最悪の白い刺客再び!? 唐突に訪れた惨劇

 その時、ドアについている覗き窓にフィオが眼球を近づけた……。するとマルコが叫ぶ!


「ダメですッ!! フィオさん離れ──!!!」

「!?」


 ズトンッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!


 その時、覗き窓から太く長い針が飛び出してきた!! フィオの手をマルコが勢いよく引っ張ったことで、間一髪フィオは針に眼球を貫かれずにすんだ。フィオは後方に引っ張られた勢いで尻もちをついてしまう。被っていた帽子キャスケットが床にパサっと落ちた。「なんだ、敵か!?」と大きな音に驚いて眠っていたニオが目を覚ました。


 ブワァンッ!


 全身から金色のオーラと顔半分に竜の鱗を浮かび上がらせて、マルコが竜人に変化する。そして混乱状態で動けないフィオを抱き締めて全力で後退した。


「二人は隠れてください!」

「マルちゃんはどうする気っスか?!」

「いいから早く!」


 竜人のマルコが強めに言うと、フィオはニオを強引に引っ張ってベッドの下に押し込んだ。そして自分も隣のベッドの隠れる。マルコはドアを睨んだまま、いつでも動けるようにしている。


「──あら残念。外しちゃったわ」

「……ッ!」


 ドアの向こう側から声が聞こえてきた。その無感情な女の声を聞いたマルコは背筋に緊張が走り、一瞬で危険だと判断した。そのとき部屋のドアがゆっくり開かれる。


 ガチャ。キィ──。


 ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン。


 心臓の爆音がマルコの全身を激しく殴りつける。一瞬のまばたきすら命取りになることを直感でマルコは理解していた。そしてマルコの目の前にその女が姿を現して言った。


「こんばんは、お邪魔していいかしら?」


 両手を後ろで組んでいる女が小首をかしげてマルコに言った。女は白くて長い髪を腰まで伸ばしており、その瞳は血のように赤黒い色をしていた。胸元が開いたワインレッド色のドレスに身を包み、黒いヒールを履いている。


 その姿を隠れて見ていたフィオは戦慄せんりつした。なぜならその女のことをフィオは知っていたからだ。ベッドの下でフィオは息を殺す。マルコは不気味な女を睨み続けた。マルコが睨んだまま警戒していると、女が言う。


「初めましてかしら? 私はゾイ・ゲルヴィラ。よろしくね坊や❤」

「……どちら様ですしょうか? あいにくデリバリーを頼んだ覚えはないですよ?」

「あらやだ、おませさんね。お姉さんと“そういう行為こと”がしたいのかしら❤」


 ゾイと名乗る女は左手の中指と薬指を股に添え、右手で左胸を揉みながらニタニタわらってマルコを見下ろした。赤面したマルコは慌てて反論する。


「ち、違います//// フードデリバリーとかそういう意味です!」

「ふふふ……可愛い坊や。突然のことで驚いたと思うけど安心していいのよ」


 ジャキン!

 

 するとゾイは後ろに手を回して何かを抜いて見せた。その両手には細長い針のような短剣スティレットが握られていた。短剣スティレットの持ち手の柄にリングの装飾があり、ゾイは中指を短剣スティレットのリングに入れてブンブンと高速回転させて大道芸の様に扱いだす。右手の短剣スティレットのみを逆手に持ち替えて、ペロッと一舐めしたゾイがマルコに言った。


「今すぐ“楽に”してあげるから──」

「!」


 ゾイが膝を軽く曲げて腰を落としたのをマルコは見逃さなかった。マルコは全身に鳥肌が立ち、無意識に体が危険の回避に動こうとした。そしてゾイが今にもマルコに向かって飛び出しそうになった瞬間だった。


「──お待ちくださいゾイ様!」


 するとゾイの背後からもう一人の小柄な鬼族の少女が現れた。髪の毛は桃色ピンクで、長さは首筋が見えるほど短くカットされている。左右の頭部から小さな黒い角が二本ほど上を向いて出ているのが分かる。服装は純白のメイド服を着ていた。


 するとゾイが桃髪の少女に言った。


「ルルちゃんって言ったかしら? 目撃者は始末した方がいいと思うのだけど。本当にいいの?」

「構いません。ベガ様から殺せとは命令させていません。ゾイ様の仕事は『逃げた鬼族の捕縛』です。それ以外の殺しは必要ありません」

「あらそう……残念」


 つまらなそうにゾイが言った。するとルルと呼ばれた少女が言う。


「それに、ゾイ様は“緑髪の死神”を探しているのではありませんでしたか? 情報を聞き出す前に殺してしまって良いのですか?」

「あ、そうだ。いっけない! 彼について聞く前に殺しちゃったらダメよね。ねぇ坊や。ココに『緑髪の死神』さんが宿泊してるって聞いてるんだけど……どこにいるのかしら? 教えてくれない?」


 ゾイがマルコに訊ねる。マルコは額から一粒の汗を流しながら言う。


「死神? 誰ですか? そんな人、ボクは知りません」

「…………………………隠すとためにならないのだけど?」

「知りません」

「……まぁいいわ」


 ダンッ!


「!」


 次の瞬間、マルコは強烈な腹部の鈍痛によって悶絶する。マルコは無意識にゾイの攻撃を避けようとしたのだが間に合わなかった。ゾイが細長い針のような短剣スティレットの柄で腹部に打撃を加えたのだ。

 

 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクッッッッッッッ!!!


 それでもゾイは止まらない! 短剣スティレットで連続で刺し、腕や太ももを集中的にマルコの身体を穴だらけにした。


「ゾイ様!」

「大丈夫。死なないように刺したから❤」


 ルルが叫ぶとゾイが笑って応えた。マルコがその場で倒れてしまう。それを見下ろしながらゾイが言う。


「でも驚いたわ。私の殺気に気づいて避けようとしたでしょ? 勘のイイ坊やね。ステキよ❤」

「あぁ……が! がはっ! あ……!」

「でも力の使い方がヘタかしら。無駄にりきみ過ぎ。もう少し“その潜在能力”をうまく使えれば、お姉さんが“イケナイ遊び”を教えてあげてもいいくらいよ。んふふ❤」

「……ま、待てぇ!」

「動かない方がいいわよ。それ以上動いたら傷口が開いて出血多量で死んじゃうから」


 自身の腕と足をマルコが見る。不思議なことに大きな刺された穴があるのだが、そこから血が流れていない。まるでハスの様にポッカリと穴だけが開いていた。


「ぐ……あぁ……!」

「致命傷は外しておいたから死にはしないわ。ただ動けなくなるだけかしら」


 するとゾイは這いつくばっているマルコの横を素通りして笑顔でゾイが言った。


「隠れても無駄なのだけど。大人しく出てきてくれないかしら?」


 フィオとニオは返事をしない。フィオは両手を口に当ててプルプル震えている。するとゾイは部屋の中を一瞥いちべつ、そしてベッドで目が止まり、ジ……っと凝視する。そのままベッドの上に靴のまま上がり、口角を上げて言った。


「んふふ……み~つけた❤」


 ズドンッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!


「ぁッッ?! んぎぃいああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁッッ!!」


 ニオの叫び声が響き渡る。ベッドが大きく揺れるくらい、ゾイは激しくスティレットをベッドに突き刺したのだ。


 ゾイはスティレットをスルっと引き抜く。ペロ……。先端についている血をキレイに舌で舐めとって、ビクビクっと震えて興奮している。そしてベッドを降りてしゃがみ、シーツをめくりあげてベッドの下を覗いて言う。


「は~い。かくれんぼは、お・わ・り」


 ニオを見つけたゾイが嬉しそうに言った。そして、針で刺されて血まみれの足を掴んで引っ張り出す。ニオは激しく痛がり悲鳴を上げている。ゾイはニオの片足を持ち上げて逆さ吊りにしたまま言った。


「見つけたわ。ルルちゃん」

「お疲れ様です。ゾイ様」


 ルルと呼ばれた桃髪の少女が言った。ニオは喉が枯れそうになるほど大きな声で助けを求めて叫び散らしている。それを見下ろしていたルルがゾイに言った。


「ゾイ様、他のお客様のご迷惑になります。彼を黙らせてください」


 それを聞いたニオは逆さ吊りされたまま、さらに激しく抵抗して叫んだ。


「嫌だァ! 殺さないんじゃなかったのか!? 死にたくない! は、離してくれェ!」

「は~い暴れないで。大人しくしてね~❤」


 するとゾイが片手を軽く上に持ち上げる。そしてゾイが足でニオの顔面を蹴り上げた。ニオの胴体が腰を中心に「クルン」と半回転する。天地が逆転し、ニオは意識が薄れていった。ゾイは下から上に回ってきたニオの頭部をナイスキャッチ。そしてニオの顎をゾイはデコピンで「バチンッ!」とはじいた。


「ぁフん!?」


 右側面から顎を撃ち砕かれたニオの頭部が「ガクン!」と揺れる。ニオの両目が斜め上を向いて、膝から崩れ落ちた。死んではいないが、おそらく脳を揺らされたのだろう。そのまま気絶するようにニオは動かなくなった。それを確認したゾイが言う。


「はぁ……簡単すぎて退屈だったのだけど。緑髪の死神愛しの彼がいるって聞いてたから楽しみにしてたのに……」

「すべての仕事が終わった後で、ご自由にしていただいて構いません。ですので、もう少しベガ様にご協力をお願いいたします」

「分かったわ……これもお仕事だし、仕方ないわね」

「長居してはホテルの方にご迷惑になります。そろそろおいとましましょう」

「ええ、そうね」


 そしてルルが先に歩きだした。ゾイも脱力して動かないニオの服の襟元を掴み、引きずって部屋を出て行こうとする。そのときゾイはマルコに言った。


「また会いましょう、坊や。それと、そこでまだ隠れてるもね」

「……ッ!」


 フィオが叫び出しそうになる口を必死で抑えていた。マルコは腹部を押さえたまま動けず、動けずにいる。いや、実際には動くことはできる。だがマルコの体はそれを拒んだ。なぜなら『下手に動けば殺される』ということをマルコの脳と体が理解していたからだ。


 ゾイとルルが出て行こうとしたとき、ルルが立ち止まって振り返った。


「──言い忘れていました」


 這いつくばって動けずにいるマルコに向かってルルが警告するように言った。


「あなたたちの他に、まだ二人の旅人さんがいらっしゃいますね? 緑髪の方と金髪の方です」

「………………」

「お二人にもお伝えください。『余計な詮索はすると命の保証はない』と……」

「………………」

「このまま何も見なかったことにしてこの国を出て行くことをオススメします」


 そう言ってルルと呼ばれていた桃髪の鬼族の少女は出て行った──。


 ルルとゾイの足音が徐々に小さくなり、完全に聞こえなくなった。するとフィオがベッド下から飛び出してマルコの下に向かう。フィオはマルコを抱き抱えて言う。


「マルちゃん! 大丈夫っスか!?」

「がはっ……げほ、げほ……フィ、オ……さん」

「一人にさせてゴメンっス。あーし、怖くて、動けなくて……」

「ボクの、方こそ、ゴメンな、さい。守れ、なくて……!」

「何言ってるっスか! こんなに刺されて動けないのにマルちゃん頑張ったじゃないっスか! カッコよかったっスよマルちゃん!」


 フィオが言うとマルコが何とも言えない表情でうつむいてしまった。それは違う。マルコは動こうと思えば動けていた。ニオを取り戻そうとゾイに立ち向かうこともできたのだ。だがそれをマルコは拒んだ。

 その証拠にルルとゾイが出て行った瞬間にマルコは体が動くようになった。まるで死んだふりをして難を逃れようとしていたようにである。


 ミドとキールに頼まれたのに、自分の意に反して身体がニオを守ることを拒んだ。ニオの命を犠牲にして、フィオを選んだ。自分の命を優先した。そのことにマルコは驚き、同時に表情が歪んでいく。そして小さく小さく、つぶやいた。


「ボクは、臆病者の、役立たずだ……!」


                   *


 人通りが少ないホテル付近の路地裏で鬼族の少女ルルが吸血鬼族の男に金銭を渡しながら言った。


「ご協力感謝いたします。こちらは約束の報酬、7万ゼニーです」

「ありがとうございます! ホテルに案内してるときから怪しいと思っていたんですよ。わたくしの行いは“正しかった”でしょうか?」

「もちろんです。正義信愛教はあなたの行いを“正義”だったと認めるでしょう。これからも正義の神への感謝を忘れず、正しい行いを続けてください」

「当然でございます! ベガ様にもよろしくお伝えください」

「はい。お気をつけて」


 ルルが微笑むと吸血鬼族の男も嬉しそうに金銭を懐にしまってその場を去っていった。それを背後の影から見ていたゾイが現れてルルに訊ねる。


「知らなかったわ。あなた正愛せいあい教なんて信じてたの? てっきり鬼族は無神論者だとおもってたのだけど?」

「昔はそうでした。でも今は違います、神はいるんです。だから鬼族に天罰が下ったんです……。ルルには、鬼族の罪を償う責任がありますから」

「ふ~ん。鬼ヶ島に人間の勇者が攻め入ったのよね。もう十数年前になるのかしら?」

「はい。ルルを含めた家族や友人、すべての鬼族は罪を償うために奴隷として世界各地に売られました」


 そう言ってゾイが路地の壁に寝かせているニオをルルが睨んで言った。


「だからこの男が許せない……! 鬼族の罪を忘れて逃げようとしたこの男が!」

「真面目ね。十数年前っていったら、当時のあなたはまだ子どもだったでしょう? いくら同胞だからって、ルルちゃんがそこまで責任を感じる必要なんてないんじゃない?」

「そんなことは許されません……! 罪を償わなければ、鬼族は、永遠に世界に受け入れてもらえない……! これから生まれてくる鬼族の子も、すべて奴隷として一生を終えてしまう! だから……だから、許してもらえるまで罪を償わなきゃいけないんです。正しい行いを続けていれば、きっと……きっと正義の神様は、鬼族をお許しくださるはずです!」


 ルルはさっきまでの無表情だった顔をゆがめて奥歯を噛みしめ、絞り出すように言った。正義信愛教の教えでは一片の汚れも許されない。けがれを知らない純白、白紙でなければならない。


「ルルはあまり賢くありませんから……何が正義か判別することはできません。ですが、正義信愛教の司教であるベガ様なら正義を遂行できる。彼に従うことこそ正義なのです」

「盲目的ね、私なら耐えられないわ。もしベガが『正義のために死ね』って言ったら、あなたはどうするのかしら?」

「……ルルは、鬼族の同胞すべての罪が許されるなら、この命だって捧げます」


 そう言ってルルはいつもの凛とした表情に変わり、冷たく言って歩き出す。ゾイは何も言わず、ルルの後について行った──。


                   *


 現在時刻、19時49分。ホテルの入り口前。


「キールも半分持ってよ~」

「何でそんな大量に買ったんだよ?」

「だって手ぶらで帰ったらフィオ絶対怒りそうだし……」


 ミドたちの滞在期間は三日しかない。活動的なフィオにとって貴重な一日をホテルに缶詰めにさせられることは苦痛だったはずだ。お土産もなしに帰ったら十中八九フィオが大騒ぎする。

『お土産もなしなんて信じらんないっス! 一日中監禁されて日光に当たれなかったから重度のうつ病になったっス!! も~お腹空いたっスよおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉ!! 今から外に食べに行くっス! ついでに夜のカジノに行って遊ぶっスぅ!!! 軍資金を要求するっス!!!』とわがままを言う姿が目に浮かぶ。


 キールが呆れた表情でミドを見る。お土産を持ったミドはフラフラして歩きにくそうだ。両手に紙袋に入った沢山のお饅頭、プラスチックの入れ物に入ったほっかほかの焼き鳥やフランクフルト。安っぽい紙の入れ物に入ったフライドポテト。チョコバナナにリンゴ飴まである。お祭りの帰りみたいなその姿を、キールは呆れながら見ていた。


 キールは情報屋を見事見つけ出し、カジノ『ラグナスタワー』の正確な図面を手に入れた。


 ミドはカジノ現地の下見をするために、酒場に行って用水路清掃の仕事を探しに行った。だが残念ながら既に清掃を終えた後らしく仕事はなかった。しかたがないのでミドはカジノの周辺を見に行った。内部の正確な道は分からないが、外観だけでもある程度の予想はつく。キールが手に入れてくるであろう図面と合わせればおおよその見当はつくだろう。


 それとついでにミドの森羅の種をラグナスタワーの周囲に蒔いておいた。ミドの合図で発芽して一気に植物のツルが巻き付いていき、外からでも上に登って侵入することもできるだろう。用水路が通れなくなった場合の対処法の一つに過ぎないが、無いよりはマシのはずだ。


 そんなこんなで一日かかって情報収集を終えたミドとキールの二人は無事ホテルに帰宅した。


 キールが先にチェックインし、ミドが後ろからフラフラ千鳥足ちどりあしでついて行く。エレベーターに乗って部屋の階まで上がり、二人は廊下に出て行く。ホテルの廊下を歩くミドとキール。


「!」

「どうしたのキール? え、待ってよ!」


 すると部屋に到着する30メートル手前で異変に気付いたキールが走り出した。ミドはお土産で前が思うように見えずにいたが、キールを追って走り出していった。


 ──部屋のドアが開きっぱなしだったのだ。


 キールが真っ先に部屋の中を確認しようとし、一旦冷静になる。まだ中に敵がいるかもしれない。もしそうなら不意打ちすることだって可能だ。今考え無しで入るより、中の様子を確認するのが先決だ。


 キールはドアの前でしゃがんで懐から手鏡を出す。そしてそ~っと部屋の中を鏡で確認する。鏡越しに見えるのはマルコがベッドで寝ており、それをフィオが心配そうに見ている姿だった。


 それを見て敵はいないと判断したキールが中に入り、マルコの身体を見て驚愕した!


 あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな あな


 マルコの腕と足がハスの様に穴だらけにされているのだ。キールがマルコに問いただす。


「マルコ、どうしたんだその傷は!?」

「キー、ルさん……ごめんなさい、ごめんなさい……!」


 マルコがキールの声に気づいて申し訳なさそうに言った。するとフィオがキールに言う。


「キール!? やっと帰ったっスかァ!! あれ、ミドくんは??!」

「ここにいるよ。……何があったの?」


 その声と共にミドが部屋の中に入ってきた。ミドも瞬時に状況を理解している様子だ。ミドは持っていた荷物をテーブルの上に置いた。ミドとキールが不在の間に何があったのか、フィオとマルコは説明した──。


「………………」「………………」


 フィオとマルコの話を聞いてミドとキールは目を見開いて驚きを隠せずにいた。ミドが言う。


「ゾイって……キール」

「ああ、前に立ち寄った国でミドが倒した吸血鬼女だな。たしか『ゾイ・ゲルヴィラ』っていったか?」

「うん。生きてたみたいだね……」


 フィオが言う。


「あの女、ミドくんを探してるって言ってたっス。あのサイコパス吸血鬼女はヤバいっス! さっさと逃げた方がいいっス!」

「やれやれ、厄介なストーカーに狙われちゃってるみたいだね~……」


 ミドは飄々としつつも、うんざりするようにため息をつきながら言う。フィオが続けて言う。


「それと“ルル”って鬼族のもいたっスよ……」

「!」


 それにキールが反応した。フィオがさらに言う。


「ルルって子にこれ以上詮索はするなって言われたっス。深入りしたら命の保証はないっス! あの吸血鬼女が味方してるっていうならなおさらっス! ヤバいっスよ!」


「……ボクもフィオさん賛成です。対峙してよくわかりました、あの吸血鬼を敵に回すのは危険です。ミドさんを狙ってるみたいですし……滞在期間はまだありますけど、すぐにでも出国してココを離れるべきです。この傷なら心配ありません。安静にしてれば治ると思います」


 マルコも深刻そうな表情で言う。ミドとキールはフィオとマルコの話を聞いて表情が固くなっていく。するとキールがフィオにたずねた。


「──フィオ、そのルルって鬼族は……どんな女だった?」

「え? なんかすごい冷たい印象の女の子だったっス。なんか、悪の女幹部って感じだったっス。優しさの欠片も感じられなかったっスよ。あの吸血鬼女を雇ってるっぽかったっスから、どうせロクな女じゃないっスよ! あの目は絶対に今まで何人も殺してきたヤツの目っス!」

「………………………………………………………………」


 キールは沈黙して聞いている。すると突然キールが何も言わず、部屋を出て行こうとする。部屋のドアの前まで行くとミドが無言で立ちふさがる。ミドが言う。


「キール」

「………………」

「どこに行くの?」


 ミドがキールをとうせんぼうする。何も言わないキールに向かって微笑みながらミドが言った。


「こんな時間に外に出かける気? 一人で夜遊びなんてキールは不良さんだね~」


 ミドとは対照的にキールの表情が険しくなる。ミドは一歩も引かず、微笑んだままである。するとキールが冷たく言い放った。


「止めるなよ、ミド」

「そうはいかない。キールは女のことで頭に血が上ってる。冷静じゃない仲間を放ってはおけない」

「オレは冷静だ」

「いいや冷静じゃないね。敵にゾイがいる以上、迂闊な行動は命取りになる。幸いちょっかい出さなければ見逃すつもりのようだし、今は冷静になって明日行動を開始した方がいい。ボクも一緒に行く」


 するとキールは奥歯を強く嚙みしめた。そして何も言わず部屋を出て行こうとミドを退けようとする。しかしミドは抵抗して出口を遮った。キールはさらにイライラして言った。


退けよ」


 ミドは一ミリも動かない。


「──チッ」


 ガッ!


退けってってんだろうがッッッッッッッッッッッ!!!!」


 ミドの態度にイラ立ったキールが胸ぐらを掴んで怒鳴り声をあげる。それでもミドは動揺を見せなかった。

 フィオとマルコが驚いて止めようとするが、手を出すなと言わんばかりに片手を突き出すミド。フィオとマルコはミドに睨まれて静止する。キールに真剣な目を向けたミドが言う。


「何と言われようと、ボクは退かない」

「──ッ!」


 ドンッ!


 突き飛ばすようにミドをドアに叩きつけてキールが手を離した。ミドはその衝撃で少しだけよろめく。するとキールはミドを無視して窓の方に向かって歩いて行く。そして窓を全開にした。カーテンが風でめくれ上がる。様子がおかしい。するとキールが言った。


「これは、オレの問題なんだよ……!!」

「待ってキール! ダメだ!」


 その瞬間、ミドが両目を見開いてキールに向かって走り出す。


 ダンっ!


 遅かった。キールは窓から飛び降りてしまった。キールは鬼紅線きこうせんを使ってあっという間に降りて行き、夜の街に消えて行ってしまった。今から階段で降りても間に合わない。


「どうしてだよ……」


 そうつぶやき、窓から飛び出していくキールの背中を、ミドは黙って見ているしかできなかった。


 ミドが立ち尽くしたままでいると、それを背後からフィオとマルコが心配そうに見ている。フィオがミドに声をかけた。


「ミドくん……」

「! ゴメンね二人とも……」


 ミドとキールが口論することは今までにもあった。しかし今回は少し違うようだ。フィオは心配そうな声色こわいろで、つぶやくようにミドに言った。


「キール、大丈夫っスかね?」

「………………大丈夫だよ」

 

 フィオも心配にキールが出て行った窓を見つめた。その後ろから会話に入れずにいるマルコもおろおろしながらミドをフィオを交互に見つめる。最悪のストーカーに命を狙われて、挙句に仲間とケンカ別れとなった。ミドはヘラヘラしつつも少し悲しそうにつぶやいた。


「はは……こりゃ、参ったね~……」


 キールが出て行った窓の先を、ミドはしばらく見つめていた。


                   *


「ルル……どこにいるんだッ!」


 キールは一人、夜の街を鬼紅線で飛び回り、カジノがあるラグナスタワーに向かって行った──。

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