第27話

 レモンは浅利先輩からの挑戦状に目を輝かせた。そんな彼女の姿を見ると、正直僕も胸の奥が熱くなって来ているのが分かる。



 よく考えてみれば、これまでの推理は前座なのだ。僕たちが依頼をうけた謎は道具を台無しにした犯人を捜すことではなくて、浅利先輩が髪を切ったのはどうしてか、だった。



 レモンはこのままのテンションで話し始めると止めどなく言葉が溢れ出そうだと思ったのか、一つ咳払いをしてクールダウンを行ってから説明に入った。



「さて、どうして浅利先輩が髪を切ったのかですが、先ほど浅利先輩が所持していた手紙を見つけ、その中身を読んでしまったからでしょう。私の推理が正しければ、そこには貴女を貶める内容が書かれていた。それに勝手にセリフが改変されていることも貴女には耐えがたかったことでしょう。なぜならその手紙は貴女が愛している演劇を冒涜している」



 浅利先輩は薄く微笑みながらレモンの説明を聞いている。彼女に否定の意志はないようだった。



「この手紙通りに公演が進んでしまえば、始まるのは演劇ではなく、ただの公開告白ショーです。つまり貴女からすれば、今回の公演は始めから破綻していた。だから中止に追い込むことを決めたんです」



 その時木崎さんの手が挙がった。何か言いたいことがあるのは表情からも一目瞭然である。



「だ、だったらどうしてひろちゃんはみんなに言わなかったのかな?皆に言えば即座に中止、もしくは書き直して台本通りに戻すことが出来たはずなのに」


「ええ、その謎には随分と悩まされました。どう考えても浅利先輩が手紙の内容を隠匿する理由が思い当たらなかったので。まず始めはやっぱり山本先輩を庇っているんだと思っていましたが、普通は自分を害そうとしてくる人物を守ろうとはしません。だからこう考えることにしました。山本先輩の過ちを匿うことで、浅利先輩が大切に思っているものを救うことができるんじゃないか、と」


「間接的に救う…………?」


「はい。一見山本先輩を庇っているように見えますが、浅利先輩が本当に救いたかったのはその先にあるものだったんです」


「…………それって」


「もちろん、どんなものでもよかったというわけではないでしょう。彼女だってそうすることによって部員達から自分へと向けられる感情がどんなものか、そしてどういう扱いを受けるかぐらい理解できていたはずです。でも浅利先輩は自分を犠牲にしてまで、それを救うことを選んだ。それほどに大切に思っているもの、それは――――」



 レモンは木崎さんから視線を外すと座席の方を向いて言った。



「あなたたち演劇部です」



 木崎さんは虚を突かれたように惚けた様子でレモンを見ていた。反対に浅利先輩の顔には薄く微笑みが浮かんでいるのが分かる。おそらくレモンの解答は彼女の望むものだったのだろう。



「梶本、それは一体どういうことだ?」



 井上先輩が疑問を口に出す。山本先輩を庇うことが演劇部を守ることにつながると言われても、その因果関係をうまく想像できるかといえば難しいだろうから、当然の疑問とも言える。



 座席の部員達の顔を見てみても、レモンの結論に納得出来ていない人は多そうだという印象をうける。



「では皆さんにも理解できるように一つ例え話、いえ浅利先輩が秘密を隠さなかった世界線の想像をしてみましょう。まず部長さん。あなたは浅利先輩から今回山本先輩のやろうとしていたことを聞かされたとしましょう。ではどういう対応をするでしょうか?」



 井上先輩はその問いに十数秒ほど考えた後、答えを出した。



「こいつがやろうとしていたことは許されることではない。俺たちが数ヶ月かけて作り上げてきた公演を私物化しようとしたのは、正しく俺たちの努力を冒涜する行為だ。だから何の処分も下さないわけにはいかない。けれど、こいつがいなければ今回の公演は成り立たない。だから、今回の公演だけはちゃんと台本通りに演じることを確約させて舞台に立たせる。でもそれ以降は絶対に舞台には立たせない。自主退部を勧めるが、やめたくないなら裏方に回ってもらう。ただし部内に居場所はもうないと思うがな」


「山本先輩はやめると思いますか?それとも残ると思いますか?」


「十中八九辞めるだろうな。こいつは演技は上手いし顔もいいが、演劇に対しての熱は微塵もない。こんなことを企むぐらいだしな!」



 井上先輩の鋭い眼光に、山本先輩は怯えるような表情を見せる。まあ井上先輩、文化部とは思えないほどの筋肉してるし、逆らえないよね。



「ありがとうございます。その答えが聞きたかったんです。つまりどう転ぼうと今回の件を明るみに出せば、山本先輩は演劇部を去ることになってしまうでしょう。そうすれば、演劇部はほとんど立ちゆかなくなりますよ」


「たった一人がやめるだけで、か?」


「いえ、たった一人ではありませんよ。この部活には山本先輩がいるから部活に入っている女子達がたくさんいるじゃないですか。その人達が山本先輩のいない部活に残ってくれると思いますか?」



 レモンは横目で座席にいる例の五人組を見下ろした。彼女達は苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべている。それはレモンの言ったことが否定できなかったからだろう。彼女達には演劇への熱がないのだから。



「それにそんな状態で公演をして、新入部員を集められる演技が出来るとは到底思えません」


「それは…………そうだろうな。いくら浅利と山本が主演を務めるからといって、そんな状態では人は惹き付けられない」


「つまり、浅利先輩は演劇部の部員が減少し、部として成り行かなくなることを憂えていたのです。演劇が大好きで、これまで二年間を過ごした演劇部のことを愛していたから」



 レモンがそう言い切った後、部員の何人かは涙を流しているようだった。浅利先輩は自分達の居場所を守るために自分を犠牲にすることを選んでくれた。それに対し、自分は疑うどころか犯人だと決めつけ憎しみすらおぼえていた。そんな自分への後悔や感謝の気持ちが溢れ出たのかもしれない。



 レモンは満足そうな笑みを浮かべ、更に続ける。



「そして、なぜ浅利先輩は髪を切ってしまったのか。それはあなた達に伝えるためですよ。“私は彼に興味はないから部活に残ってね”とね」



 出された結論に対して疑問の声はあがらなかった。



「さて、浅利先輩。これでいかがでしょうか?」


「いいよ。約束通りこの手紙は君たちに渡す」



 浅利先輩はレモンに手紙を手渡した。レモンはそのまま僕の元へ来ると「中身、映してください」と僕にそのまま手紙を預けた。



 僕は便箋から手紙を取り出し、カメラに映す。そこには予想通りヒロインの名前を「宙花」に変更したラブレターが入っていた。



「ではこれにて探偵同好会による推理ショーは閉幕致します。ここからは部長さんにお任せします」



 レモンの閉幕宣言に自然と拍手がわきたつ。レモンは拍手に対して一瞬お辞儀を返そうとしたが、途中で何かに気づいたように顔を上げてこちらに駆け寄ってくる。一体どうしたのかと不思議に思っていたら、レモンは僕の腕を取って舞台の真ん中へと引っ張っていった。



 なるほど、僕もここに連れてきたかったのか。彼女の意図が分かったのでタイミングを合わせて同時に礼を返す。そして僕たちは舞台袖へと避けた。



「先輩お疲れさまでした!」


「いや、僕は特に何もしてないというか。それこそレモンが頑張ってくれたおかげだよ」



 そんな風に声を掛け合っていると、舞台上では井上先輩が山本先輩の胸ぐらを掴んでいた。



「ということだ。証拠もある。そろそろ認めたらどうだ。山本」


「っ!なんでだよ!何が悪いってんだよ!僕は告白しようとしただけじゃねえかよ!」



 あーあ、ついに開き直っちゃった。胸ぐらを掴まれて涙をボロボロと流す彼の姿に今までのような威厳はなく、整っていた顔つきもぐちゃぐちゃになって見る影もない。



「お前自分の何が悪かったのかわかんねえのかよ!お前以外のここにいる全員が理解してるぞ!」


「し、知らないよ!僕は演劇部の公演を盛り上げるためにやったんだ!どうして怒られなきゃいけないんだよ!」



 うわぁ、ここまで自己中心的に世界が回っていると信じ込んでいる人っているんだなぁとドン引きせざるをえない。



「え、マジですかこの人…………」



 山本先輩の返答に隣にいるレモンが呟く。



「どうかした?レモン」


「いえ、流石に故意にやってるものだと思ってたんですが、まさか何も考えずにやろうとしてたってことなんでしょうか。それだとするとあまりにも…………」



 レモンは言葉を濁した。けれど言いたいことはよくわかる。僕だって同じ意見だ。もし山本先輩が本当に良かれと思ってこの計画を実行したのだとすれば、そのなんというか、かなり頭が悪い。それに他人の気持ちを知らなさすぎる。



「はぁ…………じゃあよく聞いとけ!クソ馬鹿なお前の頭でも分かるように言ってやる!お前は俺たち演劇部全員の努力と今まで先輩が紡いできた伝統を台無しにするところだったんだ!」


「え?え?」


「これでも理解できないならもういい。山本。これからいう選択肢二つのうち一つを選べ。一つは今日限りで演劇部を退部すること。もう一つは自分の罪が理解できるまで俺の監視下で贖罪すること。どっちにしろお前のやったことは学校中に知られるだろうから、どこにも居場所はないだろうがな。さぁ、どうする!」



 甘い、と思うかもしれないけれど、たかが一生徒が他の生徒に対して出来る制裁はこれくらいのものだろう。それに彼がやったことは倫理的にダメなことかもしれないけれど、特に犯罪に触れたわけでも校則に違反したわけでもない。



 山本先輩は混乱した様子だったが、「や、やめたくない」と絞り出すように言った。多分そっちの選択肢の方がこれから大変だろうけど、彼は気づいていないのかもしれない。おそらく謝れば許してもらえるなんて甘く考えているのだろう。



「なら、お前は今日から大道具班だ。だが、部活に残るなら一つだけ条件を課す」


「な、何だよ?」


「お前、髪剃ってこい。バリカンで」



 山本先輩の絶望した顔は申し訳ないが凄く面白かった。

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