『小慈羅さん』

やましん(テンパー)

『小慈羅さん』


 『これは、フィクションです。この世とは、一切無関係です。』


      

        🦖




 さすがの梅雨も、雨の手持ちが無くなったものか、やっと終了の兆しとなった。


 申し訳程度の夕焼けも、さっさと退却し、高台からは、雑然とした都会の輝きが、闇夜と引き換えにどんどんと増して見える。


 残りわずかな、偽りの繁栄だとしても、この明かりには、相当の電気代が掛かっているには違いない。


 ここから見るのは、一応は、無料である。


 『あなた。お客様。』


 『きたか。さしみ、買ってきたか。』


 『はい。おすし、お持ちくださってですよ。』


 『うんうん。』


 『レコードも。』


 『うんうん。まあ、お互い、それだけが楽しみだからね。』


 『明日をも知れぬ我が存在、だからね。』


 それで、やましんさんが現れた。



 『バルビローリさんの、シベリウスの6番と7番持ってきた。』


 『よしよし。刺身と引き換えに、シベリウスだな。』


 『腹へったよ。ちょっと食べてからにしようよ。』


 『そうだな。あ、きみは、ビールだめかな。』


 『だめだな。ここで、また死んでよければ、別だけど。』


 『はは。じゃあ。いつもの、偽物ビールですな。あ、奥さまもどうぞ。』


 『はいはい。テレビ、入れますよ。』


 『音は無しにしてくれますか?』


 『まだ、いいでしょう。』


 『まあな。』


 『7時のニュースです。ただいま、入りましたばかりのニュースです。大怪獣ハシラーが、東京湾を北上しているところが、確認されました。ハシラーは、下関以外を襲ったことはありませんが、なぜ、東京湾に入ったか不明です。海上保安隊が、警戒に当たっています。あ、いま、映像が入りました。ハシラーです。ハシラーが、葛西臨海公園付近に現れました。』


 『まあ、ハシラーさんって、たしか、あなたが書いた怪獣でしょう。』


 『そうでしが、作者の手を離れたら、あとは、分からないです。まして、ハシラーは、もと人間で、中央の一部の都合で作られた怪獣ですから、もともと、東京には恨みがありますし。』


 『きみを、わざわざ、訪ねてきたのでは?』


 『いやあ、下関で、あのとき、別れを告げましたから、ないでしょう。それに、居場所は、伝えてないし。なんか、おかしいですね。』


 『中継です。ハシラーは、海岸に座って、なにか、要求しているようです。ハシラーに詳しい、中根博士に来ていただきました。』


 『あちゃー。あいつ。』


 『ごぞんじですの?』


 『兄貴の孫です。自分では見たことないくせに、ハシラー研究者と威張ってまして。まあ、たしかに、詳しいですがね。いまは、彼女しかいないし。』


 『なにを、要求しているのでしょうか。』


 『ハシラーは、ふくさしが大好物です。あと、おすし類も。たぶん、それでしょう、かっても、それを大量に食べて、引き上げました。しかし、なぜ、東京湾にきたのか、わかりませんな。』


 『提供しなかったら?』


 『あの、背中にある、巨大なお箸で、人間を食べます。政府は、はやく、ふくさしを、提供すべきです。』


 『え、なにか、一生懸命、訴えている雰囲気です。あ、博士が呼ばれました。とりあえず返します。現場でした。』


 『では、政府の動きです。絵江府首相は、対策会議を召集しました。』


 『あなた、あれ、明るいの、それでしょう?』


 『そうだな。あそこに、ハシラーがいる。まあ、つまみには、もってこいだな。』


 『まあ、不謹慎な。やましんさん、なんとかならないの?』


 『だからですね、無理ですよ。』


 

  〽️ じゃじゃじゃじゃ〰️〰️〰️〰️ん。



 『あ、電話だ。はいはい。あら、小慈羅さん。うん。見てる。…………はあ? やましんは、社会から引退したんだから。兄貴みたいに顔きかないし。お金ないし。ハシラーくんとは、ちゃんと、別れを告げたし。きみ、いま、どこ? え、舞鶴? 上陸するの? あそ。じゃさ、ハシラーくんに、ふくさしと、君は、イカだろ。まとめて、要求しろよ。ぼくは、関わらないから。で、たべたら、さっさと、退散しろよ。ひとんちに乱入して、暴れたらダメだよ。昔とは違うんだから。なに? 怪獣連合? まあ、作るのは自由だけど、やはり、乱入はだめだって。仲良くしなさいよ。なに? 代金払う。あ、そりゃ、りっぱだ。なら、中根博士に電話してくれる? え、墓参り。君たち、でかすぎだしな。気持ちで、いいさ。うん。がんばれ。じゃな。』


 『だれから?』


 『北の怪獣、小慈羅くん。ハシラーくんの仲良しですよ。まあ、思うに、寂しいんでしょう。話題にもならず。ですからね。なら、仲良くしろと。中根博士が名高くなるチャンスですしね。』


 『きみは、知らん顔か。』


 『でし。いまさら、どんな顔して、あの、いや、この世に現れますか? できないです。』


 『まあ、そうだな。お互いに。墓のなかではな。』



 我らが公園墓地には、いささか、涼しい風が吹き込んできた。


 ここには、娯楽が足りない。


 

 

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『小慈羅さん』 やましん(テンパー) @yamashin-2

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