本当なんです! 気づいたら怪しい人が後ろから――

 ミド、キール、フィオの三人は一緒に宿屋の通路を歩いていた。


「あのババア、オレたちを変な目で見やがって……////」


 旅の資金を節約するため、安い宿を探して選んだのが、この『愛人の巣』と呼ばれる宿だった。しかし、どう見ても今まで泊まった宿とは違って桃色の蛍光色が目立ち、安い宿だからか、とても古い建物だった。フィオが「あのピカピカのお城に泊まるっス!」と言って決まったのだ。

 部屋の備品にヌルヌルの液体が入った容器が置いてあったり、衛兵の制服やメイドの服など様々な衣装が用意してあった。中には奴隷という名称の衣装もあったが、どうみてもボロい布切れにしか見えなかった。

 この『愛人の巣』には三人で入ったのだが、受付のおばさんがミドとキールとフィオの三人を見て、ニヤニヤしながら部屋のカードキーを渡してくれた。

 キールが眉間にしわを寄せているのは、受付のおばさんの態度が気に入らなかったからである。

 するとフィオが気を使って、


「いつまで眉間にしわ寄せてるっスか、キール? こういう時は、外で美味しいものでも食べて元気出すッス。腹が減っては戦はできぬッスよ!」

「武士は食わねど高楊枝だ」

「あーしは武士じゃないッスぅ!」


 キールの返答にフィオが反論する。そしてミドが言う。


「さぁて……まずは、あのを探さないとね。誰かに聞けば教えてくれるかな?」

「とりあえず、貧民街に行ってみるか。そこに住んでるってあのおっさんが言ってただろ」

「ああ! そうだったね」


 ミドが行動指針を聞くと、キールが依頼主の店主の話から貧民街に向かうことを提案する。するとフィオが苦々しい顔をして言う。


「う~ん……貧民街。不穏な響きっスね。お金に貧しくなると、心も貧しくなるっス」


 フィオが心配する。すると三人が歩いていく先に大勢の人だかりをできていた。三人がそれに注意を向けると、その中から不穏な話声が聞こえてきた。


「ねぇねぇ聞きました? 行方不明の女の子が、この先の貧民街で変死体で見つかったんですって……」

「え、本当ホントですか?!」

本当ホント本当ホント! なんでも、全身の血が吸い出された状態で、骨と皮だけの状態だったんだって……怖いですよねぇ」


 それを聞いていたミドとキールとフィオの三人の顔が引きつる。


「今度は殺人かよ……」


 キールが表情を硬くして言うと、ミドとフィオも反応する。


「なんか物騒な話になってきたっスね」

「骨と皮だけって、ほぼ骸骨だね」


 ミドとフィオの二人が素朴な感想を洩らした。しかし、キールのみが沈黙していた。彼が見ていたのは人だかりの中にいる人物だった。


「………………」


 その人物は茶色のローブで身を隠してはいるが、キールは先ほどの少女だと確信した。その人物だけが不審な仕草をしてる。恐怖や怯えというよりも動揺したような雰囲気で震えながら下唇を噛んでいる。周囲の人間は事件現場の方に注意が向いており、気づいていない様子だ。さらにローブの認識阻害魔法の影響もあっては気づけないのも無理はない。

 キールが、その一点を睨みつけながら、


「ミド、見ろ……あの女だ」

「うん、あのローブ……何か不可思議な影響力を感じるね」

「ああ、目を離したら一瞬で見失っちまいそうだ。まさか、こんなに早く見つかるとはな……」


 ミドがキールの様子に気づいて、目だけを動かして言う。すると何も気づいていないフィオが、ミドとキールの会話に入ってくる。


「なになに、なんスか? 何に気づいたんスかミドくん? また女の子でも見てたんすか? 相変わらずスケベッスねぇ、ミドくんは……にしても、キールもなんて珍しいッスね。スケベがうつったッスか?」

「違う」

「隠すことないッスよ~」


 フィオがちゃかすと、キールはが否定する。


「だから違うっていってんだろ。よく見ろ、あの女がいるんだよ」

「え? どこっス??」


 フィオはローブの人物に最初は気づけない様子だった。目を凝らしてよ~く観察をするが見つけられない。キールに「あのローブのヤツだ」と言われて、さらに目を細めて注意深く観察してようやく発見できた。


「あ、見つけたっス! あのローブもしかして認識阻害の魔法がかかってるんじゃないっスか? あんなの普通言われても気づかないっスよ!? どんな観察力してるっスか。キール?」

「オレは細かいことが気になる性格なんだよ」

「うわっ、めんどくさい性格! 細かいこと気にしてたら、あの女の子をナンパしても成功しないっスよ?」

「誰がナンパするって言ったんだよおおお!」


 フィオの勘違いに、キールが牙を見せて怒る。しかしさすがキール、すぐに冷静になって行動を明確に示す。


「……スマン、取り乱した。とにかく、オレとミドでローブのヤツを追いかける。フィオは、ここで待ってろ!」

「まさか!? ナンパならまだしも……ストーキングっスか!?」

「ストーキングじゃなくて尾行だ!」

「なるほど……つまり、女の尻を追いかけるんスね!」

「いちいち誤解されるような言い方すんじゃねぇよおお!」


 キールがフィオの額に人差し指を圧しつけながら訂正する。そしてミドがフィオに分かりやすく説明をすると、すぐに納得した様子だった。

 しかしフィオは、すぐに不機嫌になって言う。


「あーしも尾行に参加したいっス! のけ者は嫌っスぅ!」

「フィオは尾行は向いてねぇんだから、大人しくしてろ」


 キールがフィオに厳しく言うと、今度はミドが優しく言う。


「ごめんね、フィオ。人には向き不向きってあると思うんだ」

「む~……了解っス」


 フィオはキールの待機指示に顔を膨らませて拒否するが、ミドに諭されてしぶしぶ了承する。


「じゃあ、せめてこれは持っていってほしいっス」


 フィオが、ミドとキールの二人に何かを手渡した。それはホラ貝のような形状の道具アイテムとパーティグッズのようなハート形で、紫の縁と桃色のレンズの眼鏡だった。キールが怪訝そうな顔をしてフィオに問いかける。


「また変な道具アイテムでも開発したのか?」

「ふっふっふ、この秘密道具アイテムは新発明の無線機イヤホンマイク。題して『ホラ吹きくん』っス!」


 フィオの説明だと、これは無線機とイヤホンマイクだった。そのホラ貝の様な物体を左右どちらかの耳に装着して、ホラ貝の横のスイッチのオンとオフでお互いに会話が可能なようだ。


「あーしの自信作っス! これなら誰にも聞かれずに内緒ヒソヒソ話ができるっス。これで心も体も一つになれるっスよ!」

「なるほど、無線機か……確かに良いな」

「でしょ~! でもこのホラ吹きくんの本当にすごいところは別にあるっス。それは――」


 フィオが上機嫌で『ホラ吹きくん』の説明をした。これは、ただの無線機ではないらしい。どうやら心の声を相手に送れるようなのだ。つまり、この秘密道具アイテムを装着している時は、心の声が聞こえるために嘘がつけないのだ。

 ミドがホラ吹きくんのスイッチをオンにして、キールに向かって言う。


(マラ・ポパト・ザバモミ・パバヌプ~。聞こえる? 同じこと言ってみて~)

「ああ、聞こえるよ。なんだよ今の、マラ・ポパト……なんだって?」

「おお! ちゃんと聞こえてるね」


 キールがミドからの声に反応すると、ミドが驚いて感動している。


「ちなみに今の言語は、ボクが昔立ち寄ったヒアドドポ族しか使ってない特有の言語で、“私の尻穴アナルは開発済みです”って意味だよ~」

「変なこと言わせようとしてんじゃねえええええ!!!」


 キールが顔を真っ赤にしながら怒る。それを見てミドとフィオがケタケタ笑っていた。するとフィオが別の秘密道具アイテムを出してきた。


「さらに、さらに! こっちは真実を映し出す眼鏡……題して『愛と誠ちゃん』っス!」


 紫色の縁と桃色のレンズの眼鏡を自身満々に突き出した。


「何と、こちらの秘密道具アイテム! 見たものの真実を映し出す眼鏡なんスよ!」

「な、なんだって!? 真実を映し出すということは……つまり透視スケスケ眼鏡! 生まれたままの裸体が拝めるというのか……!!」


 ミドは、この道具の効果を聞いて驚いて感動していた。


「真実を映し出すって、どういう意味だ?」


 キールがフィオに質問をした。すると、フィオが答える。


「簡単に言うと、魔法がかけられた道具の効果を無効にするっス。だからそれ以外では、ただの伊達眼鏡っスね。ミドくんは勘違いしてるっスけど、透視機能はないっスよ」

「そんな……」


 ミドは、それを聞いて軽くショックを受けていた。この秘密道具アイテムでローブの認識阻害の魔法を無効化できるようだ。通常キールくらいの観察力と集中力が必要だったものが、この眼鏡を着用するだけで、誰でも楽に認識阻害を無効化できるのだ。

 ミドとキールの二人なら、集中すれば見破れるとはいっても脳の認知機能に相当負担がかかるものだ。これを使うだけでも、かなりの認知に対する負担を軽減できるだろう。

 キールがさらに追い打ちをかけるように、


「仮に見れたとしても、おっさんの裸体はだかも目に入ると思うんだが……」

「おうふっ!?」


 ミドはキールの話を聞いて、さらにショックを受けていた。

 そんなこんなしていると、ローブを着た少女と思われる人物は、人だかりから離れて建物と建物の間の隙間に入っていった。向かった先は、さきほどの事件が発生したと思われる裏路地だった。キールがそれに気づくと気持ちを切り替えてミドに言った。


「おいミド、あの女が行っちまう! 追いかけるぞ!」

「あ、本当ホントだ! ガッテン、承知~!」


 キールがローブの人物を追いかける。ミドもそれに続いて走り出した。


「いってらっしゃ~い……ふふふ」


 その二人を後ろから送り出して眺めていたフィオが不敵に笑っていた――






 街路樹が並ぶ道。太陽が真上に上がり、昼食を取る人たちや、せけせかと歩く人たちが行き交っている。

 そこに二人の旅人、緑髪の少年と金髪でくせ毛の少年が、白い髪の少女を二手に分かれて尾行していた。

 お互いの連絡に関しては、フィオが作った小型の無線機『ホラ吹きくん』を使っていた。耳に掛けてボタンを押すと、相手に使用者の心の声のみが聞こえる謎の古代技術が使われていた。

 ちなみにだが、フィオの本業は古代文明発掘者。通称、ディグアウターである。数千年前の技術やエネルギー源を探しているのだ。中には彼女しか知らない技術もあるようで、この無線機も彼女しか知らない謎技術が使われた物の一つだ。


 もう一つは、『愛と誠ちゃん』という秘密道具アイテムである。形状はハート形で、紫色の縁に桃色ピンクのレンズをしているため、一見パーティーグッズに見える。これは魔法のかけられた物の効果を無効にする道具のようだ。これにも古代技術が使われている。

 ミドとキールの二人は『心の声』と『真実を映す眼鏡』の二つの古代技術を使った秘密道具アイテムを持って少女を尾行をしていた。おそらく少女は出かけるとき必ず魔法のローブを羽織って誰にも気づかれないようにしている可能性が高いため、尾行する際は必須の道具アイテムだと考えられるからだ。


 キールは『心の声』が送れる無線機ホラ吹きくんを触りながら考える。


(相変わらず、フィオあいつの作るのは変な物だな……)

(でも、使い方次第では便利だよね〜)

(あ!? 聞こえてんのかよ、ミド!)

(ダダ漏れだよ、キール)


 ミドがキールに心の声がダダ漏れであることを伝えると、キールが無線機のボタンを押しっぱなしだったことに気づいて、慌ててボタンから手を離した。

 

「止めんのに、もう一回押さないとダメなのかよ……。気をつけねぇとな」


 キールは道具の使い方に注意をしながら少女を観察する。白髪の少女の動きに今のところ不自然な点は見受けられない。服装はいつもの魔法のローブを羽織って頭まで全身を隠している。彼女は国の中では良い印象とは言えないため、いつも顔を隠しているのだろう。

 彼女から微かだが、自分の腕や体を頻繁に触る仕草が見られる。やはり街中を歩くのは不安があるのか、人にぶつからないように気をつけて歩いている。気のせいかもしれないが、どうやら人気の少ない道を選んでいるようだ。すると、キールが少女の動きに何かを感じ取った。


(ミド、聞こえるか?)

(うん、聞こえてる)

(あの女の不審な動きが見えるか?)

(そうだね、見えるよ。人のいない路地裏の行き止まりだけど、何かあるのかな? う~ん、人を待ってる? いや違う、あれは待ち合わせと言うよりも誰にも見られていないか周囲を見渡している動きだね。人に見られたら困ることっていうと、隠し通路とかかな? あるいは大切な宝物でもあるのかな? さっきから何モジモジしてるんだろ? ハッ!? これはまさか、尿意おしっこ!? なるほど、しかし今彼女から目を離すわけにはいかないんだ……! 故にボクは、彼女の放尿をここで観察することにする。大丈夫、ボクは生理現象にも理解のある男だからね……ふふふ)

(ダダ洩れだぞ、ミド。あと、後半の心の声は聞かなかったことにする)

(あれ!? ボクの声、聞こえてた?)

(お前も、オレと同じ失敗したな)


 キールは無線機のスイッチは、もう一度押さないと切れないことをミドに説明する。

 そうこうしていると、少女が突然走り出した。 それに気づいたミドとキールは迷いなく動き出す。少女は後ろを確認しながら走っている。誰かに追われていることに気づいて尾行をまくつもりのようだ。


「クソっ、気づかれたのか!? 何でだ!?」


 キールが少女の右側に位置し、ミドが左側に位置する。そして後方を確認すると尾行がバレた原因がいた。

 そこにはひげメガネを着けて薄茶色のコートで全身を覆い隠しながら、新聞を持って走る人物がいた。新聞には二つの大きな穴が開いており、そこから両目を通して向こう側が見える状態になっていた。その姿は新聞を読む紳士ではなく、陳腐な変装と新聞で身を隠す不審者そのものだった。

 それを見てキールとミドが一瞬でその人物の正体を見破る。


「フィオ!?」

「フィオだね~」


 キールとミドが離れた場所で、図らずも同時に声をあげた。

 キールが頭を抱えて、


「アイツ……! 尾行は向いてねぇから、大人しくしてろっつったのに……!」


 フィオは少女の尾行を決行する時に「あーしだけ、ノケ者は嫌っスぅ!」とわがままを言っていたのだが、キールが断固として容認せず、無線機で通話だけできる状態にして待機させていたのだ。しかし、じっと我慢できない性格のフィオは結局ついてきてしまったらしい。


(ふっふっふ……この完璧な変装なら、ミドくんもキールも気づかないはずっス!)

(おい、聞こえてるぞ。フィオ)

(わ!? キール?? 何で聞こえてるっス!?)

無線機コレ作ったの、お前だろ)

(あ! スイッチ切ってなかったっスぅ!)


 フィオは、キールとミドの二人と同じ失敗したのであった。そこにミドも通話に入ってくる。


(キール、フィオ! 聞こえる?)

(ああ、聞こえてる)

(聞こえてるっスよ)


 キールとフィオが返事をする。


(フィオが来るのは予定外だったけど、想定外ってわけじゃないよ。そこで作戦変更! ボクに提案があるんだけど――)


 ミドの提案の内容はシンプルだった。それは『あえて少女に見つかる』という作戦だった。下手に尾行を続けて警戒されるよりも、少女と親しくなって内部から調査した方が効率的と判断したためだった。

 キールがミドの作戦に反応を返す。


(……っつっても、どう言い訳するつもりだ? 『隠れて尾行してました』なんて言ったら信用ガタ落ちだぞ?)

(大丈夫! ボクに任せて!)


 ミドは何故か自信たっぷりに言う。キールも「そこまでいうなら……」と納得する。するとフィオも入ってくる。


(なるほど! あーしがいたから成立した作戦っスね!)

(お前がいたから急遽予定変更したんだよ!)


 ミドはキールとフィオのいつもの掛け合いを聞きながら言った。


(よ~し、じゃあ行動開始だ!)


 ミドがキールとフィオに合図を出す。

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