ご紹介します! 我らローグリー歌劇団、旅芸人一座でございます!
広場に広がる大勢の罵詈雑言の中で衛兵のマルコはエイミーを連行しよういていた。
「手荒なことをするつもりはありません。このままではあなたが危険です。どうか、こちらへ……」
大勢の観衆が罵声を浴びせる中、マルコがエイミーに対して告げる。エイミーは抵抗せず、ついて行こうとした。
すると、次の瞬間――
「〜♪」
突然広場に笛の音が鳴り響いた。そして、それに続くようにトランペットや太鼓の演奏も聞こえてくる。それまで罵声や金切声を張り上げていた大衆の注目は
「……なんだ? なんの音だ?」
「アレだ。なんだアイツ等??」
大勢の中の人から疑問の声が聞こえ、指を差す者もいる。そして指さす方向を黙視すると、その先には緑色の髪をした少年が笛を吹いているのが見えた。さらに後ろには金髪に赤いシャツの少年がトランペットを吹いており、蒼い帽子の少女は太鼓を叩いて行進してくる。蒼い帽子の少女の後ろには、ショーのステージであろう大きな機械仕掛けの馬車がついてくる。
そして太鼓を叩いている蒼い帽子の少女が、奇妙なホラ貝の様な形状の拡声器を使って大勢の人に向かって叫んだ。
「さぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! ローグリー歌劇団のエンターテイメントショーっスよ!」
蒼い帽子の少女の声が広場にいる人達に声を響かせる。
「我ら国から国へ、さすらう旅芸人っス! 人生は一期一会。今見ないと一生後悔するっスよ!」
蒼い帽子の少女は軽快なしゃべりで観衆に言う。すると先ほどまで石や野菜を投げていた少年たちが、先ほどとはうってかわって態度を豹変させて寄ってくる。
「お姉ちゃん、旅の人なの?」
「芸人って、何見せてくれるの?」
「おもしろそう! 見せて見せて!」
さっきまで悪意をぶつけていたとは思えないほど子どもらしい可愛い笑顔で問いかけてくる。それに蒼い帽子の少女は応えた。
「あーしは、フィオっていうっス。あっちの金髪の無愛想で恐そうなお兄さんがキールで、あっちの緑色の髪のマヌケで気の抜けてそうなお兄さんがミドくんっス! ああ見えて二人とも芸達者っスから見て損はないっスよ! みんな良い子そうっスから、お父さんとお母さんと一緒に見ていくとイイっス!」
フィオは満面の笑顔で営業トークを繰り広げていると、キールとミドが見ている大勢の観衆に対して恭しく一礼する。
「ったく、フィオのやつ。何が『恐そう』だ、好き放題言いやがって……」
「キール、笑顔笑顔~」
キールがフィオの紹介の仕方に不満そうに眉間にしわを寄せると、ミドが営業スマイルをするように言う。
子どもたちは一斉にそばにいた父親や母親に向かって、「見たい、見たい!」と催促し出しだ。大人たちは、状況の代わりように少々戸惑いながらも子どもたちの説得を了承した。
ミドが「種も仕掛けもありません」と言って枯れ木に花を咲かせたり、木製の人形を使った人形劇。キールの投げナイフや、赤い鋼線を使った大掛かりなあやとりを披露する。フィオは裏方としてステージの操作と設定の調整による。桜吹雪を舞い散らせるなど。そうしてローグリー歌劇団は様々な芸を見せて観客を楽しませた。
最後にキールが、シルクハットの黒い帽子を観客に差し出して、
「皆さま、ありがとうございました。もしよろしければ、我々に皆様のお気持ちだけ、施しを頂ければ幸いでございます」
そう言うと、帽子の中にコインを投げ入れる人が現れる。それをきっかけにして周りの人もコインを投げ入れた。ミドとフィオの二人は帽子に入り切らないほどのお金を拾い集める。そして恭しく振る舞い、観客から見物料を頂戴した。
「あ〜、おもしろかった!」
「ありがとう! またエンタなんとかっていうサーカスしに来てね!」
「え~もう終わり~、もっと見たいよ〜!」
そう言って、子どもたちは各々の家へ帰って行った。大人たちも満足そうにしていた。
「なかなか楽しめましたね」
「本当ね〜。あたし、あの金髪の子のファンになっちゃいそうだわ」
「緑髪の少年がやっていた枯れ木に花を咲かせる芸は、一体どうやっているんでしょうな〜」
それを見ていたミドはホッとして、皆から罵声を浴びせられていたエイミーがいた場所に目を向ける。しかし、もうそこには彼女の姿はなかった。
ミドは少しがっかりしながらもフィオの機械仕掛けの馬車に戻った。
「これだけ盛り上げれば、みんなさっきまでの悪い感情も忘れたっスね! エイミーちゃんからも目をそらせたっスよ! ね、キール!」
「べ、別に……オレは、今日の稼ぎがあればそれでいい」
「またまた~、気になってたくせに~」
フィオが腰に手を当てて自信満々に言うと、キールがお金を数えながら聞いている。すると、キールが横目にエイミーの姿を発見する。
「おい、あそこにいるの……エイミーじゃねぇか?」
ミドとフィオがそちらを見ると、エイミーが物陰に隠れてこちらを見ていた。
「アレで隠れてるつもりか?」
「あ、こっちに気づいたっス」
エイミーはキールとフィオに見られてることに気づいて慌てて逃げようとする。しかし振り返った瞬間、人にぶつかってペタンと尻もちをついた。驚いて上を向くと、そこには緑髪の旅人が立っていた。
「あ、あの……」
ミドは、しゃがんでエイミーと目を合わせながら言葉を返す。
「やあ、また会ったね。エイミー」
するとそこに、フィオの声が入ってきた。
「ちょっとちょっと! 転んでたっスけど大丈夫っスか? 頭だけじゃなくお尻も傷物に……あれ? さっき頭に怪我してなかったっスか??」
フィオが会話に入ってくる。エイミーは「あのぐらいの傷なら大丈夫です」と言って額を見せてきた。すると、もうそこにはさきほどの傷はカサブタもなく、キレイサッパリ無くなっていた。吸血鬼族は非常に回復力の高い種族のため、
するとエイミーは、すぐに立ち上がって服の土埃を払って言った。
「勝手に覗き見してゴメンなさい」
エイミーは動揺しながら言うと、ミドがエイミーに問いかけた。
「もしかして……エイミーも見たかったの?」
「え?! いや、でも……私があの場にいたら、みんな嫌がるから……」
エイミーが申し訳なさそうに言うと、ミドが嬉しそうな顔で片方の手を差し出す。そして「見てて」と言うと、グッと拳の握った。すると、その手を開くと小さな黄色い一輪の花が飛び出した。エイミーは驚いて目を丸くする。ミドはその花をエイミーに差し出した。
「はい、限定無料サービス」
「わぁ……」
エイミーは小さく声を洩らして黄色い花を見つめて目を輝かせた。しかしエイミーは拒絶した。
「う、受け取れません!」
「なんで?」
ミドがエイミーの拒絶に疑問を感じて問うと、エイミーが言った。
「私が誰かと関わると、その人が不幸になるんです。だから私は誰とも関わらない、旅人さんも同じです。……見てたんですよね? 私がこの国でどういう目で見られているのか……私と話したら、旅人さんまで酷いことを言われるかもしれません……」
エイミーはそう言うと、三人に背中を向ける。
「それでは……」
そう言って、エイミーは三人の前から逃げるように去って行った。
ミドは去っていこうとするエイミーに振り返って、
「――待って」
ミドがエイミーに声をかけた。
エイミーは歩みを止めて、ゆっくり振り向く。するとミドが言った。
「また、会おうね」
エイミーは一瞬だけ目を見開いた。しかしエイミーは返答せず、再び振り返って歩いて行った。それを見送ったミドが浮かない顔をしており、それに気づいたキールが、歩み寄って声をかけた。
「なんて顔してんだよ。『
「うん、そうなんだけどさ……」
「で、これからどうする? 尾行……続けるか?」
キールは依頼通り『少女が犯人である証拠を探す』ために、エイミーの身辺調査を続けるかどうか問いかけた。すると、ミドはエイミーに渡すつもりだった黄色い一輪の花を見つめて言った。
「エイミーは優しい子だと思う。この花を出して見せた時の彼女の目は、純粋に喜んでいた目をしていた気がする」
「じゃあ、やめるか? 今なら何とか、あの
ミドは少しだけ沈黙して、ゆっくり口を開く。
「いや、続けるよ」
「その優しい少女が犯人だ……なんて疑いながら調査できんのか?」
「違うよ、キール」
キールの問いにミドが微笑んで否定をする。キールが目を丸くすると、ミドが言った。
「――ボクたちが探すのは『真実』だよ」
ミドは迷いなく答えた。
「キールは、どう思うの? エイミーが事件の犯人だと思う?」
「それは……」
キールは言葉に詰まってしまう。いつも冷静な彼もエイミーが犯人だとは思いたくない様子だった。ミドはさらに問いかける。
「もしエイミーが犯人じゃないなら……答えは一つじゃないかな」
「別に容疑者がいる……か?」
「ご名答。そもそも前提が間違っていると思うんだ。もっと広い視野を持たないとね」
問題点を一箇所だけだと決めつけて視野を狭くしていたら問題解決できないのは当然だ。そこに問題がなければ、いくら調べても、本当に不具合がある箇所に手をつけていないのだから問題が解決するはずがない。
この事件も『
しかしこの考えは、ミドがエイミーに対して好意的な感情を抱いたから発生したに過ぎない。もしエイミーに嫌悪感を感じている人物だったら、そのような考えに至っただろうか。おそらくそれは難しい。この国の『正義感の強い』という文化的な背景が、一つの正義に固執させてしまうからだ。
――そこで、ミドは考えた。
正義感が強いという文化を利用して、大衆を操っている者がいる。そして、その人物は自身の犯罪行為を
歴史上に、大衆は愚かで感情的だといった言葉を残した人物がいる。
この事件の犯人は、よく理解していたのだろう。なんらかの事件が起こり、それが『吸血鬼の仕業なのだ!』という噂が流れれば、愚かな大衆は何も考えずに、吸血鬼に対して攻撃を始めるだろうと。そうでなくても吸血鬼は差別の対象になりやすいようだ。自身が犯罪行為をしても、吸血鬼に罪をかぶせることは容易いだろう。
わざわざ死体の血液を吸い出しているのも、吸血鬼の仕業に見せかけるためのフェイクの可能性も十分ある。
キールはミドの考えを、目をつぶって腕を組みながら聞いている。そして、つぶやいた。
「なるほど……この国の連中は、その
「正義感は視野を狭くするからね~」
「それで? ミドは本当のところ……誰が怪しいと思ってるんだ?」
キールがミドの本心を問い詰める。ミドはニコニコしたまま沈黙する。そして、空に浮かぶ流れる入道雲を見つめながら言った。
「エイミーに、魔法のローブをあげた人って……誰なんだろうね?」
「――!? それは、つまり……」
「あくまで、可能性の話だよ」
エイミーが身に着けていた魔法のローブは、本来ものすごい高級品である。相当な富裕層でなければ手の届かない品なのだ。
今まで見てきたエイミーの状況から考えて、彼女がそれほど裕福な生活をしているとは考えづらい。現にエイミーはローブ以外の服装は至って平凡だ、むしろ貧しいと言ってもいいだろう。つまり、彼女に魔法の力が備わったローブを譲った人物がいる可能性が高いということだ。
キールは盗んだ可能性を指摘したが、ミドがそれを否定する。エイミーは無料で渡そうとした花を自ら拒否するような性格である。さらに彼女の手の荒れ方から、毎日水仕事をしているに違いないとミドは察していた。真面目で優しいエイミーが盗みを働くとは信じたくない。
「仮に、その金持ち野郎がエイミーに高級品の魔法のローブを渡したとして……何のために?」
「どうしてだろうねぇ~?」
ミドがキールの問いに飄々と応える。
エイミーは吸血鬼族の
金持ちほど一般常識からかけ離れた非常識な人物であるのは珍しくない。しかしそれでもこの国で吸血鬼族と関わるメリットとデメリットを考えたら、関わらない方が安全だと考えるはずだ。下手に吸血鬼族をかばって自分が身を滅ぼしては元も子もないのだ。
キールは言った。
「エイミー……いや、吸血鬼族にいなくなられたら困るから……」
「自分の代わりに泥を被ってくれる人がいないと、困るのかな?」
この国にいる吸血鬼族は非常に数が少ない、エイミーも少ない内の一人だ。吸血死体事件は以前から何度か起こっているようで、その度に吸血鬼族の人が公開処刑されてきた。エイミーの父親が処刑されたのも同じ理由である。
エイミーは魔法のローブのおかげで今日まで何とか生活する事ができていたのだ。もしローブがなかったら、仕事を見つけることもできず、本当に野垂れ死んでいただろう。
「――!? まさか、今まで吸血鬼族の犯行だと思われてた事件は全部……」
「もしかしたら『吸血鬼以外の人間』が犯人だったのかもしれないね~……」
キールが目を見開いてミドを見る。ミドは相変わらずニコニコしながらも、下に降ろしている両手は拳が強く握られていた。
キールはミドに言う。
「じゃあ今度は、その謎の金持ち野郎を探すわけだな」
「うん、キールは察しが良くて助かるよ~」
キールの察しの良さに、ミドは喜んで反応する。
「でも、あくまで可能性の話だよ。まだエイミーが無実だと決まった訳じゃない」
「それにしちゃ、すべてお見通しって感じだったぞ?」
「
「正直すぎて言葉もねぇよ……よっぽど気に入ったんだな。エイミーのどこが、お前の
「それは……」
ミドは、伏し目がちになってキールとフィオの二人に見られていることを意識したような表情で言った。
「だって彼女、優しい目をしていて――」
「“女”だからだな」
「“女”だからっスね」
ミドは、キールとフィオにあっさりと心を見破られて顔を赤くして動揺する。
「前から知ってたけど……お前の女好きは、遺伝子に組み込まれてんだな」
「やだなぁ〜、ボクは女体に対する興味が強いだけだよ〜」
「それを女好きって言うんだよ!」
キールがミドの額を人差し指で突きながら目を細めて言うと、ミドは「うぅ~……」と言いながら簡単に降参した。
そしてキールが言った。
「とにかく、オレはこの国に住んでる金持ちの情報を集める。ミドとフィオはどうする?」
「ボクはエイミーの方に行くよ。直接本人から聞き出せるかもしれない」
「あーしも行くっス! よくよく考えたら、あーしまだエイミーちゃんとお話できてない気がするっス。今度こそ、いっぱいおしゃべりしたいっス!」
ミドとフィオはエイミーを追いかけることで合意した。するとその場をキールが仕切る。
「よし、じゃあここで別行動だ。午後六時までには宿に戻ること。いいな?」
「うん、それじゃあ期待してるよ。キール」
「ああ、任せろ。情報収集はオレの専売特許だ」
キールとミドがお互いに分かれ、フィオはミドの後をついて行く。
「イイっスかぁ、ミドくん! 絶対にエイミーちゃんに変なことしちゃダメっスよ!」
「おっ! それはフリかな?」
「ああああ!! あーしが変なこと言わなきゃよかったっス!!」
ミドとフィオの声を遠くから聞いていたキールが、やれやれとため息をついていた。そして一人つぶやく。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
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