セレナは魔女である。

はじめアキラ

セレナは魔女である。

 いつも疑問なのだが、どうしてこう校長の話というものは毎回恐ろしく長いのだろうか。緊急朝礼ということで、いつもより話す内容が多かったのは理解する。実際、最初の内容は重要と言っても差し支えないものだったはずだ。

 が。途中から話が枝分かれし始め、完全に収拾がつかない事態となってしまった。何故、最近の道路事情から、はたまた自分が学生時代に彼女を乗せてオープンカーを乗り回し、スピードを出しすぎてお巡りさんに切符を切られた話まで至るのやら。その彼女が物凄く可愛くて、最終的には――みたいなところまで飛躍しそうになったところで教頭がようやく話を止めた。生徒からすると、もっと早くストップをかけてほしかったものではあるが。


「あーもう、校長先生ってばさー。もう少し話を短くまとめる努力をだね……」


 ぐったりと教室の机に突っ伏す私。本当ならこのあとすぐ授業が始まるはずだったのだが、我ら二年四組の担任である櫻井さくらい先生は戻ってくる気配がない。一時間目は自習になるらしい、ということでみんなわいわいと好き勝手に騒いでいる状態だった。先生達もバタバタしているのだろうが、課題も言い渡されずに自習と言われても、大人しく勉強する奴ばかりではないのだ。

 生憎、まだ受験生ではない中学二年生。

 ある意味今時の小学生よりも、勉強に関してお気楽である。中間テストが終わったばかりであるから尚更に。


琴音ことねちゃんなんでそんなお疲れなのー?あたしは授業が一時間潰れるってだけでハッピーハッピーだけど?英語嫌いだし!」

「……芳美よしみってば、ポジティブだねえ」


 結構凄い話を聞いた気がするのに、なんともお気楽な友人である。彼女はくるりと椅子を私の方に向けると、笑顔で話を始めた。他の生徒同様、大人しく自習をする気は全く無いようだ。


「暇潰しにゲームしない?ウミガメのスープしよーよ、好きでしょ?」


 周りが大人しく勉強している印象なら、ろくなおしゃべりも出来なかっただろうが。生憎と言うべきか、クラスの殆どの生徒は好き勝手にわいのわいのと騒いでいる状態だ。そのうち他の教室の先生が叱りに来そうなくらいである。

 まあそれまでなら、と私は頷いた。

 ウミガメのスープ。別名、水平思考クイズとも言うべきゲームである。ゲームマスターである出題者がお題を出し、挑戦者は出題者に質問を繰り返しながら真実に辿り着くというゲームだ。謎を解き明かすためならどんな質問をしてもいい。ただし、出題者は問題に対して、イエスかノーでしか答えない。それで答えられない質問は全て拒否される――それがルール。稀に、どうしても微妙な質問のみ“どちらとも言えない”という返事が返ってくることになるというわけだ。


 昔から私はこのパズルか好きだった。というか、テーブルトーク系のゲーム全般が好きで、ネットでもよくやっていたのだ。芳美と仲良くなったきっかけも、TRPGやこの手のクイズが好きという趣味が共通していたからである。


「んじゃ、問題!」


 ででん!と自分で効果音をつけて彼女は人差し指を立てた。


「ある少年が、道で突然走り出した。彼は赤信号の道路に飛び出すと、そのまま交差点に入ってきたトラックに轢かれて死んでしまった。さて、彼は何故いきなり走り出したのか?」

「……あんたねぇ」

「悪いけどお題の時点で出す情報はここまでだからね!あとは質問と推理のお時間だよー」

「まったくもう」


 やや趣味が悪い問題だ、と思いつつ。私は質問を考えた。まずはオーソドックスなものから行くべきか。


「えっと、少年は自殺だった?これは死ぬつもりで道路に飛び出したのかって意味ね」

「イエスー。そのつもりだったよ」

「ふむ」


 彼は何かに追われていて、慌てて飛び出してうっかり撥ねられたというパターンではないらしい。が、一応これも消しておくべきか。


「少年は何かに追われていた?」

「ノー」

「彼の自殺は計画的なものだった?」

「んー……まあ、イエスかな」

「今日確実に自殺しようと思っていた?」

「こっちはノーかなー」


 よくわからない。追われていた、はやはりノーだった。これは予想通り。では、自殺は計画的だったのに、今日確実に自殺しようとしていたわけではないというのはどういうことだろう。

 念の為、これも尋ねておくべきか。


「少年は小学生?」

「ノー」

「小学生は中学生?」

「イエス」

「……もう、あんたって子は」


 まあ、空気が読めない芳美のこと、あまりツッコミを入れてもどうしようもないだろう。分かっていて参加することを決めたのは私なのだから。

 彼は何故、道路に飛び出して自殺したのか。

 単純に死にたいだけなら、赤信号で飛び出すというやり方はナンセンスである。何故なら確実に死ねる保証などどこにもないのだから。どこか高いところから飛び降りるなり、駅のホームから線路に飛び込んだほうがずっと建設的だ、と個人的には思う。ならば、その場所でトラックに轢かれなければいけない理由が彼にはあったということだろうか。


「その場所で、死ぬことに意味があった?」


 私の問に、芳美はニヤリと笑ってイエス、と答えた。


「なかなか着眼点いいよお。その調子その調子!」


 なるほど。場所に意味がある、と。あるいは、そのシチュエーションに意味があった可能性もあるだろう。

 そうだ、そもそも彼は何故突然走り出したのか?これがまず大きな鍵ではないか。元々死ぬ計画はあった。しかし、今日死ぬと決めていたわけではなさそうだ。たまたま、条件が整う何かがあったということか?何かを見たとか、聞いたとか?


「少年は走り出した時、誰かと一緒だった?」

「ノー、かな」

「彼は自殺しようと考えていたわけだよね。何か悩みがあった?」

「イエス」

「いじめられていた?」

「ノー」


 そこ、ノーなのか。いじめが原因ではない、とすると。


「人間関係のトラブルがあった?」

「まあ、そっちはイエスかなぁ」

「恋愛関係の悩みだった?」

「お、いいね。イエスだよ」


 恋の悩み。フラレたことが原因?だが、ただフラレただけならばその場で死ぬ必要がない。その場で死ななければいけなかった、その理由は。


「……彼は、何かを見て、何かに気付いて走り出した?」

「イエース!」


 これは、かなり近づいたのではないか。私はぐっと身を乗り出す。ならばこれではないか?


「彼が好きな子が、その場にいた?」


 これは絶対イエスだろう、そう思った。フラレたかどうかを質問してないが、恋愛がらみの悩みで自殺まで行くなら高い確率でそちらだと思ったからだ。

 フラレた腹いせに、好きな子の目の前で自殺を図った。これだろう、と。しかし。


「ノー」


 え、これじゃないの、と私は目を丸くする。推理の方向性は間違っていない、と思ったのだが。もしかして、何かまだ見落としをしているのか?それとも、根本的にズレたところで迷走していたか?


「えっと……」


 机を指でトントンと叩きながら思考する。まだ、教室に先生が来る気配はない。


「……少年の好きな相手は、異性?」

「イエス」

「えっと……家柄とか、なんか格差があるとか、将来絶対結婚できない相手だった?」

「ノー」

「そ、そうなの?……えっと、じゃあ、少年は女の子に思いを告げてフラレてる?」

「ノー」

「……うーん」


 恋愛がらみの悩み。同性愛とか、絶対結ばれない相手だから悩んでいたわけではない?でもって、思いを告げてフラレてもいない?


「……少年は、失恋した?」

「イエス」

「失恋したことが、自殺の最大の理由?」

「ノー」


 失恋したことで死んだわけでもない。駄目だ、完全にこんがらがってしまった。その場に想い人はいなかったようだし、恋愛で悩んでいたことは事件とは関係がないのだろうか。彼の悩みが他にもあった可能性はあるか。

 だが、彼は何かを見たからこそ走り出し、そして交差点に飛び込んで自殺をする決意をしてのだ。それは既にはっきりしていることである。問題は、何を見たのか。ウミガメのスープの法則を考えるに、“それ”単体では特に問題のない事象であった可能性もそこそこ高い。過去に起きた別の出来事と組み合わせた途端、それが大きな悲劇に変わったりもするものだ。

 例えば。友人の姿を見た、だけなら普通のことでも。それが“自分が殺したはずの友人”であったなら、途端にホラーな話になるように。


「ああ、ごめんこれ先に言っておくべきだった」


 芳美は苦笑しながら私に伝える。


「この話は、あくまでミステリーの範疇のつもり。ホラーとかファンタジーなオチはないから、そこは安心していいよ」

「……まあ、それ含めちゃうと可能性が無限になりすぎるもんね」

「そうそう。まあ、サスペンスも広義の意味ではホラーに入るけど……とにかく幽霊とか妖怪とか出るようなネタじゃないから」


 まあ、そこを最初から深く疑っていたわけではない。ただこれで、ミステリーの範疇にない可能性は全部切り捨てていいとことになったのは確かだ。ウミガメのスープ問題でも、出題者によってはそちらの要素を含んでくる可能性もゼロではないから、一応注釈は必要なのである。


――非現実なものを見たわけでは、ない。


 なら“何を”見たのか。それとも“誰か”を見たのか。

 現象か、人かを


「少年が失恋したことは自殺の最大の原因ではないんだよね。じゃあ少年の自殺と失恋は無関係?」

「ノー」

「関係ある、のか。じゃあ……少年はなんで失恋した?」


 あ、この言い方では駄目だ。イエスかノーで答えられるようにしなければ。私は質問を言い換えることにする。


「えっと、少年が失恋したのは……好きな子に他に恋人がいることを知ったから?」

「イエス」

「その好きな子の恋人は、自殺の原因と関係ある?」

「イエース!あと少しだよ!琴音ちゃん。がんばれー!」


 応援してるう!と彼女は茶化すように言う。何だろう、私は言葉にできない、ぞわぞわとした感覚が背筋を這い上がるのを感じていた。

 何故。芳美はそんなに楽しそうなのだろう?


「……好きな子の恋人は。少年が自殺した現場にいた?」

「イエス!」


 ああ、ということは。


「その恋人を交差点で見かけたから、少年は自殺を決意した?」


 芳美の笑みが深くなる。イエス、と唇が動く。ということは、失恋そのものよりも彼を死に追いやったのは、その“片思いの相手の恋人”の方が原因というわけか。

 しかし、いじめがあったわけではないのはもう明言されている。ともなれば、問われるのはその関係性。まだいくつか質問を挟んでもいいが――いや。


「その好きな人の恋人は、少年の友達?」

「イエスだよう!」

「……じゃあ、これで確定だね」


 家族の可能性もあったが、友達、でイエスと出たなら決まりだろう。


「少年には片思いの女の子がいた。しかし、その女の子を少年の友達が奪ったことを知り、ショックを受けた。友達に裏切られたと思った、ってところ?……だから、その友達の目の前で交差点に飛び込んで、自殺を図った。自分の酷い死に様を当て付けのように見せつけることで、裏切った友達に復讐しようとしたんだ。……どう?あってる?」


 私が探るように告げれば。芳美は大袈裟に椅子の上でそっくり返り、パチパチと拍手をしてきたのだった。


「せーかい!流石、琴音ちゃん。んー、ちょっと簡単すぎたかぁ」


 一応捕捉するね、と芳美はくるくると人差し指を回す。


「少年には、それはもうお兄ちゃんみたいに慕ってる大好きな親友がいたの。で、自分の恋を相談してた。親友もそれを応援してくれてるとばかり思ってた。ところが、片思いの女の子と親友が付き合ってるって噂を聞いちゃってねー。思い込みが強い彼は大激怒、親友が自分を裏切って好きな女の子を奪い取ったんだと思っちゃったわけ。応援してくれたと思ってたのに酷い!ってね。片思いの子と親友を同時に失った彼は絶望して生きる望みを失った。そして、交差点で信号待ちをしている彼の背中を見つけて……走り出したの。死ぬ姿を見せつけてやるために」

「そしてトラックにぶつかった、と」

「そゆこと。ふっ飛ばされるどころかタイヤの下敷になってそれはもうぐっちゃぐちゃですよ。信号待ちしてた親友のところまで血と肉片が飛んできて……悲惨だよねえ。本当は、親友は片思いの女の子を奪ったりなんかしてなかったのにねー」

「……そ、そんなグロい詳細まで語らなくていいから!」


 何故、何故そんなに面白そうに話せるのか。いつの間にか教室がしん、と静まり返っている。殆どの生徒が唖然としたように、芳美の方を見ているのだ。

 私が最初に思ったのは、不謹慎な問題だなということ。でも、それは精々小さな違和感程度の感想でしかなかった。

 でも、今は。


――ウミガメの、スープは。出題者が答えを知っていなければ、問題として成り立たない……。


 つまり。この問題の答えを、芳美は必ず知っていなければいけないのである。

 それがただの、空想の物語ならどうとでもなるだろう。だが、もし空想でなかったのだとしたら。


「……答え言ったけど、もう一つだけ……やっぱり質問させて」


 創作でないのなら、それはどこで拾ってきた“真実”なのか。


「死んだ少年の名前は……“海老名清一郎えびなせいいちろう”?あんたと……芳美と同じ部活仲間だった……」


 それは。今日朝礼で知らされた、今朝交通事故で死んだ隣のクラスの生徒の名前だ。

 芳美は部活仲間のはずの彼の死を、さほど驚いている様子もなければ、悲しんでいる気配もないので奇妙だとは思っていた。しかも、こんなそっくりな問題を作るだなんて。

 これじゃあまるで。彼女もまた現場にいて、しかもあらゆる真実を知っていながら悲劇が起きるのを黙認していたかのような。


「ふふ」


 にいい、と。私の友人の顔をした、魔女は笑った。


「イエス」


 本当の怪物は、人間の顔をしてそはにいるものなのかもしれない。

 ただ私達が、その存在に気づいていないというだけで。

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