第26話
◆◇◆◇◆
遡ること三日前、僕はレモンに噂の調査結果について報告していた。
レモンが山本先輩目当てで演劇部に入部したなんていう荒唐無稽な噂が流れていると知ったレモンは憤慨……はせずにしばらくの間爆笑していた。
「これを流したの絶対に山本先輩じゃないですか!自分でこんなこと噂にするってどんな気持ちなんでしょうね!」
落ち着いたレモンは静かに毒を吐いた。笑って誤魔化してはいたものの、おそらく少しは怒りの気持ちもあったのだろう。
「おそらく浅利先輩との噂を流したのも山本先輩だ。ニックネームだけじゃなくて、IDも同じだから」
「でもどうしてわざわざ自分の恋愛に関する噂なんか流すんでしょうか。噂されたくない気持ちなら分かるんですが、その逆は理解できませんね」
レモンは噂されることが多そうだから、そういうのを毛嫌いしていてもおかしくはない。現に噂版では既にいくつかレモンに関する噂が流れているみたいだったし。
「何かメリットがあったんだとは思うんですけどね…………」
「メリット?噂されることで?」
二人して考え込む。メリットは一体何だろうと考えてみても、どうも単純な回答すら出てこない。しばらくしてレモンが「こういうのはどうでしょうか」と話し始めた。
「山本先輩は自分と浅利先輩の二人に注目を集めたかったんです。なぜなら公演が近かったから。両思いの噂が流れている二人が恋愛作品の主人公とヒロインを演じるというのは話題性としてはぴったりじゃないですか?演劇部は今年部員を獲得しないと来年以降がまずいって話でしたから、どんな手を使ってでも注目を集めたいはずです」
「なるほどねぇ…………でもそれ逆効果じゃないかなぁ」
「どういうことですか?」
「二人が両思いだって噂を流したら、あの二人を目当てにして入部してくれそうな人物が入るのをやめちゃわないかな」
演劇部がどんな手を使ってでも部員がほしい、という状況であれば、浅利先輩と山本先輩目当て、つまり恋愛感情を持って入部してくる生徒をわざわざ減らすような噂を流す意味が分からないのである。
「確かに話題性はあるから新入生勧誘の公演には人が集まるだろうけれど、それで入部しようとはならないんじゃないかな」
「…………確かにそうですね」
レモンが再び黙って考え始めたところで一度飲み物を用意するため離席することにした。
階下のキッチンに入ると続きのリビングでは父さんと母さんが並んでテレビを見ていた。母さんはマグカップにコーヒーを入れる僕に気づくと憤った様子で捲し立てた。
「健介、ちょっと聞いてよ!この人テーマパークでサプライズプロポーズ考えてたんだって!信じられない!」
「待って待って!一個の案としてあっただけだって!」
「普通そんなこと考えつくかないと思うけど!」
「いやいや、俺はプロポーズのために色々調べて、いろんな案を考えてたから、そのうちの一つだったってだけで!」
テレビではこの前とは別のテーマパークの特集が放送されている。なるほど、そういう経緯か。
夫婦喧嘩に割り込む勇気も度胸も僕にはない。多分あと10分もすればいつものようにいちゃいちゃしだすんだから、放っておくにかぎる。
「お幸せに~」と声をかけて自分の部屋に戻る。これ以上あの場にいたら入れたコーヒーが甘ったるくなってしまいそうだった。
「お帰りなさ~い。なんか言い争ってるみたいな声が聞こえてましたけど、何かあったんですか?」
「あれ?ミュートしてかなかったっけ」
よいしょ、と椅子に座り直すと先にレモンの方から声がかかった。どうやらミュートをかけ忘れていたらしい。部屋の扉とキッチンの扉を開けっ放しにしていたので階下の両親の
「ごめんごめん。両親がしょうもないことで喧嘩しててさ」
「えっと…………それは大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫。うちの両親普段はめちゃくちゃ仲いいから。さっきの喧嘩だってほんと些細なことだったよ。ほら、今テレビで関東ののテーマパークの特集やっててさ」
「はぁ…………」
「父さんがテーマパークでのプロポーズを計画してたことがあるって聞いた母さんが怒っちゃったみたい」
「それは怒ることなんですか?特に悪いことじゃないのでは…………」
レモンの声に困惑の色が混じる。確かに今のでは説明不足だった。
「父さんが計画してたのはサプライズプロポーズだったんだよ。ほら、レモンも聞いたことない?隣の県のテーマパークにあるお城の前の広場でプロポーズすると絶対に成功するってジンクスみたいなの」
「あー、話くらいは。中学の時、クラスメイトがそこで告白するとか言ってたのを小耳に挟んだくらいですが」
「母さんそういうジンクスみたいなの嫌いでさ。それにそういう卑怯くさいやり方も嫌いだって」
「卑怯、ですか?自分の想いを伝えることは卑怯でもなんでもないと思いますが」
レモンはあまりピンと来ていない様子だった。
「それが一対一の場合だったらそうだろうね。でもテーマパークの広場には他にも若者がいっぱいいて、皆がそのプロポーズに注目してるって状況だとどう?」
「どうって…………なるほど。周囲の人々の期待によって断るという選択肢を潰しているんですか。それは卑怯ですね」
「ま、全員が全員そういう意図でやってるわけじゃないとは思うけどね。てことで、あんまり大した喧嘩じゃないから、気にしないでよ。多分もう仲直りしていちゃついてると思うし」
いつまでも両親の話をしているのも気恥ずかしいので、元の話に戻そうと会話を誘導しようと試みる。しかしレモンから返事がない。
「レモン…………?どうかした?」
「ああああああ~~~~!!!!!!!それですよ!!!!」
気になって問いかけると、何かひらめいたらしいレモンの叫び声がイヤホンから僕の耳へと響いた。耳が痛い!
「ちょっとレモン~いきなり叫ばないでよ…………」
「ごめんなさい!でも気づいちゃったんです!」
「何を…………?」
「何故山本先輩が噂を流したのか、そしてあの手紙の内容を!」
◆◇◆◇◆
「と・も・か・く!私たちに友達がいないことはどうでもいいんです!今回の事件に
直接の関係はありません!」
数々の哀れみの視線に動揺したのか、レモンの頬は少しずつ赤く染まっていった。思っている反応とは別だったのだろう。あ、レモンが木崎さんに捕まって抱きしめられヨシヨシされ始めた。よほど哀れに思われたのだろう。
レモンは彼女の拘束から抜け出すと、むりやり話を戻した。
「先週の水曜日から金曜日の三日間、部室に訪れたのは私たちの他に壇上にいるこの五人だけだったので、この花手という人物はこの中の誰かになります。しかしそのうちの三人、井上先輩と木崎さん、西峯さんには私たちが仮入部である事は自己紹介の段階で伝えてあります。加えて浅利先輩は木崎さんから私たちのことを聞いているはずです。つまり、この花手は山本先輩、あなたということになります」
何か言い返してくるかと思っていたけれど、彼は沈黙を貫いた。もはや何を言っても無駄だと悟ったのだろうか。
「山本先輩が金曜日に部室を訪れた時、私に対して「もう入部者がいたのか」と言いましたね。しかし私はどちらでも変わらないからとわざわざ否定しませんでした。それに何故演劇部に入部したのかと尋ねられたとき、私は慌てて「気になっていたから」と思ってもいない返答をしてしまいました。実際は依頼で仮入部しただけでしたが、本当のことを言うわけにもいきませんから。しかし、山本先輩その私の適当な返事を聞いてあなたはこう思ったんでしょう。ああ、この子も僕のことが気になって入部を決めたんだ、と」
これが真実なら、とんだナルシスト思考だけれど、そう考えると辻褄が合う。それに山本先輩目当てで入部する女子は少なからずいるわけだから、そういう考え方になるのも不自然ではない。レモンが山本先輩目当てで入部した、なんて僕たちからすれば突飛に思える噂が出来上がったのはそれが原因なのだ。
「さて、結論を出しましょう。どうして山本先輩、あなたは自分と浅利先輩が両思いであるという噂を流そうとしたのか。そしてどうして無くなった手紙を皆に隠れて探そうとしたのか。それらをつなぎ合わせると、一つの結論に辿り着くことが出来るんです」
もはやここはレモンの独壇場といった感じで、周りの人は皆僕の推理を待っていた。レモンは周りを見まわし、息を整えてから言い放った。
「山本先輩、あなたは今回の公演中、浅利先輩に告白するつもりだったのです!」
その場にいる誰もがレモンの言っていることを理解できなかったに違いない。元々聞いていた僕と、手紙の内容を知っている浅利先輩、そして犯人の山本先輩以外は。
「ちょ、ちょっと待って!何それ!どういうこと!?」
西峯さんが混乱した様子でレモンに迫る。後ろから同じように混乱した様子で木崎さんも続く。
「もちろん、ちゃんと説明しますので、落ち着いてください」
レモンは両手で西峯さんと木崎さんの肩を押さえて引き離す。
「もう少し詳しく言うと、山本先輩が告白しようと考えていたのは公演の最終シーン。主人公がヒロインにラブレターを読むシーンでしょう」
「うん、もともと告白シーンはあるけど…………」
「おそらくヒロインの名前の部分を浅利宙花に改変したりするつもりだったんでしょう」
西峯さんは正に絶句と言った様子で口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返していた。
「どうしてそんなことを画策したのかについては分かりませんが、山本先輩が告白しようとしているということを前提に考えると、今までの全ての謎が紐解けるんです」
レモンは右手の人差し指を立て、「まず一つ目」と続ける。
「どうして噂を流したのか、についてですが、山本先輩達を祝福するオーディエンスが必要だったんです。例の噂を流したことで一部の生徒は演劇自体ではなく、その主演を務める二人の関係に注目して公演を見に来ることでしょう。両思いの二人が恋愛関係を演じるだなんて、噂好きの人にとっては最高に違いありませんから」
ゴシップ好きはみな恋愛話が大好きだ、と言い切ることはできないにしても、恋愛好きが多いのは疑いようもないだろう。
「どうしてそういった観客が必要だったのかといえば、必ず告白を成功させるためでしょう」
「観客がいたからって成功するとは限らないんじゃないか?」
井上先輩は動揺を面に出さないように努めているようだった。あくまで冷静にレモンの推理に間違った部分がないか確かめなければならないとしているのだろう。
「いえ、山本先輩にはそうすることで必ず成功する自信があったのでしょう。なぜなら相手が浅利先輩だから」
「浅利だから…………?」
井上先輩の視線につられて浅利先輩の方を向く。彼女の表情は微動だにしておらず、どう思っているのかはよく分からない。
「私は浅利先輩ほど演劇に対して真剣な方を見たことがありません。毎日何時間も、それこそ部活に来ていない間だって自宅で稽古を繰り返すくらいですから。浅利先輩の演劇に対する思いが並々ならぬものであることは、皆さんも知っているんじゃないですか?」
レモンの問いかけにほとんどの部員が首を縦に振った。浅利先輩の気持ちについてはたかが一週間一緒にいた僕とレモンにも伝わっているのだから、一年ないしは二年を共に過ごした部員達は言うまでもなく分かっていることだろう。
「そんな浅利先輩だからこそ、告白を断ることはできないんです。周りの皆は二人が付き合うことを期待して公演を見に来ています。そんな中自分の気持ちに従って告白を断ったら演劇が台無しになってしまうじゃないですか。でも自分の気持ちを抑えて告白を受ければ一応はハッピーエンドとして公演はまとまるんです。つまり、山本先輩が噂を流したのは浅利先輩から逃げ道を奪って必ず告白を成功させるつもりだったんです!」
この場にいる全員の非難の目が山本先輩に注がれていく。それは本田先輩達を始めとする彼のことを好ましく思っていた女子達も例外ではないようだ。恋は盲目とは言うが、さすがに彼のやろうとしていたことは人として許されるものではない。
むしろ本田先輩は修羅を纏ったがごとき強烈な怒気を発している。好意が強ければ強いほど反転したときの悪感情も果てしないのだろう。
対して山本先輩の額には大粒の汗が浮かんでいる。もはやこの場には敵しかいないと気づいたのだろう。
「しょ、証拠はあるのかよ!」
「もちろん、と言いたいところですが、今私の手元にはありません」
「はっ!証拠もないんじゃ全部君の想像にすぎないじゃないか!」
「いやいや、私の手元にはないというだけで、この場にはありますよ」
レモンはもう山本先輩はどうでもいいといった感じで完全に背を向け、浅利先輩の方を向いた。
「持ってきてくれましたよね?」
「ええ。もちろん」
浅利先輩の手元にはいつの間にか手紙が握られている。
「見せていただけますか?」
「まだダメ。どうして私が見せようとしないのか、説明してみせてよ。探偵さん」
「分かりました!では続けてどうして浅利先輩は手紙の内容を知っているのに誰にも言わなかったのか、そしてどうして髪を切ったのかについて説明しましょう!」
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