まるで黄金卿!? 世界最大のカジノはビリビリしてた。

退けっってんだろうがッッッッッッッッッッッ!!!!」


 ミドの胸ぐらを掴んだキールが怒鳴り声をあげる。キールを睨んだまま、真剣な表情でミドが言った。


「何と言われようと、ボクは退かない」

「──ッ!」


 ドンッ!

 キールがミドを突き飛ばした。するとキールが言った。


「これは、オレの問題なんだよ……!!」


 どうしてこうなってしまったのか。今から少しだけ時間をさかのぼる──。


                   *


「それでは、ご希望の滞在期間とサインをお願いします」


 ペラッペラな用紙を一枚差し出しながら入国審査官の女は淡々と言った。


 キールは渡された用紙を上から下までしっかりと読み込んだ。適当に流し見してはいけない。国によっては理不尽なルールを強要される場合があるからだ。知らずにサインした地下闘技場の殺し合いに強制参加させられたり、無理やり村長の娘と結婚させられるのは二度と御免ゴメンだ。あのとき二度とフィオに任せられないとキールは誓ったのである。


 キールは内容に問題なしと判断した後、ボールペンで必要事項を記入していく。入国するのは5人。滞在期間は『3日間』と決めている。状況によっては2~5日間などに急遽変更することもあるが、大抵は3日と決めている。そしてキールは必要事項を記入してサインをした。


 入国審査官の女が言う。


「旅人さん、用紙の方に記入は終わりましたか?」

「ああ」

「それでは少々お待ちください」


 キールが記入した紙を手に取った入国審査官の女は事務所の裏に入っていった。キールはその後ろ姿を眺めていた。女の姿が見えなくなってからキールがチラリと横を見る。


 ミドとフィオ、マルコの三人が横並びで長椅子に座っている。せわしなく身体を動かして、入国審査が終わるのを心待ちにしているフィオが言った。


「ふんっふふ~ん♪ ふんっふふ~ん♪ 楽しみっスね~カジノ。マルちゃんはカジノで何して遊ぶっスか? あーしはポーカーに決めてるっス! ポーカーフェイスには自信があるっスよ! あっと言う間に大富豪になってみせるっス! そうだ! せっかくお金持ちになるんだから今夜は豪勢にしたいっスよね~。マルちゃんは食べられないものとかないっスか? エビアレルギーとか。あるなら早めに言うっスよ!」


「え? あ、そうですね。はい、無いですよ、アレルギーとか。うぅ、緊張する……人様に迷惑をかけないようにしないと……」


 早口で流暢にまくし立てるフィオに、圧倒されながらマルコが対応している。初めて他国に入るマルコは緊張してるのか不安そうに座っていた。


「スゥ〰〰、すぴ〰〰。スゥ〰〰……。ぐふっ、んふっ/// もっとおっぱいちぃ~。ん、んふふぅ〰〰……」


 そしていつものように頭頂部から花を咲かせてミドが居眠りをしている。あの顔から察するに、おっきな赤ちゃんになっている夢を見ているようだ。鼻の穴を膨らませながら、ちゅぱちゅぱ口を動かしている。


「………………」


 そして隣に全身を真っ黒なフードで隠した男が一人座っている。ここにくるまでに助けた鬼族の男だ。仕事を受ける相手だから名前を聞いたのだが教えてくれなかった。


 しつこくフィオに詰め寄られた結果、鬼族の男は「……ニオだ」と目をそらしながら名乗っていた。フィオは簡単に信じていたが、おそらく偽名だろう。“オニ”を逆から読んだだけだ。まぁ、呼び方に困るよりはマシという理由で信じたフリをしておいた。ここから先は彼をニオと呼ぶことにする。


 当然だが、セキュリティの観点から無人のマンボウ号にニオを一人で残していくわけにはいかない。それに鬼族の同胞を助けるにしても彼の仲間がどこにいるのかも分からなければ動きようがない。最低限案内役としてニオの協力は必要だ。だから連れてくる以外に選択肢はなかった。


 キールが横目でニオを見る。ニオは腕を組んでチラチラと周囲を見ながら警戒している。


 ニオはひどく怯えているようだ。彼が持っていた100万ゼニーはカジノの金庫から盗んだものだそうだ。カジノ側の連中に金を盗んで逃亡したことがバレたら恐ろしい拷問と制裁が待っていることだろう。成功報酬で受け取る金額としては十分だが、敗北して報復されるにも十分な金額だ。


 ニオには認識阻害効果があるフードを着せている。以前に立ち寄った国で同じ吸血鬼族の少女が使っていたものをマネてフィオが作ったものだ。性能では劣るが問題ないだろう。


 しばらくすると入国審査官の女が現れてキールに言った。


「お待たせいたしました。審査が完了いたしましたので、どうぞあちらのゲートを通って入国してください」


 入国審査官の女にキールは軽く会釈してから振り返って言う。


「おい、終わったから行くぞ」

「やっと終わったっスか! ミドくん、寝てる場合じゃないっス! 早く起きるっスよ!」


 ぶちっ!

「あぢっ!?」


 フィオが何のためらいもなく、頭頂部の花を引っこ抜いてミドを引っ張り起こす。マルコの手を引っ張ってフィオが言う。


「わくわくするっスね! マルちゃん!」

「そ、そうですね。他の人に迷惑をかけないようにしないと……」

「それじゃあ、レッツゴーっス!」


 フィオが拳を突き上げて先頭を歩き始める。こうしてミド、キール、フィオ、マルコの4人は無事に入国した。


                   *


 ──入国審査後の出入口ゲート前。


 真っ白い清潔な印象のゲートが横並びにたくさん設置してある。ゲートを通った先に一人用の階段があって驚くべきことに床が自動で動いているのだ。エスカレーターというものらしい。上昇する階段と下降する階段の二種類があるようだ。


「ちょっとちょっと! すごいっスよキール! 階段が勝手に動いてるっス! マルちゃんも早く乗るっスよ!」

「ど、どうやって乗ればいいんですか?! わわ、わあぁっ! 勝手に動かないでぇ!」


 フィオは初めて見た自動で動く階段エスカレーターに興味津々で子どものようにはしゃいでいる。マルコは階段が動くことに違和感と恐怖で中々乗れないでいるようだ。見かねたフィオがマルコを強引に引っ張って乗せた。


 初めての自動で動く階段エスカレーターにミドも珍しく感動している。キールはミドの後ろから続いてヒョイと乗った。フードを被った鬼族の男ニオもそれに続く。5人は一列になってフィオとマルコ、ミドとキール、そして鬼族の男ニオの順番で乗っていった。


 ガヤガヤ。 ざわざわ。


 エスカレーターと呼ばれる階段は上から下に向かって優雅に降りていく。周囲を見渡すとミドたち以外にも大勢の人が入国しているのが分かる。


 金持ちそうな炭鉱族ドワーフのおじさんや、用心棒ボディカードと思われる獣族の黒服たち。ビジネスマン風の吸血鬼族の男、身長が100センチほどの小人族の夫婦など様々な種族の人たちが行きっている。


 5人がエスカレーターから降りると広い空間が目の前に広がる。あまりに複雑で迷子になりそうだ。横には大きなガラスの壁があり、その先にたくさんの飛空艇や豪華客船のような船が見える。一番端にちんまりとマンボウ号が申し訳なさそうに浮かんでいる。


 ミドたちは、人の流れに身を任せて移動していると出口が見えてきた。自動で開くドアを通る。そして目の前に広がっている光景にミドたちは口を開けて固まってしまった。


「!」






















 キラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラ


 ミドたちの目の前には眩いばかりに輝く金色の建物がずらりと聳え立っていた。右を見ても左を見てもキンキラきんだ。中には白金プラチナのタワーもある。建物の壁や看板には赤、緑、青といった様々な宝石が埋め込まれており、眩し過ぎて逆に鬱陶うっとうしいくらいだ。


「すごいっス! まるで黄金卿おうごんきょうっス!! さすが一攫千金の国っス!!!」

「そ、そうですね……夢でも見てるみたいです。こんな国……実在するんですね」


 道行く人びとは全員が金持ちそうな見た目をしている。首には金で作られているネックレスを何個もぶら下げている者。巨大な宝石の指輪を両手のすべての指にしてる者。しまいには笑った時に見える歯まで金色に染まっている者もいる。


 フィオが大興奮して言う。


「これは、あーしも負けてられないっスよ! 今夜にでも巨万の富を成して、大大大大大富豪になるっス! 全身を金ピカで染め上げるっスよ!! 勝利の女神があーしに微笑んでるっス!!!」

「やめとけ、バカだと思われるぞ」


 キールが冷静に言った。

 本当の富豪ほど、金持ちアピールはしないものである。金持ちアピールなんてしたら、ならず者に「見てみて! ボクちゃんお金持ちだよ! 襲ってほしい〰〰の!」と宣伝しているようなものだ。集団に袋叩きにされて金品を奪われるリスクが増えるだけである。見せびらかしている連中は金持ちになったばかりなのだろう。自分が庶民より優位に立てたことを自慢したくてしょうがないのだ。哀れな連中である。


 だが、周囲の旅行者をよく観察すると普通の人もチラホラいる。一般の人もいるようだが中には本物もいるようだ。目立たないネックレスだけ身に付けている者、ちょっとしたハンカチやペンがブランド品の者。よく観察すると使っている小物や細部にこだわりを感じる。そういう人は立ち振る舞いや態度が一味違う。おそらくこういう人が真の富豪なのだろう。どうやらバカばかりではないようだ。


 すると一人ぼけ〰〰っとしていたミドがつぶやくように言う。


「みんな、アレ見て」


 フィオとキール、マルコがミドの見ている視線の先を見る。その先には、ひときわ目立つ巨大な金と銀に装飾された建造物が見えた。


 国の中心に鎮座しているそれは、まるで宮殿のような形状で天高く聳え立っていた。広さは国の半分を占めるのではないかと思われるほど広く巨大に見える。中央にはさらに目立つタワーがある。


 バリバリバリッ! ビリビリッ! バリビリッ!


 天を突き上げるようなそのタワーは先端から青光りの稲妻が放電している。電流はタワーの周りを螺旋を描きながら地面に向かって落ちていた。どういう仕組みかは分からないが、特殊な技術が使われているのは確かだろう。


 フィオはそれから目を離せずに、はしゃぎながら言う。


「なんスかあの建物?! ビリビリしてるっス! 漏電してるっス! 上手く言えないっスけど、なんかヤバそうっス!!」


「──アレこそ我が国自慢の世界最大カジノ! 『カジノ・ザ・ベガ・ラグナス』でございます!」


 そのとき突然、背後から何者かがミドたちに声をかけてきた。

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