第3話 お姉さまという破壊力


 共に寝泊まりをして、ある程度の日が過ぎたところで長期休暇、いわゆる年末年始休暇が与えられることになった。といっても私は帰る場所もないので、このまま寮で過ごすのだがな。


「ターニャ先輩は休暇どう過ごされるんですか?」


 聞いて驚け、なんと名前で呼ばせている、まあ二人だけの時限定ではあるが。とはいえ名で呼んでくれるものなど皆無なので、これはこれでそそるものがあろう?


「学校で本でも読んで過ごすつもりだ。孤児だったものでな、ここが私の家だ」


 言ってから余計な心配をかけさせるかもと思いはしたが、言ってしまった以上は取り消すことも出来ないので堂々としていることにした。


「嬉しいです! 私も寮で過ごす予定でしたので、一人じゃないと知ってほっとしています」


 おっとこいつは予想外だな。ニコニコ顔でそんなことを言われたら、ああそうか、で済ますわけにもいかんな。


「帰るには実家が遠かったか、五日ではちと物足りん者も居るからな」


「えと、私も両親はいませんので、帰る家が無いんです。だから私の家もここです」


 おかしいな、幼年学校は士官学校と違い学費が請求される。戦災孤児等ならば別か。あまり詮索するなと校長に釘を刺されていたな、掘り下げるのも良くないか。


「それは奇遇だな。なにいずれ独り立ちするのだ、多少それが早くともどうということはない」


「年末年始が一人じゃないだなんて、凄く久しぶりです!」


 な……に? 待て待て、久しぶりというからには、一度や二度は一人で過ごしていると考えるべきだろう。九歳になったばかりということはだぞ、六歳以前にしか誰かと年を越していないことになる。なんというか、くそったれな世の中だな!


「そ、そうか。まあ、家族だと思って共に新年を迎えようではないか」


 独り身はこちらも同じだが、中身が違うからな。一人でゆっくりと自由を楽しみたかったのはあるが、これを聞いて放置はありえんだろう。


「家族…………じゃあ、ターニャ姉さまですね!」


「なっ!」


 タ、ターニャ姉さまだと! なんだ今の破壊力は!


 落ち付け、落ち付くんだ。何が起きている、新手の精神攻撃術でも叩きこまれたのか?


「私みたいのが姉さまだなんて言うのは、お嫌でしたか?」


 スン、とがっかりすると肩を落として斜め下を見詰めてしまう。


「いやいやいや、そうじゃないぞ! なんというか、あれだ。あまりの衝撃に少し驚いたと言うか、その、全然嫌いじゃないぞ。うん、いいじゃないか、はは、ははは!」


 こそばゆい感じはある。だがこれで嫌だって言えるのか? 言えるのか? だとしたらとんだサイコパスだぞ! まあ実際そんな嫌じゃないが、変な背徳感はある。


「でしたら良かったです。周りを見ても皆さんずっと年上で、講義や訓練だけなら努力で出来ますけど、どうしてもそういったこと以外のお付き合いとなると……」


「わかる! わかるぞ! それでなくとも子供と思われているのに、プライベートな部分でまでという空気を何度感じた事か!」


 そうだろうそうだろう、これぞ同年代だ。もしや校長はそう言うこともあってペアを? 前例がない形をどのように補完していくか、それをこういう形でおさめようとするとは、やはり歴年の将校は違う!


 チラッと時計を見る。夕食まではまだ少し時間があるな、そういえば休暇の間は食堂も閉鎖されるはずだ、どこかで食糧を調達する必要があるぞ。ふーむ。


「私少し図書館で調べ物がありますので、また夕食時に。では行って来ますお姉さま」


「わかった」


 嬉しそうに小走りで部屋を出て行く後ろ姿を見詰め、お姉さまという響きを噛みしめる。新しいな。軍隊と言うことを考えたら、どうやってもあと十年はそんな呼ばれ方をするはずもないので、すっぽりと抜け落ちていたので不意打ちをされてしまった。


「悪くない」


 変なにやけ顔を何とか抑えて、机に向かうと休暇中に自弁で必要そうなものをリスト化することにした。わずかではあるが士官学校生徒には小遣い銭が与えられる、こういう時の為なのは明白だ。帰郷の切符などは申請しておけば無料で支給される仕組みになっているからな。


 あれこれと試算をして、これなら足りるだろう内容に落ち着いたところで時間を見ればもう夕食時だ。片付けて食堂へと行くと顔ぶれを見渡す。


「なんだ、アリアスはまだか。少し待つか」


 一人で食べていても良いのだが、約束するような感じになってしまったからな。そこから五分待ち、十分待つがやって来ない。はてどうしたやら、図書館に行ってみるとするか。


 歩いて五分ほど、寮のすぐ隣にあるので気軽にいける場所にある。渡り廊下には屋根すらついていた。あたりが薄暗くから夜に変わり、空気も随分と冷えたものだ。真冬だからな、出来れば布団に潜り込みたいが、さすがにそれは早い。


 司書は日中にしか居ないので、持ち出しは出来ない時間になっている。それでもここで読むのは自由だ。もしその気ならば、夜通し調べ物をすることも可能になっている。


 一階はエントランスがあり、直ぐに階段があって二階が閲覧室になっている。蔵書は一階に詰め込まれていて、地下もある。なぜそんな造りになっているかというと、本の重みで床が抜けないように一階が使われているからだ。人は二階に登ってそこで読めというわけだ。


 何か話し声が聞こえて来るな。自由時間に読書とは感心なこと――ん、様子がおかしい。歩みを止めて耳を澄ます。


「魔導能力があればガキでも士官学校に入れるのは解ったが、目障りなんだよ」


「そのようなことを言われても……」


「察することも出来ねぇか。なら言うぜ、お前達さっさと辞めて郷に帰れよ。迷惑だってのに気づけよな」


 ほう、なるほど陰湿なことだな。見えないところでこのようなことがあったとは、気持ちはわからんでもないが、言う相手を間違えているぞ。

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