第4話 幼女という現実

 しかしあれだな、目障りと言うのは仕方ないとしても、迷惑とは聞き捨てならんぞ。足手まといはどちらかというと、こういう陰でコソコソ文句しか言えないようなやつらだからな。


「大体お前らのようなガキがどうやってあの試験合格したんだよ。金でも積んだのか?」


 あの試験というのは入校試験のことだな。筆記試験はあった、難しいと言えば難しいかもしれないが、士官としてより広い見解を求めた設問だったので、社会経験があればどうとでも回答できる類のものだったぞ?


 九歳時に社会経験があるほうがおかしいのは同意する。私は良いとして、アリアスはどのようにクリアしたやら。転籍では扱いが違うのかも知れんな。


「私はともかく、デグレチャフ先輩は実力で合格しています!」


「高飛車なクソガキだが、頭の回転は速そうだ。だからと実際はどうだか」


「怪我でもしたら士官学校辞める気にでもなるか?」


 やれやれ、女児をいじめるだけではなく、危害を加えようとするとは、見下げ果てたやつらだな。わざと軍靴を響かせて書架の切れ目から姿をさらす。


「そこの二号生徒、何をしている」


 振り向かずとも、この甲高い子供の声が誰かなんてわかるよな。だって界隈に二人しかいないもの。気まずそうな感じで頭だけ半分捻って視線を流して来る。


「いやー、ちょっとお勉強を教えていただけですよ」


「ほう、怪我をさせるつもりではなかったのか?」


 聞いていたぞと牽制する。だからとお互いにどうすることも出来ないと考えるのは早計だろう。まあ、暴発した方が負け確定だ。


「さあ何のことでしょうか。デグレチャフ三号生は何か用事があってきたのでは?」


「なに、いま済ませるところだ。アルヴィン生徒、食堂へ行け、今すぐにだ」


「あの、はい」


 あちこちに視線を泳がせてから、速足で図書館を去っていく。余計な話はしない、指示があれば従う、それで結構。


「さて二号生諸君、夜間訓練は好きか?」


 指名で二人を魔導訓練に参加させる手筈を整えると、みっちりと手ほどきをしてやった。口ほどにもない雑魚共だが、こうしておけばヘイトは私にだけ向けられるだろう、いつでも寝首を掻きに来たらいいさ。


 翌朝、目を覚まして直ぐに「ターニャ姉さま、昨日はごめんなさい」アリアスが謝って来た。別に申し訳なくおもうことなど無かったのだがな。


「何のことだ、私は図書館で本が読みたくなって行ったが、やはり魔導訓練をしたくなり、そうしただけだ」


 わがままなんだよ私は、気に入らない奴をそのままにしておくほど甘くはないし、寛容でもないんだ。こんなナリだ、一度舐められたら今後やりづらくもなるしな。


「私も……部隊戦でなら姉さまのお役に立てるはずです」


 部隊戦か。するとアリアスは支援ユニットであるか、指揮ユニットとして適性があるとでもいうのだろうか。自分からそういうことを言ったのはこれが初めてだな。


「では期待しよう。近く模擬演習がある、同じ部隊になるように手配しておく。それと、食事をとり損ねるなよ、成長期だからな」


 美味いとは言い難いが、栄養価は計算されている。子供の身体で食事抜きは非常によろしくないぞ。何なら倍食べても消費出来るような生活をしているんだ、本気で抜くのは良くない。


 三号生徒の補助教官代理としての役目の一つ、授業の準備は常だ。模擬演習では一個魔導中隊十二人の編制を、概ね均等になるように成績から割り出して配属する。


 複数人で行うのでどこかが抜けて強いような部隊は作らないし、間違って作られることもまずない。それでも相性の良し悪しを勘案して組み立てはするので、特徴は出る、私とアリアスは同じ中隊になるようにしておいた。


 模擬演習当日、早速中隊が集まり作戦を練る。中隊長役は三号生と決まっているので私だ、二号生が小隊長、残りは一号生になる。もちろん戦いは目的になっているが、指揮官としての経験もここで積めるようにという意識はある。


「第二小隊長二号生、今日の模擬戦の状況を説明しろ」


「中隊同士での模擬戦闘で、フラッグの奪取、或いは中隊長の撃破、或いは半数の兵の撃墜判定を争います」


 フラッグは双方の陣地に刺してある、三か所の旗を引っこ抜けば達成。一本でも残っていれば負けにはならない。中隊長の撃破で負けると完敗と揶揄される、軍として行動思考を根本から叩きなおす機会が与えられることになるぞ。


 一方で部隊半壊となると、指揮官の手腕が疑われる、私への評価がさがるわけだ。どれもこれも敗北者には厳しい評価がなされると言うのに、勝った側であってもフラッグの損失数と、兵の被撃墜数でケチがつけられる。


 拮抗した戦力でどうやったら差が付けられるか、即ち知恵と努力で勝ち上がれ、というわけだ。学生時分に勝って褒められるのはあまり良くないと考えれば、実は納得いくことではある。どこまでも気分が悪いのは否定しないぞ。

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