第3話

 僕の高校が位置する市は大体正方形のような形をしていて、その中でも高校は北西の小高い山の上に建てられている。だから南中は市内を縦断しないとたどり着けず、徒歩で向かうとおよそ一時間くらいはかかりそうだ。



「じゃあ、私の推理を発表しますね」


「では、よろしくお願いします、探偵さん」


「はい!」



 僕たちの探偵と助手ごっこはどうやら本当になんらかの謎の真実に迫っている感覚があった。僕としては友達の嘘をなんとか見破って鼻を明かしてやりたいという気持ちが芽生えていた。



「まず、その手紙は一体誰が書いたのでしょうか」


「え、もしかして分かったの!?」


「いいえ、誰なのかはまだ。でもそれがどういう人なのかはある程度の予測が付くと思っています」


「すごいね」


「もう!褒め言葉は推理を聞いてからにして下さいよ」


「ごめんごめん」



 それにしても、彼女は本当に物語の中の探偵のようなのだが、加えて探偵には似つかわしくない子供っぽさを持っていた。それはまるで探偵に憧れる子どものお遊びのようで、その推理はしっかり的を射ている。



「先輩、今日って何月何日ですか」


「え?四月九日だけど」


「始業式は四月六日ですよね」


「そうだけど」


「そして手紙が見つかったのが四月八日。浩さんはその手紙を朝練前に見つけたんですよね」


「ああ、そう言ってたよ」


「では手紙が机の中に入れられたのは四月七日の放課後であると想定できます」



 一体何を話しているのだろうか、手紙が机に入れられた日時が大切とでもいうのだろうか。僕が意図を考える間もなく、探偵は話し続ける。



「そして、ここで先輩に一つお聞きしたいんですが、先輩のクラスではもう席替えをしたんじゃありませんか?」


「え、そうだけど、そんなこと言ったっけ」



 そんな情報は話していないはずなのだが、どうやらこの探偵には席替えの有無すらも必要な情報であるらしかった。



「いえ、先輩の録音してきてくれた会話から推理しました。先輩方の最後の会話ってチャイムがなって着席した後のものですよね」


「その通り」


「着席した後も会話が録音に入るということはお二方の席は隣にあるはずです。でも新しいクラスになった時って普通は席順を五十音順に並べているじゃないですか。だったら相原浩はほぼほぼ一番左の席のはずです。席替えでもしていないと東野と相原が隣の席になることはほとんどありませんからね」


「お見事と言うほかないな。僕のクラスでは担任の先生の意向で始業式の次の日、つまり七日に席替えをしたんだよ。浩は僕の一つ前の席だ」


「あ、やっぱり七日でしたか、これで昨日に席替えしてたなら何の訳にも立たない推理だったんでよかったです」


「まあ、席替えはしたんだけどさ。それと手紙の差出人と何の関係があるんだ?」



 席替えをしたことを見抜いたのは凄いことだとは思うが、それが手紙の差出人とどう繋がっているのかがさっぱり分からない。



 レモンはその質問を待ってましたとでも言いたげに、見ていて少しイラッとするレベルのドヤ顔をしていた。



「じゃあ、差出人はどうやって浩さんの席を特定したんでしょうか」


「え、そりゃ誰かに聞いたんじゃないか?クラスメイトとか」


「それは考えづらいと思います。だってわざわざ手紙に名前を書かないような差出人ですよ?万が一にも自分の正体がバレるような行為は避けるはずです。だから、差出人はおそらく最初から浩さんの席を知っていたんです」


「つまり、クラスメイトのなかに差出人がいるってこと?」


「私はそう考えています」


「うーん、ちょっと根拠が弱くないか?休憩時間とかに覗きに来るだけでも席は特定できそうなもんだけどな」



 なんとしてでも手紙を出そうと考えるのなら、それくらいはしてもおかしくはなさそうだ。外部犯という言い方はおかしいけれど、クラス外の生徒の可能性が消されるのはどうも納得がいかない。



 しかし、それもどうやら想定済みだったらしい。だんだんレモンのドヤ顔がうざく感じてくる。



「覗きに来ることは可能かもしれません。しかし、席替えしたことは一体どうやって知ったのでしょうか」


「……確かに」


「どのタイミングで席替えを行ったのかは知りませんが、先生の意向だとするならば、偶発的に席の位置が変わってしまったことになります。更にその日授業があってずっとその席に座っていたのなら何処かで見る機会はあったでしょうが……」


「そうか、その日は健康診断とか、身長、体重の測定があったからほとんど教室にいなかった……」


「ええ、私もよーく覚えていますとも。中学二年生から伸びない身長、なのに増える体重、そして一向に大きくならないバストサイズ……なんどもなんども恨み倒しましたからね……ウフフフフフフフ……」



 なんだか話が逸れた上に闇落ちしそうだったので頭にチョップをかまして正気を取り戻させる。レモンの身長は中学生の平均くらいなのだろうか、小学生だとは思わないが、高校生とも思わないくらいだ。自然と手を振り下ろすだけで手は頭のてっぺんにあたった。



「あー!暴力だ!暴力いけません!」


「何をいう。探偵が闇落ちしそうだったのを救っただけだ。ついでにいうなら男子の前でそういうデリケートな話をしない!はしたない!」


「それはごめんなさい!話を戻しましょう!」



 そういってレモンは一つ咳払いをすると、先ほどの闇を抱えてハイライトの消えた笑顔からドヤ顔に戻した。その表情じゃないと推理を発表できないのかこいつは。



「それと、差出人がクラスメイトであるという証拠はもう一つあります」


「まだあるのか」


「ええ。ところで先輩って放課後いつも自分の席で強制下校時間まで本を読んでいるんですよね」


「そうだけど」


「じゃあ手紙は一体いつ机の中に入れられたのでしょうか。


「…………え?」



 確かに、僕は七日ずっと教室で本を読んでいた。いくら本に集中しているとはいえ、流石に誰かが目の前の席の中に手を入れているのを見ていないのはあり得ない話である。ただそれだと新たに謎が生まれる。



「でも、それはクラスメイト関係なく誰にも出来なくないか?」


「いえ、一つだけタイミングがあります」


「タイミング?」


「はい。ホームルーム後の教室掃除の時間です」


「ああ!なるほど!」



 確かにそうだ。その日僕は当番じゃなかったから掃除の邪魔にならない程度に自分の席に座りつつ本を読んでいた。その掃除の時間中であれば席の移動などで机に触れても僕は違和感に思わなかっただろう。ただ、誰が浩の机を触っていたのかなどは覚えていなかった。



「そこでなら誰にも疑われず浩の机に手紙を入れることが出来るというわけか」


「はい。そして最後に。手紙に時間の指定がないということは、時間はいつでもよかったということです。つまり、差出人はずっと浩さんの動向を見張っていて、いつ何時目的の場所に行こうとしても対応できる人物、そう、クラスメイトくらいじゃないですか?そんなの。私の推理はそんなところです」


「いや、本当に脱帽だよ。本物の探偵、いや名探偵だ」


「いやーそれほどでも?あるかも?」



 照れ方がどこか気持ち悪いが、顔がいいので全てが許される。それに気持ち悪さを帳消しにするくらいにとんでもない推理だ。改めてレモンに手伝ってもらって良かったと思った。僕一人では真相に辿り着くどころか、もう諦めていたに違いなかった。



 レモンは褒められて嬉しいのかくるくる回ったりスキップをしながら前に進んでいく。この子すごいんだけどなんだか危なっかしいから目を離してはいけなさそうだ。


「ん?じゃあその日の掃除当番を特定して話を聞くのがいいんじゃないのか?」


「話さないと思いますよ、少なくとも私たちには」


「そっか、僕たちって部外者だもんね」


「ええ、浩さんにしか話せない訳があるはずですから」


「それに、掃除当番って大体五、六人のグループじゃないですか?その中の誰かしっかり特定できてない状態で話しかけても警戒されるだけかと。その子が実は先輩と仲がよかったりしたら別ですけど」


「残念ながら僕に友達は少ないかな。知り合いは多いかもしれないけど」



 悲しいかな。昨年度一年間を通して僕に増えたのは、深く語り合える友人ではなく、会えば話しはするくらいの知り合いばかりだ。まあそれもこれも僕は本をずっと読んでいたから、というはっきりとした原因を理解しているため、何とも思わないのだけれど。



 話が一区切りしたところで、現在何分くらい歩いただろうかとふと考える。南中までの道は意外と起伏が多く、運動不足の僕の足はそろそろ棒になってしまいそうである。道中にはこれでもかと桜の木が生えており、一つ一つ確かめていきたい気持ちはあるけれど、レモンは何か確固とした目的があるようで、通りの桜には目もくれず、楽しそうに道を進んでいく。



「それで、差出人がクラスメイトだってことは納得したけど、それが今南中に向かっていることに繋がるんだ?」


「繋がるかもしれないし、繋がんないかもしれないってところですね。今の段階で断定は出来なさそうです。ただ南中には手紙の中に書かれていた『桜』の手がかりがあるはずなんです」


「南中に桜の手がかりねえ……」



 レモンは一体何を考えているのだろうか。浩の母校と『桜』に何の繋がりがあるというのだろう、と僕も少し考えてみることにした。



 そもそも浩は学校外で思い出の場所などないといっていたし……と考えたところで、僕が浩をまだ無条件で信じようとしていることを自覚した。浩は僕に嘘をついた人間だ。彼の言葉にもう嘘が混ざっていないなどと、どうして言えるだろうか。



 つまり、思い出の場所がないというのも嘘だとするならば、中学校に調査に向かうのも間違いではないのかもしれない。浩の過去を遡ることがこの手紙の謎を解き明かす手がかりになっているのは間違いがなさそうだ。



 浩は一体どうして僕にまで嘘をつくのだろうか。そして嘘をついてまで僕にこの手紙を僕に託す必要があったのだろうか。



 その謎も全てこの探偵レモンだったら解き明かしてくれるのではないかという信頼が芽生え始めていた。

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