りに走って行ったのを見ている。探すならば顔を知っている者が複数いた方が良いのではないか」
なんと理知的な話の持って行き方だ、これといった瑕疵は見当たらんぞ。
「子供に危ないことはさせられないから、気持ちだけ受け取っておくよ。ありがとうお嬢ちゃん、早く家に帰るんだ」
なるほど、なるほどなるほど。そう来たか、いや想定済みだ。わかっていたさこれくらいのことは。
「ターニャ姉さま、私も関わらない方が良いかなって」
苦笑してやめましょうと言って来るが、あのクレープの恨みを晴らさないで年を越せるか! こいつは私怨ではないぞ、公益を求めた結果、治安を乱す輩をきっちりと矯正すべきだという話の一環だ。
「巡査部長! 士官学校生徒は、士官と下士官の間の身分を肯定されている。つまり指揮系統こそ違えど、我々が上官にあたる。それは知っているな」
巡査部長というのは下士官、つまりは軍曹とほぼ同格だ。何せ両方共サージェントという階級呼称を与えられているくらいだから疑いようもない。そして士官候補生はそれら下士官の半歩上の階級を一律で与えられている。
「一応そうはなっているけど、警察と軍じゃ――」
「それ以上は言わなくても良い。我々は善意の協力者だ、別に巡査部長を取って食おうと言うわけではないぞ。先ほどの輩とはちょっとした因縁があってな。だから手助けを申し出ているだけだ。それにほら見てみろ、魔導士官候補生だ、そこらの軍兵よりも強力だぞ」
コートの首元を開くと、宝珠をつけているのを見せた。量産型エレニウム、安定した二発エンジンは戦車と同等の戦闘力を発揮する。そして巡査部長もそれを知っていた。
「ま、魔導師! そ、そういうことでしたら是非とも協力いただければと!」
ふふーん、そうだろうそうだろう。こいつは、この宝珠にはそれだけの価値がある。だからこそ、いついかなる時も肌身離さずに持っていろというわけだ。ちなみに価格もそれ相応だ、紛失でもしたら始末書だけでは済まんぞ。
「で、奴らは何者だ?」
「妙にそわそわとしていたので職務質問をしたのですが、急に逃げ出しました。身分証も持っておらず、二人の他にも仲間がいるのか視線が泳いでいました」
職質でボロを出すとは、さして有能とは言えんな。そういうのを見つけ出し確認するのが巡査部長の仕事だ、他に仲間もいそうだとか見ているあたり、それなりに使えそうな男だな。
「他に気づいたことはないか」
「他に? そうですねぇ……ああ、連合訛りの感じがしました」
「連合の? そう言えば若干イントネーションが違ったな。アリアスは何かないか」
隣で大人しくしていたので尋ねてみる。頬に手をあてて「気のせいかも知れませんけど、少し左肩が下がって走っていましたね」重要な発言をした。
「足元が悪くてそう見えただけかと思ったが、アリアスも感じたか。ならば一つの可能性を考慮すべきだな。巡査部長、帝国では外国人が拳銃の携帯許可を身分証無しで取得可能か?」
「まさか、そもそも身分証があっても、外交官随員など以外は許可が下りません」
ということは非合法活動の一環かもしれんな。これは案外根が深いのかもな。そういう奴らは元から居るような工作員と同じ場所で生活などしない、ならば宿を取っているはずだな。官憲の力を利用しない手はないぞ。
「よし、これは私からの助言だ。連合からの旅行客で、二十代男性の二人組がツインルームをとって宿泊をしているという条件で、市街地のホテルに照会を要請するんだ。新年を迎えるにあたり、そんな組み合わせはさほど存在しているとは思えんがな」
「わぁ、ターニャ姉さますごぉい!」
ふん、この位の頭が回らないで社会人は出来んからな。絞り込みが過ぎると網から漏れるが、該当が多すぎると手間になる。このくらいが丁度良かろう。巡査部長が無線で本部とやり取りをして暫く待つと「オーエン通り十六番のホテル・グランレッドに宿泊しているのが居ます」小刻みに頷きながらこちらを見ている。
「ほう、ではホテルランチといこうか諸君」
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