第8話 食べものの恨みは?


 さて年末年始休暇に入ったところだ。当然あたりは真っ白で、雪が積もっているぞ。コートに身を包んでやってきている場所がある、士官学校の寮を出て街に繰り出してきている。たまの息抜き位は許されるだろう?


「ターニャ姉さま、あちらも見てみましょう!」


 少し先を走っているのは、まさに年相応といった感じのアリアスだ。長い髪を後ろで一つに束ねて、毛糸の帽子を頭に乗せている。うーん、和む。


 そのアリアスによって朝方にいじられた私の髪の毛が、サイドに二つぶら下がっていた。サイドツインテールだと喜んで縛ってくれたのだ、軍務の無い今日位は私が折れてやってしかるべきだろう。正直恥ずかしすぎて帰宅したいが、休暇を楽しみたいのはこちらも同じ。

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「わかったわかった、あまり走ると転ぶぞ! はぁ……」


 今日だけの我慢だ、もう二度と髪をいじらせるのはやめよう。耳に軽く手をやって、本日のスケジュールを夢想する。別にどこにいって何をするというのは決めていない、昼飯時に何を食べるかくらいなものだ。


 世間は新年を迎えるために大忙しで、良くも悪くも年末を演出している。ポケットに手を入れて残金を確かめてみる。


「三か月に一度の俸給があるからな、子供二人が楽しむ分には多い位だろ」


 まだアリアスは期間を経過していないので手持ちの金などあってないようなもの。ここは『歳上』で『先輩』な私がおごってやるべきだろう。ランチは豪華に行こうじゃないか!


 商店街に来ると、色とりどりの商品があちこちに所狭しと並べられ、景気よい掛け声で売られている。かきいれどきと言う奴だな、昔の私なら憂鬱な時期でしかないがな。


 他人が休んでいる時こそ働け。では皆が働いている時はどうだというと、何故か普通に働けという。クソッタレが! 私は優雅な休暇を満喫することにこそ価値を見いだしているんだぞ。


「見て下さい、ウサギのぬいぐるみですよ!」


 白と薄い灰色の身体に、宝石のような瞳をしたぬいぐるみのウサギ。それを両手で抱えて微笑んでいるアリアスを見てつい「可愛い」と呟いてしまった。


「そうですよね! ターニャ姉さまもそう思いますよね!」

 

 といってウサギを撫でている。いや、私が言ったのはそのぬいぐるみに対してではないぞ。という台詞は飲み込んでしまう。


「欲しいなら買ってやるぞ、遠慮はするな」


「え、もしかして欲しいんですか?」


 ウサギを列に戻しながら、首を傾げてそんなことを言われる。あ、あの流れで別にいらないと言うのか! わからん、理解不能だ! どうなっているんだお前の感情は。


「いや、なに、言ってみただけだ」


 ひきつった笑顔でそう返すのが精一杯。何事も無かったかのように次の店に行くと、今度はキツネの尻尾のようなマフラーを見付ける。首に巻いてみて「どうですか?」などと質問してきた。


「似合っているぞアリアス」

 

 心底そう感じた、何だか変な感情が芽生えそうになるな。人は理性の生き物だと言うが、限界はあるぞ。あえて視線を逸らして出店を見る。


「クレープ屋さんがありますね、あちらに行ってみましょう!」


 キツネをクルクルと丸めて蛇のようなポーズにしてイタズラをして戻しておくと、出店の方に向かって行く。五人程並んでいるので一番後ろについて、看板の上にくっついているメニューを眺めた。


「オレンジソースにするか、さりとてストロベリーを外すのも忍びないな」


 甘味はおいそれと手に出来ない、どうしても吟味してしまう。別にこれが最後とうわけでもないのに、妙に真剣になる。


「両方買って半分こしませんか?」


 にっこにこでそんな提案をしてきたので、ついつい「それだ!」応じてしまう。通りを歩いている人が振り返って、何事かとじっと見られてしまった。


「あ、いや、良い案だなアリアス」


 いまさら落ち着いて言い直したところで威厳は戻ってこない。そんなことよりも自分達の番がやって来た。二種類注文すると店主が「お友達かい、ほらクリーム多めにしておいたよ」サービスしてくれたではないか。


「わぁい、ありがとうございます!」


 む、そのようにしてもらったならば謝辞を述べるのは当然のことだな。


「店主、感謝する」


 目がクレープに行ってしまって居るので店主も笑ってしまい手渡してくれた。雪が積もった街路樹の下にある、氷の椅子に腰かけて、あーんと一口……しようとしたところで、後ろからドン! 何かにぶつかられてオレンジクレープが泥まみれの地面に転がった。


 私のクレープが!


 右手に残っている巻紙が虚しくカパカパと潰れる。虚無を感じると、次に悲しみ、そして悔しさが駆け巡った。買いなおせばいい、それだけなのにやけに感情にぐっとクるものがある。


「邪魔くせぇんだよガキが!」


 通りを走って行った男は二人組だった。まさかの捨て台詞を何度も何度も咀嚼して、自分の感情を鎮めようとする。


「あの、ターニャ姉さま? 私の半分あるので……」


 どうしたものかとすっと差し出して来るものの、頭がそれどころではなかった。


「アリアス、さっきの二人組を見たな」


「え、あ、はい。見ました」


 きっと嫌な予感をしているだろう。私はにやりと顔を歪ませて立ち上がった。

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「追いかけるぞ」


「お、追いかけてどうするんですか?」


 ギギギギと音でもしそうなぎこちない動きで隣に座っているアリアスに向き直る。


「決まっているだろう。世間の常識というのをきっちりとレクチャーしてやるんだ。他人様に迷惑をかけたら謝る、当然のことだろう?」


 アリアスは引きつった顔で「ははははは……」乾いた笑いをするので精一杯だった。

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