なぜ、正義は必ず勝つのでしょうか?

 目の前に大きな噴水が見える。広場の中央に位置するそれは、水飛沫を上げて周囲に潤いを与えていた。その広場の入り口付近でエイミーとミド、キールの三人は向かい合う。


「実は見てたんだ、今朝のこと……」


 ミドは、今朝のエイミーが街の人たちからどのような仕打ちを受けているのかを目撃していたことを話した。エイミーは何も言わず沈黙している。


「その時、エイミーが吸血鬼って言われてるのを聞いたんだ」

「それで……あなたも私が犯人だって疑ってるんですか?」


 エイミーが低く沈んだ声で言った。ミドとキールは何も答えなかった。

 エイミーを一ミリも疑っていなかったかと言えば嘘になる。事件に吸血鬼が関わっている可能性とエイミーが吸血鬼族であることを踏まえれば、無条件で信じることができる人間がいるだろうか。

 ミドは何も言えなかった。するとエイミーが、


「疑ってるんですね。だから私を尾行なんかして……」

「いやいや、ボクたちも事件を調べるためにエイミーに話が聞きたかっただけで……」

「いいんです。私が吸血鬼族なのは事実ですから、疑って当然です。だって私は……」


 エイミーは一呼吸おいて、言った。


「――けがれた悪の一族ですから」


 その言葉に、キールが眉間にしわを寄せる。そして、エイミーは淡々と言葉を続けた。


「とにかく、広場まで案内する約束でしたよね、ここが広場です。それでは失礼します……」


 エイミーは、そのまま立ち去ろうとする。


「せっかく知り合えたんだし、これも何かの縁だから一緒に昼食おひるでも――」

「……もう、私に関わらないでください」

「え?」

「私に関わらないでって言ったんです! 部外者が口を挟まないでください!! これは私の問題なんです!!!」


 エイミーが堰を切ったように激怒する。その目からは怒りの感情が見てとれた。深い悲しみと怒りが入り混じった心の叫びだった。

 突然の大声にミドとキールが言葉を失う。部外者と言われたら、その通りだと言わざるを得ない。突然、見知らぬ旅人が話しかけてきて事件の容疑者と疑い、エイミーの気持ちに配慮できていなかったのだ。不快な感情になって不思議はない。ミドとキールの二人が閉口する。

 そして反省するようにミドが一言、


「……そう、か。ゴメン」

「いえ、私の方こそ……すみません」


 エイミーが小さく声を絞り出す。そして、ミドとキールの二人に背を向けて、


「もう、私に関わらないでください……」


 エイミーは振り返らずに歩いていった。キールはエイミーの姿が見えなくなってからミドに話しかける。


「悪りぃ……オレのせいだ」

「いや、キールのせいじゃないよ」


 すると、遠くから聞きなれた少女の声が広場の入り口に近づいてきた。


「たっだいまあああっスぅぅ! 良さそうな感じのお店が見つかったっスよ! さっそくそこでお話の続きを……あれ? エイミーちゃんはどこっスか?」


 完全に空気を読まないフィオの発言にミドとキールから不意に笑みをこぼした。


「遅かったな。話し合いは終わりだ」

「ごめんね、フィオ。もう話は終わっちゃったんだ」


 ミドとキール二人の発言に、フィオが残念そうな声を上げる。


「えええええ!? また、あーしだけ置いてけぼりっスか??  ズルいっスぅぅうう!二人とも、いけずっスぅぅうう!!!」


 その時だった、突然子どもの怒声とエイミーの悲鳴が聞こえた。


「見つけたぞ! この吸血鬼め!」

「きゃッ!?」


 街の広場に子どもの罵声が響く。数人の子どもたちが少女に灰色の石や真っ赤に熟したトマトなどの野菜を投げつけている。


「これでもくらえ! 正義の鉄槌だ!」

っ!!!」


 子どもの一人がそう言うと、片手に持っていた拳くらいの大きさの石をエイミーに投げつけた。一直線に飛んでいく投石がエイミーの額に直撃して流血する。

 それを見たキールが表情に影を落として、もう我慢できないといった様子で一歩前へ進むと、ミドがキールの肩を掴んで制止する。キールはミドを睨むが、それでもミドはキールの肩から手を離さない。


「キール……ダメだよ」


 ミドが言った。その最中でもエイミーにトマトが直撃し、顔を真っ赤に染める。キールが再び進もうとすると、ミドがさっきより強くキールの肩を掴んで説得しようとする。


「旅人は訪れた国に介入してはいけない……だよ」


 確かにその通りだ。

 旅人は自由に世界中の国を見て回ることができるが、一つだけ絶対に守らなければいけないルールがあった。


『旅人は、その国の考え方や文化に異を唱えてはならない』


 この世界には様々な国が点在しており、それぞれが独立している状態だ。とても科学や魔術の発展した国もあれば、未だ原始の生活を営む国もある。

 この世界で旅人は、その国のルールに従うのが常識だ。『郷に入っては郷に従え』という言葉の通り、旅人は国の文化やルールを楽しんだり、満喫したりするのは問題ないが、その文化やルールがどんなものであろうと、異を唱えることは許されていない。

 仮に旅人が国の文化に対して反抗するような行為に及んだ場合、とても重い罪を背負うことになる。


 キールがミドを睨む。フィオは二人の険悪な雰囲気に、ただオロオロしていた。そして、キールが鋭い目つきでミドに言う。


「このまま放っとく気かよ」

「ボクたちは彼女の言ったとおり部外者だ。いま下手に助太刀なんてしたら立場が悪くなるのははエイミーの方だよ」


 確かに、下手に彼女に肩入れして助けると、彼女の周りにいる大勢の人の感情を逆撫でするだけだ。味方をつけて仕返しされたなんて勘違いされたら、彼女はこの国で生活はもっと酷くなるだろう。

 暴力ちからで解決するのは簡単だが、それではエイミーの立場が悪くなるだけだ。キールは少し考えてエイミーに目を向けて、じっと見つめた。そしてミドに視線を戻してから同意する。


「そう、だな。悪りぃ……」

「気にしなくていいよ。キールは優しいね」


 キールが謝罪すると、ミドが肩の力を抜いてキールから手を離した。キールがミドに問いかける。


「でも、じゃあどうする気だよ」

「そうだね。袖振り合うも多生の縁って言うし、このまま黙って見過ごすって訳にも……」


 ミドがそう言って目を閉じて思案する。

 その時、人だかりの中心にいたエイミーが、ゆっくりと立ち上がって子どもに向き合う。子どもが一瞬驚いて構えるが、エイミーはスカートの埃を手で払って、うつむいたまま去っていく。

 子どもたちは、エイミーの後ろ姿を見ながら、


「ざまあみろ! 正義は必ず勝つんだよ!」


 子どもが去っていくエイミーに口汚い言葉を吐き捨てた。すると、その子どもの母親であろう女性が近づいて怒り出した。


「ダメでしょ! 吸血鬼アレと関わるなって何度言ったら分かるの!」

「だ、だって! ボクは正義の味方なんだ! 悪いヤツは追い出さないとってママ言ってたじゃないか!」

「あの吸血鬼に恨まれでもしたらどうするの?! お前は、まだ小さいんだからこんな危ないことしないで!」


 そのまま母親は子どもに説教を続けていた。その時、フィオがミドとキールに声をかけた。


「ちょっと!? あれ衛兵たちじゃないっスか!?」


 二人がフィオの指す方向を確認すると、そこには白い布地に金色の縁取りがされていた制服を着た威厳のある風体の男が、数人こちらに歩いてきていた。その中心にいた長身で細身の男が代表してエイミーに歩み寄って話しかける。


「初めまして、私はマルコと申します。あなたに“神隠し事件”の容疑がかかっています。ご同行、願えますか?」


 すると周りの民衆の一人が声を張り上げた。


「早く吸血鬼ソイツを捕まえろよ!!」


 その声に周りが反応して、その他の人たちも賛同する。


「そ、そうだ! そうだ!」

「そいつが犯人で決まりだろ!」

「子どもたちを返せ! 汚らわしい吸血鬼め!」


 大勢の声が響き渡り、次第に声が大きく重なっていった。

 ミドとキールとフィオの三人は、大勢の悪意に満ちた声を黙ってい聞いている。ミドは見つめたまま黙り、キールは眉間にしわを寄せて歯を食いしばる。フィオは不安そうに二人を見て辺りを見る。

 すると、ミドがキールに言った。


「こりゃ参ったねぇ、場が荒れ始めた。ここはひとつ、枯れ木に華を咲かせようか」

「枯れ木? 華? どういう意味だ??」


 ミドの突然の発言にキールが理解できず困惑する。ミドがキールに考えを耳打ちした。


「なるほど……そういう意味か」

「それじゃ、派手にいこうか!」


 それを聞いたキールは目を見開いてミドを見ると、感心して小さく頷く。

 フィオがその二人を見て余計に不安そうな泣き顔になり、


「ちょっと! 何二人だけでヒソヒソ話してるっスか! あーしにも聞かせてほしいっス!」


 そう言って、フィオがミドとキールの服を摑んでブンブン振り回す。


「おわっ!? わかった、わかったから! 落ち着けフィオ」


 キールが、慌ててフィオをなだめ、フィオにも話す。するとフィオがやる気になって言う。


「なるほど! そういう事なら、あーしに任せるっス! とびきり派手に行くっスよ」

「うん、よろしくねフィオ。……それじゃ、行こっか。キール!」

「ああ!」


 そして三人は、人混みの中から気付かれないようにこっそり離れて行った――

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