初めまして、ボクはミド!

 ――少女は謎の追っ手から逃げて走っていた。


 見た目からして怪しい人物だと理解できた。新聞を読みながら全力疾走する人がどこの世界にいるのだろうか。新聞を読みたいのか、走りたいのか訳が分からない。しかも新聞に穴を開けて周りを観察できるようにするなんて、どう考えてもおかしい。それを持っていることが『私は怪しい人物です』と周囲に宣伝しているようなものだ。

 変装もしているようだが周りの景観に合っていない。例えるなら夏の時期に冬用のコートを着て歩いているようなものだ。黒いサングラスで目元を隠すのはよく聞く変装の一種だが、ハート形の紫と桃色のパーティグッズのような眼鏡の変装は初めて見た。さらに耳にはホラ貝を着けていた。変装は目立たないことが重要なのに、むしろ目立ってしまっている。

 おまけに今いる場所は人気の少ない裏路地である。つまり後ろからついてくる人がいた場合、嫌でも目に入ってしまうのだ。

 少女はとにかく走った。体力には多少自信があったので、いずれ追っ手の方が限界を迎えるだろうと考えた。


 ――ザッ!


 すると、道の脇から緑髪の少年が現れた。少年は追ってくる怪しい人物の方を向いている。少女は一瞬、助けが現れたのかと思ったのだが、緑髪の少年は突然振り返って追ってくる怪しい人物の隣に位置して二人で少女を追いかけてきた。


「え!? もう一人増えた!?」

「おわっち!!!」


 すると緑髪の少年が大げさに転び、隣にいた怪しい人物にぶつかって一緒に転げまわる。少女はこの隙に逃げようと全速力で走っていく。すると後ろから声が聞こえた。


「ま、待って、そこのお嬢さん! 話を聞いて!」


 その声を聞いた少女が、条件反射的に振り返ってしまう。緑の髪の少年は涙目で、こちらにすがるような目を向ける。それに罪悪感を覚えたのか、少女の走る速度が徐々に落ちていき、最終的に立ち止まって振り返りながら言い放った。


「誰ですか、あなたたちは! 私に何かご用ですか!」


 少女は震えた声を精一杯張り上げる。すると緑髪の少年が先ほどまでのすがるような目つきはどこへやら、ぴょんと飛び上がって飄々としながら話し始めた。


「いや~実はボクたち道に迷っちゃって……大通りにはどう行けばいいのか教えていただけませんか?」

「そ、そうなんスよ! あーしら人生にも迷っちゃって、このままじゃお先真っ暗っス!」


 ミドがとっさに誤魔化そうとした。するとフィオもそれに乗っかる。


「じ、人生? はぁ……そうなんですか?」


 少女は困惑していた。すると、陰から金髪のくせ毛の少年が現れて、少女の目の前に三人の姿があらわになる。金髪の少年が片手で後頭部を軽く掻きながら言った。


「悪いな、恐がらせるつもりはなかった」


 少女は目の前の三人の人物に警戒心を抱いたまま問いただす。


「あなたたちは、誰なんですか? この国では見ない顔ですけど……」

「ボクたちは旅人なんだ」

「旅人……ってもしかして、少し前に入国された旅人さんですか?」

「ご名答!」


 ミドが少女に対して大げさに反応すると、少女は複雑そうな表情をする。


「世界を股にかけて、人々に笑顔を届ける流浪の旅芸人っス!」


 フィオが少女に大げさなボディランゲージで話した。すると、ミドも同じくらい大げさに演技しながら言った。


「そう! ボクたち旅芸人は、世界中のみんなを笑顔にするのが仕事なんだ! 笑顔を届けるために、たくさん人の集まるところを探していたのに……なんと言うことだ! 道に迷ってしまったではないか!? このままでは食いっぱぐれてしまう!! おお、神よ! どうかこの迷える子羊をお救いください!」


 ミドとフィオの小芝居を少女が集中して見ている。ミドとフィオは乗りに乗って小芝居が徐々に派手になる。


「すると、神は我々を見捨てなかった! 誰もいないと思われた人気のない場所に……なんと! こんな見目麗しい女神がいるとは!」


 ミドは片手を自分の胸に当て、もう片方の手を少女に差し出した。少女は驚いて目を丸くする。


「……つまりアンタに、この国で人が集まる場所まで案内してほしいってことだ」


 キールが横から入ってきて、いつもの調子で言った。すると、フィオが怒って言う。


「ちょっとキール! キールは切り株の役っスよ! しゃべっちゃダメっス!」

「切り株の役ってなんだよ!」


 キールとフィオの会話を真横で見ていた少女は、冷静になって言う。


「えっと……つまり、皆さんを人の多い場所……じゃあこの国の中心にある広場に案内すれば良いんですか?」

「その通り!」

「わ、わかりました……」


 ミドが少女の問いに営業スマイルで応えると、少女は少し警戒しつつも要求に応じてくれた。するとミドが、演技調でわざとらしく言った。


「おっと! これはいけない……まだ自己紹介がまだだったね」


 ミドが少女に向かってそう言うと三人が横並びに整列する。ミドが真ん中センターに位置し、キールが右隣、フィオが左隣が定位置のようだ。


「ボクはミド! ミド・ローグリー」


 続けてフィオとキールも自己紹介をした。


「あーしは、フィオ・レインズっス!」

「オレは、キール・エルディランだ」


 三人が動きを合わせてお辞儀しながら自己紹介する。そしてフィオが言った。


「三人あわせて……極悪戦隊イビルレンジャーっス!」


 その場にしばしの沈黙が流れる。


「ミドくん……決まったっスね!」

「そうだねフィオ……練習した甲斐があったよ」

「おい、なんだ最後の極悪戦隊イビルレンジャーって? 聞いてねぇぞ」


 フィオとミドが感慨深い表情で感動している。キールが初耳とばかりに問いかけるとフィオが答えた。


「極悪戦隊は、悪の秘密結社っス! 自ら火を放って自ら消しに来ることで利益を得るマッチポンプをするっス! でも秘密だから誰にも言っちゃいけないっスよ!」

「秘密なら、高らかに宣言するなよ!」


 キールが冷静に指摘すると、フィオが色に関して勝手に説明し出す。


「ミドくんが地球に優しいグリーンで、あーしが精神に優しいブルーっス! キールはバナナに優しいイエローッスよ」

「バナナに優しいってなんだよ! もっと他にあんだろ!」


 するとミドがキールに代替案を出してきた。


「しょうがないな~。じゃあキールは、カレーアレルギーのイエローね」

「むしろカレー大好きにしてくれ! 何で一人だけアレルギーなんだよ!」


 三人の茶番劇を眺めながら困っている少女に、キールは冷静に少女の問いかけた。


「オホン! すまん、気にしないでくれ。ところでオレたちも名乗ったんだ。今度はアンタの名前を知りたいんだが?」


 少女は少し言いずらそうにしながらも応えた。


「名前は……エイミー・クライスです」


 少女が自らの名前を答えるとミドが言った。


「そっか、よろしくね。エイミー」

「よろしく、お願いします」


 少女もミドに返事をすると、フィオが入ってきて言う。


「エイミーちゃんも、あーしら極悪同盟に入るっス!」

「勝手に加入させようとしてんじゃねぇ。あと極悪戦隊じゃなかったか? 設定ゆるゆるだな」


 キールがフィオに対して冷静に指摘していると、エイミーと名乗った少女は困惑しながら言った。


「えっと、広場までですよね? とにかく大通りまで出られれば案内できると思います」


 少女は、そう言って歩き出した。ミドたち三人は少女について行った。そして、ミドが心の声でフィオとキールに言う。


(これで、最初のツカミはバッチリだね。彼女の警戒心も少しは緩んだかな?)

(当然っス! あーしにかかれば、これぐらい楽勝っス!)


 ミドの心の声に、フィオが自信たっぷりに反応を返す。キールも心の声で言った。


(まさか、自信たっぷりに言ってた作戦って茶番劇のことだったのかよ……)


 すると、フィオが急に言い出す。


「なんか騒いだら、お腹空いたっスね。広場まで行ったら、お昼はカレーにするっスか?」

「お、いいね! 久々にナンが食べたいと思ってたところなんだ~。あ!? そういえばキール、カレーアレルギーだっけ? ゴメン……キールの気持ち、考えてあげられなくて……」

「そう思うなら、少しはオレを怒らせないでくれ……あとそのバカな設定は、もういい」


 ミドもフィオに賛同し、キールは疲れたようにため息をついていた。






 少女と三人の旅人は人気のない裏路地を歩いていた。


 もうどれぐらい歩いただろうか。少女と三人の旅人が出会ってから一五~二○分は過ぎようとしていた。裏路地を抜けて大通りに出た三人の旅人は、少女に連れられて国の中央に位置する広場まで歩いている。

 もうすぐ正午になるため、周囲の人たちは、お昼休憩の時間を取っている様子だった。

 エイミーの案内でこの国の広場まで案内してもらっている道中。もうすぐ広場に到着するというところで、ミドがエイミーに何気なく問いかける。


「エイミーは、どうしてあんな人気のない道を通ってたの?」

「それは……人が苦手なんです」

「そうなんだ~。あ、そう言えばさっき街の人に聞いたんだけど……最近この国で、変な事件が多発してるらしいね」


 ミドが世間話を始めると、エイミーは身体をこわばらせて沈黙している。


「怖いよね~。早く犯人が捕まるといいね~」

「……そう、ですね」

「エイミーはココ通るの怖くないの? この道って事件現場にすっごく近いよね?」

「……通り慣れてますから」

「街の人たちは吸血鬼の仕業だって言ってたけど、エイミーはどう思う?」

「……どうして、そんなこと聞くんですか?」

「い、いやぁ~これは、ただの世間話で……」


 ミドがエイミーの問いかけに困っていると、キールがしびれを切らしてエイミーに問いかけてきた。


「ああ、めんどくせぇ! 単刀直入に聞く。アンタ、あの裏路地で何をしてたんだ?」

「ちょ、ちょっと!? キール!」


 キールの遠慮のない問いかけに、ミドが焦って止めようとする。

 するとエイミーは静かに質問に返答した。


「何をって!? ……何の話ですか?」

「質問に質問で返すな。今はオレの質問にアンタが答える番だ」


 キールがエイミーに問いかける。キールの直球の質問にエイミーは目そらしながら沈黙する。しかしキールは追求の勢いを緩めない。


「あの裏路地で変死体が見つかったのは知ってるな? そしてアンタは、その裏路地をわざわざ選んで歩いていた……。本当に人が苦手だとしても、殺人が起こった近くの道を通るなんてしねぇ。最悪の場合、殺人犯に出くわす危険性があるからな」

「………………」


 キールの追及にエイミーは沈黙する。


「アンタ、もしかして犯人に心当りでもあるんじゃないのか?」

「――!?」


 キールは疑いの目をエイミーに向けた。まだエイミーが事件の容疑者から外されたわけではないと考えているようだ。エイミーに動揺が見える。

 今回の依頼内容は『少女エイミーが犯人である証拠を探す』である。現段階で犯人に対する有力な情報がない以上、身内以外の全てを疑うことが重要だと考えるのがキールなのだ。

 エイミーは動揺して言葉を洩らす。


「変な人たちだとは思ってましたけど……あなたたち、やっぱり私をつけていたんですね」

「広場に案内してほしいってのは、アンタに近づく口実だ。もう一度聞く、心当たりがあるんじゃないのか?」

「心当たりなんて、ある訳ないじゃないですか!」


 キールの直接的な一言に、エイミーが一瞬身体を強張らせる。額から一滴の汗が流れ、両目を見開きながら一点に集中して俯きながら言う。


「私があの道を通っていたのは……人! 人を探していたからで……!」

「人探し? 事件が起こった現場の近くなんて野次馬ぐらいしかいないっスよ? エイミーちゃんの知り合いって噂好きなんスか?」


 フィオの素直な一言にエイミーが両手で服の裾をギュッと強く摑んで震える。キールがエイミーに聞く。


「初めは裏路地を通ってた理由が人が苦手だからって言ってたのに、今度は人を探していたから……一体どっちなんだ?」

「そ、それは……」


 キールの指摘にエイミーが閉口してしまう。


「事件の現場付近で人探しなんて、犯人以外に一体誰を探してるって言うんだ? まさか死体でも探してるっていうんじゃねぇよな?」

「死体探しィ!? また妙な趣味してるっスね。死体漁りしても財布とか金品なら犯人が持ってっちゃってるんじゃないっスか?」


 フィオの悪気のない言葉にキールが眉間にしわを寄せて釘を刺す。


「……フィオ、お前すこし黙ってろ」

「ええええ! イイじゃないっスかぁああ! いけずっス! 不公平っス! あーしもエイミーちゃんとお話したいっスぅうう!」


 フィオのわがままにキールがこめかみに青筋を立てて、あからさまにイライラし出す。

 それに気づいたミドが仲裁するように、


「まぁまぁ。フィオ、お昼食べるところ探してきてよ。そこで一緒に食べながらお話しよう」

「なるほど、了解っス! 今日のあーしの気分はお魚の気分っス! 新鮮な魚料理があーしを待ってるっスぅ!!」


 気づけば少女と旅人たちは、広場の入り口まで辿り着いていた。フィオはミドの提案をあっさり了承し、ピュ~と効果音がつきそうな小走りで走り去っていった。


「悪りぃ、ミド」

「気にしない、気にしない」


 先ほどまでの尖っていた態度を改めたキールがミドに謝罪をし、それをミドが片手をゆらゆら揺らしながら返答した。

 そして、ミドがエイミーに向き直って声をかけた。


「ゴメンね~。キールは、せっかちだから。もう少し時間をかけて優しく話を持っていこうと思ったんだけど……しょうがない」


 ミドがエイミーを見て言った。


「キミ、吸血鬼だよね?」

「――!?」


 その瞬間、エイミーの全身に電流が通ったように緊張が走る。

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