人族と吸血鬼族、吸血禁止法とベガ・ラグナスの歴史。
「ちょ! 誰っスか!? 名を名乗るっス!」
驚いたフィオが叫んだ。ミドたち全員が振り返ると見知らぬ男が立っており、キールに話しかけてきた。
「これは失礼しました。旅人のキール様ご一行でございますね?」
「そうだが、あんたは?」
「やはりそうでしたか! ようこそベガ・ラグナスへ! 申し遅れました。案内局より
案内人の男は元気いっぱいでハキハキとした口調で言い、笑顔を見せてきた。その口から鋭い牙が見える。肌はとても白く、キールと同じくらい透き通っている。おそらく吸血鬼族の男だろう。
キールが男に訊ねる。
「そうか、よろしく頼む。アレが噂の世界最大のカジノなのか?」
「その通りでございます! 観光客の方々は皆、あのカジノを見て驚かれます」
「漏電してるみたいだが、大丈夫なのか?」
「問題ございません! カジノもエンターテイメントの一種ですから、あれぐらい派手な演出は必要なのです!」
どうやら電流は演出らしい。たしかに電気が目視できる状態の建物を見たら、みんな注目せざるおえない。すると案内人の男が言う。
「ホテルまでご案内いたします。その道中、この国についてお話ししましょう」
「分かった」
キールは短く言うとミド、フィオ、マルコを手招きして5人で案内人について行った。
案内人の男は嬉しそうに歩き出す。どうやら訪れる旅人や観光客に国のことを話すのが趣味なのだろう。聞いてもいないのにペラペラと、ベガ・ラグナスについて教えてくれた。案内人は誇らしげに国の自慢を始め、キールはそれに対して失礼にならない程度に相槌を打ちながら話を聞いてあげた。
ベガ・ラグナスは夢の黄金郷などとも言われ、世界最大級のカジノがあるカジノ国家だそうだ。
『私は天才ではない。勝利の女神が私に微笑んでくれただけだ──』これは、この国の頂点に君臨し、伝説の賭博王と呼ばれた男の言葉である。
彼の名は『ドラキュリア・ベガ・ラグナス』。この国の勝利の象徴とされているほどの人物だ。
数年前まで、カジノは人族限定の娯楽だった時代がある。他の種族が遊べないわけではなかったが、明らかに人族以外は不利な条件に設定されていたのだ。
ところがある日、有名カジノ店に謎の男が現れたのだ。彼は天才的な勝負運で連勝し、一夜にしてそのカジノ店を破滅まで追い込んでしまった。その勝率はものすごく、店側のインチキのような確率設定すら突破してしまうほどの強運だった。
当時の胴元は反社会勢力が多く、当然だがイカサマだと怒って男に対して報復をした。しかし男は意に介さず、人族側の刺客をすべて返り討ちにしてしまった。
もちろん人族が弱すぎたわけでもない。武闘派のマフィアや、傭兵上がりのプロの殺し屋だっていた。しかし男を襲うと必ずと言っていいほど刺客たちに不幸な事故が降りかかるのだ。まるで超常的な女神の力が男を
そして彼は、たった一年で合法・違法を含む大半のカジノを壊滅させた。彼はカジノの勝利で得た
「………………」
キールは案内人の話を聞きながら周囲を観察していた。行き交う人々におかしな様子はなく、いたって普通だ。しかし道の途中に指名手配書が張られていた掲示板があった。キールはそれを見て顔をゆがめる。
「おい、そこの鬼!」
この顔にピンときたら!
正義信愛教
一瞬だが、手配書にそう書かれているのが見えた。そして顔写真には、現在キールとたちと同行している鬼族の男、ニオの正面顔がデカデカと写されていた。
キールはニオに振り返ることもしなかった。すると案内人の話に対してマルコが訊ねる。
「なるほど……。吸血鬼族の皆さんにとって、人族の方たちは相当恨みを買ってそうですね……」
心配そうにマルコが言う。すると案内人の男が言った。
「ご安心ください! 我が国の吸血鬼族は紳士ですから。人族の方に復讐なんて絶対しません! それに人族と吸血鬼族には和平協定以外にも『吸血禁止法』があります! 実は建国以来、人族に対する吸血事件は一度も発生していないのです!」
「吸血事件!? 吸血禁止法???」
マルコが
約300年前、吸血鬼族は人族を襲って血を吸っていた歴史があるのは有名だ。彼らにとって人族は栄養価の高い食料だった。草食動物の様に人は吸血鬼を恐れる生活を強いられていた。
しかしある日を
そして激しい争いの果てに対等な関係となった人族と吸血鬼族の話し合いの場が設けられた。その際に人族が重要視したのは“吸血問題”である。
「二度と人族を襲って血を吸わないと約束してくれれば戦争の終結に協力します」
この人族代表の発言に吸血鬼族は動揺した。血が飲めないのは大きな損失だ。
血液は重要な栄養源でもあり、適度な酔いを楽しめる嗜好品でもある。吸血鬼族にとっての酒やワインのようなものだ。今まで飲酒を楽しんでいた人が「今日から飲酒禁止。飲んだら逮捕」と言われるようなものである。
だが吸血鬼族にとって、戦争の終結も魅力的である。正直なところ吸血鬼族側は疲弊していた。これ以上、人族側から攻められたら敗戦すら覚悟していた。それほどに人族が学んだ武器と魔法は圧倒的な力だったのだ。
敗北を宣言すれば人族に占領されてしまうだろう。だが共に戦争を終わらせたとなれば、勝者もいないが敗者も生まれない。吸血鬼族が最悪の結末を迎えることはない。
長い話し合いの結果、吸血鬼族は人族の要求を呑んで『吸血禁止条約』を結んだ。現在では吸血禁止法とも呼ばれている。
ベガも賛同しており、世界で吸血事件を起こしている犯人を強く批判している。彼は血の代わりに赤ワインを嗜んでいるため、吸血欲は全くないとメディアで語っていたこともあるそうだ。
すると案内人の男が鼻高々に言った。
「──ですので、我々吸血鬼族が人族の方を襲うことは絶対にありません!」
「そう、ですか。それなら安心ですね」
「ご納得いただけて何よりです」
マルコはまだ不安を残しながらも、なんとか納得しようとしてるのか、それ以上の追及はしなかった。そのとき案内人の男が微笑んで言った。
「おっと、いつの間にか到着したようですね。こちらが旅人さんがお泊りになるホテルです!」
しばらく歩いているうちにホテルに到着したらしい。目の前には大きなホテルが建っていた。すると案内人の男が言う。
「それではこれで失礼させていただきます。ごゆっくりこの国のカジノをご堪能ください。旅人さん」
「ああ、助かった。礼を言う。行くかミド、お前ら」
「そだね~」
キールは一言だけ礼を言い、軽く会釈した。ミドもいつも通りマイペースに返事をする。
「あざ〰〰〰〰っス! お話面白かったっスよ案内人さん。あ、ちょっと待つっスよ、キール! マルちゃんも早く行くっス! ベッドの場所は早い者勝ちっスよ!」
「あ、あの、あ、ありがとうございました! 待ってください、フィオさーん!」
フィオは元気よくお礼を言ってホテルに歩み出す。マルコが案内人に一礼してホテルに歩いていく。
最後に鬼族の男ニオがついて行く。彼は案内人を一切見ずにホテルに向かった。
「どういたしまして」
案内人の吸血鬼族は、つぶやきながらニオを見る。
「………………」
案内人の吸血鬼族は、全身を隠したフードの男の背中をじっと睨むように凝視していた──。
*
「いらっしゃいませ、旅人さん。お部屋へご案内いたします」
ミドたちはホテルにチェックインしてホテルマンに部屋に案内してもらうと、荷物を置いた。まずは部屋の中を調べ始めるキール。盗聴器や盗撮等の類がないかチェックする。問題なしと判断したキールが言った。
「とりあえずこの国の情報屋を探す。カジノ内部の正確な図面もほしいしな。ミド、行くぞ」
「いいよ~。フィオとマルコは?」
ミドが訊ねると、フィオが立ち上がって言った。
「カジノに行くっスね! もちろん、あーしも行くっス!」
「ダメだ、フィオとマルコはホテルで待機だ」
「なんでっスか!? あーしもカジノ行きたいっス!!」
「ニオを一人にする訳にはいかない。フィオとマルコには見張り役をやってもらう。夜には帰るから、それまで大人しくしてろ」
「そんなこと言って! キールとミドくんだけでカジノで遊ぶ気っスね!! そんなの許さないっス!!」
「遊びに行くんじゃねえよ」
「あーしも行くったら行くっスううう! ポーカーの世界大会で天下獲るのが夢だったっスよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ダメだ」
フィオが案の定、駄々をこね始める。床に寝転がってジタバタしている感情丸出しのフィオに、
「ボクは大丈夫ですよ。一人でも護衛はできますから、皆さんで行ってきてください」
マルコの発言に、フィオがばつの悪そうな顔をしている。するとキールが言った。
「どうすんだフィオ? マルコ一人だけ残す気か?」
「じゃあキールが残ればいいじゃないっスか!」
「フィオに情報屋が探せんのか? 大抵は反社の連中が関わってるし、ボコボコにして上下関係を教えてやらないと奴らは喋らねえぞ」
「う……。じゃあミドくんが残るっス!! あーしよりミドくんの方が強いから護衛には適任っス!」
「
「何スか! 別の仕事って!」
「酒場にでも行けばカジノの用水路清掃の仕事があるはずだ。ミドはその依頼を受けてカジノの用水路に繁殖してるモンスター狩りをしてもらう。図面だけ見て頭で考えるより、実際の現場を見て地形を知ってた方がいいからな。それに小遣い稼ぎにもなる」
「うげっ! モンスター狩り……」
「それともフィオが代わりに行くか? 用水路だからな~。スライムとかいるだろうし、最悪ヘドロ系のウンコみたいなヤツがウジャウジャいるだろうな~」
フィオは真っ青になって黙ってしまう。キールが
「どうするフィオ? 代わりに行くか?」
「気が変わったっス! 昼からカジノでギャンブルなんて不健全っス! あーしには、あーしにしかできない使命があると気がついたっスッッ!」
「そうか、それは良かった。じゃあニオの護衛は頼んだぞ」
「了解っス!」
キールとミドが部屋を出る。そのときに振り返ったキールが鬼族の男に言った。
「悪いが大人しく待っていてくれ。分かってると思うが、この部屋から一歩も出るなよ」
「ああ、分かった。約束する」
キールの言葉に鬼族の男は短く簡潔に返事をした。
こうしてミド、キールの班は外に出て情報収集に向かったのである。フィオとマルコは鬼族の依頼人ニオの護衛としてホテルの一室で待機することになった。
ミドたちは、ベガ・ラグナスに入国する前にある程度の計画は立てていた。
1日目、入国後は情報収集。
ベガ・ラグナス、カジノ内部の正確な図面の取得。鬼族の奴隷たちの正確な現状を把握。まだ行動は開始しない。あくまで情報収集の段階だ。
鬼族の奴隷の正確な数は分からないが、おおよそ30人前後だとニオは言っていた。マンボウ号ならギリギリ全員乗せられるだろう。すし詰め状態になるのは致し方ない。
2日目、鬼族解放作戦の開始。
夜になったら実際の行動開始だ。鬼族はカジノの地下発電所で電力を供給しているらしい。
ミドとキールの二人が潜入班となって用水路から侵入する。フィオとマルコはカジノの表から入り、カジノ側に怪しい動きがないかをミドとキールに報告する役目である。
カジノを停電させて大騒ぎになっているときに鬼族を連れ出す。
3日目、潜伏期間。ベガ・ラグナスから鬼族たちを脱出させる。
前日の事件でカジノ側は大騒ぎになるだろうから、一定期間は大人しくしておく。おそらく出国の検問も厳しくなるだろう。だが逆にチャンスだ。それだけ人員が検問に割かれているということは、それ以外の警備が手薄になるということだ。このときに鬼族をどうにか
4日目の朝に何ごともなくミドたちが出国する。
ミドたちがマンボウ号で何ごともなく出国し、近くの沖で待機させている鬼族たちをマンボウ号に乗せて近くの国に送り届ける。
ミドたちの仕事はここまでだ。あとは移民としてどう行動するかは鬼族たち次第だ。
以上が作戦の簡易的な説明である。ミドたちは作戦成功に向けて、それぞれが行動を開始した──。
*
現在時刻、19時3分。ミドとキールが出かけてから10時間以上は経っていた。
コンコン。
誰かが部屋のドアをノックする音が響いた。最初に気づいたのはフィオだった。
「? 誰かルームサービスでも頼んだっスか?」
「いえ……ボクは頼んでないですよ?」
「もしかしてニオっスか? いつ電話したっスか?」
コンコン。
フィオとマルコは、ニオを見る。現在、彼は眠っており起きそうな気配はない。
コンコン。
「はいは~い、待ってくださ~い。今出るっスよ~」
コンコン。
「しつこいっスね。急かさないでほしいっスよ」
フィオが部屋の出口に向かって小走りをする。そのとき、なぜかマルコにはフィオがスローモーションで見えていた。
「──ッ!」
その瞬間、マルコの直観が警報を鳴らした。覗き穴に目を近づけようとしているフィオにマルコが叫んだ。
「ダメですッ!! フィオさん離れ──!!!」
ズトンッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!
その時、覗き穴から鋭利で巨大な針が飛び出してきた!!
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